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『ジュリアス』となった子供3

ジュリアス視点で過去をプレイバック編



 誘拐されて半年、一年と経つと分かってきた。

 ジュリアスのお嬢様はだいぶおっとりしているらしく、人の悪意に対してどんくさい生き物だった。本を読むことや、庭を眺めながらゆっくりと散歩するのを好んだ。素直で、愛らしい子供であるといえた。

他の使用人たちも、ジュリアスと同じようにアルベルティーナを利用したがっている。

 ジュリアスも、獲物を譲る気はなかった。

 アルベルティーナの為と、立場を上手く利用して何人かは追い払えた。

 誘拐以降、グレイルはアルベルティーナを格段に気に掛けるようになった。今まではひたすら甘やかし、我儘を許容していたのが、囲い込み手の中で可愛がるようになった。

 幸い、気遣いが細やかでお茶を淹れるのが上手なジュリアスはアルベルティーナのお気に入りだった。

 丁度その頃、グレイルが養子をとり、そちらに意識が行きつつあったのもあるだろう。

 ジュリアスを重宝し、色々と頼みごとをすることが増えた。少し大変であったが、それ以上に興味と好奇心が先だった。

 前々から食べ物に少し細かいところがあったが、それをきっかけに食事が大幅に改善された。主食のパンが格段に美味になり、ただ強烈な癖と辛味がある香辛料が、非常に美味なものとなったのだ。

 グレイルは厄介だった。出し抜くのは難しく、更に月日が過ぎていく。

 使用人の中には愚かにも、アルベルティーナを陥れて親切な振りをして、懐柔しようとする者もいた。

 その時に、ようやく気付く――アルベルティーナは鈍感ではあるが、忍耐強い性格だった。自分の感情が、グレイルという強力な魔王を動かす一端となることを解っていた。

 その時思った。


「始末しなくては」


 ジュリアスのお嬢様に、愚劣な罠を弄す痴れ者に思い知らせなければならない。


(殺したいほど憎んでいるのに?)


 冷ややかな感情が、失笑する。

 暗闇に絶叫し、気が触れそうなほど恐慌状態に陥った子供を何度も見ているうちに同情したのだろうか。

 父を探し泣き叫ぶ。小さな手がジュリアスにしがみ付く。

 その姿に、温もりに、声に――


「ありがとう、ジュリアス」


 落ち着いた彼女が、自分の姿に安心したよう浮かべる笑み。

 散歩に行くとき、ジュリアスの手を握りながらついてくるたどたどしい歩調。

 お茶を淹れた時に、一口飲むと満足そうにくしゃくしゃになる顔。

 誤魔化すときや、嘘をつくとき、すぐに声が上ずり、目を泳がせる癖。

 いつも、ジュリアスを必要としていた小さな女の子。

 既に彼女は殺意を抱く憎悪の対象ではなく、守るべき庇護対象だった。

 ジュリアスが憎んだアルベルティーナと、重ならなくなってしまった。

 幼いながらに美しく嗤う令嬢と、稚く無垢に笑う目の前の少女は既にジュリアスの中では別物だった。


 ――少しここで待っていてね


 そういって消えた母親は、わざわざジュリアスを捨てたのだ。

 金はあったはずだ。手切れ金を持たされていた。閉じ込められていた家は、恐らくかなりの資産家だったのだから。

 孤児院や教会や神殿、といった場所に預けるわけでもなく捨てた。

 ついてこられると邪魔だったのだろう。母は故郷や家族に帰るつもりだったのか、それとも旅に出るつもりだったのかすらも分からない。

 置いてけぼりにされたジュリアス。

 知らずに待っていた。掛けられた声に、撫でられた手に浮かれて従った。

 街中で、雑踏の中に。

 母は、名前さえくれなかった。父は姿どころか、名前さえ知らない。

 『ジュリアス・フラン』という名は、戸籍すらないジュリアスに適当に作られたものだ。

 フランという姓は、珍しくない。

 ジュリアスは母の名も知らない。当然、姓も知らない。『側室様』と呼ばれていた母。

 その呼び名の意味を知ったのは、だいぶ後だった。

 ジュリアスは要らない子供だった。父にとっても、母にとっても。

 運悪くできてしまったから排泄した。ただそれだけのモノ。


(俺は、惜しくなったんだ)


 スラムの浮浪児になって、悪ガキとつるんだ。そうしないと、生きていけなかったから。

 もし自分だけ這い上がれる機会があれば、容赦なく蹴落としていただろう。

 憐憫はあっても、巻き込まれたりするのは御免だった。

 利用価値でもなく、同情でもなく、ただ『俺』を必要としていたアルベルティーナのから離れられなくなった。

 情で絡めとり、手酷く捨ててやろうなんて考えていたから、罰が当たったのか。

 ミイラ取りがミイラになった。

 まさか自分が絆されるとは予想すらしておらず、愕然とした。

 だが、ジュリアスを見つけると目を輝かせてやってくる小さな足音を避ける気にはなれなかった。

 軽く振り払うだけで転ぶし、柔らかな心は容易に脆く傷つくことは予想できた。

 浮浪児だった時の栄養失調がたたってか、ジュリアスはいまだに細身で小さい方だった。

 訓練をしていなくともこの小さなお嬢様ほど弱くはなかっただろう。

 喜びと親愛を込めて名を呼ぶ声に、ついにジュリアスは観念した。


「どうしたのですか、お嬢様? また何か思いついたのですか」


「ふぇ?」


 それは問いかけの形だったが、確信だった。

 手に持った愛用のクロッキー帳を持ったまま、なんで見抜かれたか分からず立ち止まるアルベルティーナは面白かった。

 アルベルティーナの最近気づいた癖。何か頼みたいことがある時、少しだけ長くジュリアスを見つめる癖がある。お願いすると決めると、少しだけ声が甘えたになって上ずるのだ。

 実にあざといのだが、実に可愛らしいのだ。これが。


(将来、前のお嬢様とは別の意味で魔性になりそうだな)


 柄にもなく、兄心のような心配を抱いてしまう。

 読書量が多いせいか、説明が上手である。絵もなかなかのものだし、文章力や表現力がしっかりしており、アルベルティーナのやりたいことは分りやすい。

 ジュリアスは、アルベルティーナのお願いが嫌いではない。

 発想は面白いし、利益を見込めると分かるからだ。無茶ぶりをされているわけではないし、潤沢な資金を出し惜しみせず用意してくれる。

 アルベルティーナは、最初は義母の為だけのドレスを誂たつもりだった。それが、今や令嬢の中では知らない方がおかしいほどの人気ファッションブランドとなった『アンダー・ザ・ローズ』。

 常に右肩上がりの売れ行きで、今期も過去最高売り上げと利益を叩きだす見込みだ。

 そのトップデザイナーが、ジュリアスの手を握ってご機嫌に歩いている少女だと思えば自慢したい反面、誰にも言いたくないという矛盾を抱える。




ジュリアスは局地的に執着するタイプ。

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