弟は辛いよ2
アルベルが誘拐時、、ゼファールは十代の頃。まだ美少女みが残っていた。
美貌の兄に似た、それでいて一回り年下のゼファールは格好の相手だった。
末っ子のクリスティーナにとって紅顔の美少年であるゼファールは、憧れた弟だった。
金髪をたくさん撫で繰り回され、猫可愛がりされていたが、時折お遊びにも付き合わされた。
兄のお下がりならまだいいが、義姉のお下がりを着せられてファッションショーをやらされたことがある。長い金髪のウィッグまで用意して、化粧まで施された。
とびきり綺麗で可愛らしい美少年は、最高のお人形だったと言える。
小さい頃からお行儀が良く聞き分けの良いゼファールは、非常に女性受けがいい。グレイルによりペットを与える感覚でクリスティーナのご機嫌取りに差し出された。
犬、猫、鳥と動物を好むクリスティーナは色々と可愛がっていた。
国の重鎮であるグレイルは不在な事が多く、寂しいクリスティーナの玩具になるのは甘んじて許したが、問題はそのあとだった。
美しい令嬢と勘違いした男にストーカーされることが何度かあった。男と分かっていて告白をすっ飛ばしたプロポーズを受けたことすらある。
(今思えば……義姉様を男の目からをそらすためにとことん僕は生贄にされていたな……)
遠い目になるゼファールである。
グレイルはクリスティーナを見せびらかすことを好まず、最低限の社交しかしていなかった。それでも公務や領地運営の都合、挨拶に来る他貴族等と顔を合わすことはあった。
義弟とはいえ、ゼファールとクリスティーナはかなり近かった。
だが、それでもゼファールがグレイルやクリスティーナの暴挙を許したのは、二人が『家族』として扱っていたからである。
グレイルは、ゼファールならクリスティーナを害さず不埒な真似をしないと信じていた。
クリスティーナは、グレイルの弟であるゼファールをとても可愛がっていた。
気難しいグレイルが、数少ない家族を頼る時なのだ。
(僕が成長して、女難がヤバいって気づいたら義姉様とアルベルティーナには全然会わせてもらえなくなったけどね!)
さようなら、幸せな子供時代。こんにちは、泥沼の青春。
とことん女運のないゼファールは、火遊びをした記憶がなくともしょっちゅう修羅場が起きた。
ゼファールは産まれた可愛い姪っ子のことを、話でしか知ることができなかった。
抱っこできたのもアルベルティーナが赤子くらいの、本当に小さい頃だけだ。
グレイルはクリスティーナを溺愛する余り、肥立ちを気にしてか生まれたアルベルティーナへの興味は薄かったと思えた。
だが、アルベルティーナの誘拐を機に一気に変わった。
ほぼ同時であったクリスティーナの死が関わっていることは言うまでもないだろうけれど、危うげな重苦しい愛情を注ぐようになった。
最愛の妻を失ったグレイルは、非常に荒れていた。元々人間味の薄い人だった。全てを俯瞰してみているような、違う軸に存在しているような人だったのが更に酷くなった。
アルベルティーナを愛して、クリスティーナのいなくなった穴を無理やり誤魔化そうとしているかに見えた。
もともと何を考えている人か分からなかったが、拍車がかかった。
その重責じみた寵愛に、アルベルティーナの心がへし折れるのではないかとゼファールは危惧していた。
だが、時間が経つにつれてグレイルは正気を取り戻していくようになった。
その代わり、ラティッチェ領に戻れず愛娘に会えない時間が続くと極めて不機嫌になるようになったが。
(そういえば……王太女殿下と同じ離宮にお泊りになっていたな、義姉様も。殿下が誘拐されて、かなり心を痛めて倒れられた)
ヴァユの離宮は高貴な王族の女性のみが住まうことが許される。
四大公爵家の夫人であり、王家の瞳を持っていたクリスティーナもまた休養に使っていた。
誘拐事件は非常に、運が悪かったと言える。
あのお茶会ではアルベルティーナがルーカスと婚約するのではないかと言われていた。
二人はともに五歳であった。釣り合いのとれる年齢、そして家柄。メザーリン王妃からしてみても、四大公爵家で最も勢力を誇るラティッチェを引き入れることは悲願だっただろう。
その時はまだ容姿は知られていなかったが祖母、母と王家の瞳を持っているというアドバンテージも重要だった。
つまり、アルベルティーナは王族主催のお茶会でありながら主役に近かった。
そのため、特別な待合室でここ一番のタイミングで来場するように手配がされていた。
主催は王家であるから、その辺の貴族の行うフランクな茶会とは格式も違う。色々と演出や粋を凝らすのも重要な事であった。
初めてのお茶会であり、舞台は王宮。恐らく、小さな淑女は一生懸命覚えたマナーを、とびきりおめかしした姿で披露するのを楽しみにしていたはずだ。
(三歳の肥満児で大柄なエルメディア殿下と、五歳でほっそりとした小柄なラティッチェの令嬢……ともに姿はあまり知られていない。
おまけに、サンディス王家といえばサンディスグリーンの瞳。格式高いお茶会だから豪奢なドレスや宝石もつけていただろう。
クリス義姉様だって、一人娘の晴れ舞台に気合を入れていたはずだ)
サンディスで最も高貴な小さな淑女二人の控室は近かった。
幸運と悲劇の取り違えは、ほんの些細なものだっただろう。
(犯人の大臣が処刑された。目的はエルメディア殿下の暗殺によって派閥闘争を目論んでいたそうだが……
まあ当時からメザーリン王妃とオフィール王妃は一触即発の緊張状態が続いていたしな)
サンディスの継嗣問題は深刻だった。緊張の続いていた空気を激化させ、派閥を真っ二つに割るのにはちょうど良い材料だろう。
ただでさえ、互いに神経を尖らせていたのだ。
だが、それで誘拐されたのは中立よりだったラティッチェの一人娘。
倒れる夫人に、激怒するグレイル。
魔王の逆鱗に触れてしまい、それどころではない暴れっぷりを披露した。
グレイルはラウゼスが取り成さなければどれだけ殺していたか、果てのない勢いだった。関わった家の分家本家全ての郎党処刑を処罰して、そこで不正を見つけては更に処罰を繰り返し――貴族の大半を死神のもとに送りつけていただろう。
信念ある正義ではなく、八つ当たりで。
読んでいただきありがとうございました!