『ジュリアス』となった子供4
ジュリアスが幼い頃、年齢の割に背が低くて華奢だったのは浮浪児時代の栄養失調気味の生活が原因です。
年齢設定的にはアルベルティーナ+5~6くらいですが、ラティッチェに来る前は偏った貧しい生活をしていた影響もあり成長期が遅くキシュタリアやミカエリスと同じくらいの時期にきました。
ふと、アルベルティーナの小さな指が少し緑に染まっているのに気づく。
少しはどこかで洗ったのかもしれないが詰めが甘い。
生まれながらの貴人であり、人に世話をされないと生きていけない様に育てられた生き物がやった半端な証拠隠滅である。それを看破するなどジュリアスにとっては造作もない事である。
(また裏庭で遊んでいたな……花冠を作りたいなら、花壇から毟っても怒られないだろうに)
ラティッチェのお姫様は花冠を作る時はシロツメクサを好む。
時折こっそりと抜け出したかと思うと、せっせと作っているのだ。それは義弟や義母、父親に贈られることが多い。アンナやセバスなど、お気に入りの使用人にも、稀に贈られた。
手が汚れるのだからと窘めたがそれでもやめない。
ジュリアスに花冠が贈られないのは、口うるさく言っているからでもあるだろう。
だが、ジュリアスだけでもそういうポーズは取らなくてはならない。
アルベルティーナのささやかな楽しみのために、裏庭には不自然でない程度にクローバーが蔓延っている。
お嬢様の秘密基地は直属の使用人や庭師の間では暗黙の了解だった。
今回は誰に贈ったかと探せば、グレイルの頭にあった。
いつの間にか帰ってきたようである。慌てて一礼すれば、しんなりと細められた瞳に鼓動が速くなる。いつまでたっても、あの魔王公爵には慣れない。
いつでも縊り殺してやると言われている気がする。
恩人であるし、出自より能力を重んずるタイプだ。ジュリアスにとって、これ以上に無い雇用主だと言える。
今のアルベルティーナにも気に入られ、ジュリアスは専属従僕としての地位を確立した。
多少、気安過ぎる態度は取っているが、アルベルティーナも容認しているし、アルベルティーナの願い事を公爵家の利益となる事業として還元した。
それにより、アルベルティーナの懐も潤ったし、今後のやりたいことの布石となった。
失敗はしていないのに、あの冷ややかなアクアブルーは鋭さを増すばかり。
アルベルティーナを害そうなどという考えは、もうしていない。むしろ憎からず思っている。
我ながらあり得ないほど、あの子供に肩入れしている自覚はあった。
きっと、あの魔王は気づいていたのだろう。
ジュリアスがそう遠くない未来に、アルベルティーナを一人の女性として愛することを。
そして、その感情に蓋をしてごまかし、使用人の仮面をかぶり続け、やがて自覚した感情を捨てきれなくなることを。
グレイルという障害がいると知りながら、アルベルティーナへ跪き愛を乞うことを。
その愛が、妄執染みた執着心を伴っている。
ケダモノのような獰猛さ、濁流のような激情であり、とてもではないが綺麗とは言い難い。いくら誤魔化しても、乾きは増すばかりだった。
押さえつけて、ごまかして、蓋をし続けた感情は一層に歪んでいくばかり。
美しく成長したアルベルティーナは、恋愛を忌避する傾向があった。
だから、なおのこと黙っていた。
完璧な笑みで恋慕を磨り潰していた。
十四、五を迎えるとますます匂い立つような美貌は増していった。
体も女性らしいラインを描き、ふとした時に酷く色っぽさを感じた。
頭一つは軽く差が出てきたころには、明らかな性差は隠しようがなかった。なのに、本人はまるで無邪気で、幼子の頃のように抱き着いてくるのは少し困った。
敏いもの達は、ジュリアスの抱える感情には気づき始めていた。
だが、ジュリアスは隠し続けるつもりだった。それは、アルベルティーナが気付かない限りは意味のある選択だった。
身分差がありすぎる。いくらアルベルティーナが垣根のない人でも、超えてはならない一線がある。
全幅の信頼を裏切りたくない。初めて欲しいと思った人を諦めたくない。側にいるためには、秘めなくてはならない。
爵位を貰い、貴族となれる打診を貰った時も『アルベルティーナの事業の為』と、どこかで言い訳をしていた。本当に力を得たいなら、没落しかけ貴族の娘でも娶ればよかった。ジュリアスの手腕があれば、乗っ取ることは簡単だった。
相容れない願望と、現実に板挟みになっていた。
感情と理性はどこまでも対立していた。
その均衡を崩したのは、アルベルティーナだった。
きっかけは、些細なこと。何気なかった。
シーン的に短いけれど一度切ります。
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