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弟は辛いよ1

魔王の弟はいろいろ苦労している

 



 昏々と眠るアルベルティーナの体の上に魔法陣が浮かんでいた。非常に細かい文字が浮かんでおり、幾重もの螺旋が組み重なっている。

 それは時折燐光を放ち、魔法陣自体も微細に色が変わる。歯車のように動き絶えず変化している。

 それを操っているのは寝台の横で座るゼファールだ。

 目を閉じ、何かに集中するように眉間にしわを寄せている。掲げた手は、何かを辿るように時折指が動く。

 ふとゼファールが目を開けると、手を下げた。

 それを合図のように魔法陣も光も消えていった。


「終わりました」


 だが、ゼファールの表情は冴えない。


「殿下の余剰魔力は私が引き取りましたが、応急処置です」


 振り返ったゼファールの傍にいたのは、憔悴も露わなアンナだった。

 アルベルティーナからの願いだとはいえ、ヴァンを呼ぶのは避けるべきだった。ありありと後悔がその表情に出ていた。


「お嬢様……お嬢様は目を覚まされますか?」


「それは……何とも言い難いところです。殿下はラティッチェ公爵がお亡くなりになった時も精神的ショックで長く伏されたことがありましたので」


「このまま、目を覚まさないなんてことは……っ!」


 普段表情が薄いアンナが、嘘のようだった。悲愴そのものの顔と声でゼファールに詰め寄る。

 殿下や姫様ではなく、お嬢様と呼んでしまっている程に動揺していた。

 だが、ゼファールも無責任に楽観的な事を言えず首を振る。

 最善の処置をしたが、思った以上にアルベルティーナの状態は悪い。

 ゼファールとアルベルティーナは叔父と姪の関係だ。血縁性もあり、魔力の型も他人よりは近いので治療に適任だった。

 暴走に近く溢れたアルベルティーナの魔力。通常の魔力の譲渡ならともかく、弱り切ったアルベルティーナであると受け手も繊細なコントロールが必要だ。

 強引に引き抜くのではなく、循環させて馴染ませるようにした方が負担も少ない。

 魔法使いとして優秀、かつ血縁。ゼファール程の適任はいなかった。


(今まで、兄様がやっていたんだろうけれど……ストレス過多の連続に、メンテ者不在。いよいよもってマズいな)


 アルベルティーナという素晴らしい駒の使用期限が限られていると分かったら、どんな暴挙に出るか分からない輩が沢山いた。

 これは伏せなくてはいけない情報の一つだ。

 幸い、もともと頑丈とは程遠い姫君である。精神的に滅入っていると言えば、誤魔化しようはあった。

 王侯貴族の中には、実際そうでなくとも情報操作の一環で仮病を使うパターンも多い。


(喪中で助かった……露出のない人だから情報が操りやすい)


 力なく投げ出されたアルベルティーナの手を、アンナが握りしめている。

 祈るように、そっと。

 その様子から、彼女が非常に周囲から愛されているのが分かる。

 愛し、愛され、慈しみ、慈しまれていたのだろう。

 ゼファールが見下ろした姪の顔立ちは、義姉のクリスティーナによく似ていた。


(顔立ちだけではない。声、性格、雰囲気……魔力の型や強さは兄様譲りだけど、見てくれは圧倒的母方より。おかげで、システィーナ様やクリスティーナ義姉様を手に入れられなかった奴らがこぞってリベンジしようとしている)


 サンディスでも名高い美姫たちを巡る男たちの争いは、苛烈に陰惨だった。

 特にクリスティーナは相手がグレイルだったこともあり、当時は劇になったり吟遊詩人が歌を作ったりして流行りになったくらいだ。

 公爵家の美貌の貴公子が王族の婚約者から麗しき姫君を決闘で奪い取る。いかにも大衆受けしそうな題材だ。

 青春の憧れにクリスティーナを置いている人は少なくなく、揃いも揃って今は当主やそれなりの役職についているのだから性質が悪い。

 だが、流石に国王やガンダルフと正面からやり合いたい人間は皆無だ。

 ここぞという時の粘り強さと忍耐力は、目を見張るものがある。

 特にガンダルフは、アルベルティーナの話題には手負いの熊より狂暴化する。おまけに、グレイルと正面から火花を散らしていたクリフトフだけでなく、綺麗な顔して物騒な義息子のジュリアスまでいるのだ。そのうえ、社交界で名を轟かす狂犬パトリシアまでついてくる。

 ラティッチェ公爵家のラティーヌと次期当主のキシュタリアも相当曲者である。今は当主のいざこざで忙しいが、あのグレイルのパートナーと義息子を長年続けてきた猛者だ。

 余程の狡猾に動き、手数がないと、食い散らかされるのは明白。


(最近、妙な失踪者も多い。死の商人が関わっているのか……それとも、元老会が邪魔者を間引きしているのか)


 ゼファールの知り合いは広い。今のところ貴族の放蕩息子や、爵位を継がないヤンガーサンといった立場が多いのでそれほど表ざたにされていない。

 落ちぶれ始めた貴族が悪辣な行為や犯罪紛いに手を染めて、命を落とすのは珍しくない。

 死というものは、案外傍で手を招いている。

 痴情の縺れ、金銭トラブル、喧嘩に巻き込まれたなんてこともある。


(そーいう馬鹿こそやらかすんだよなぁ。あったなぁ……クリス義姉様が結婚した後もしつこく言い寄ってくるの。

 兄様が忙しいから慰めるって体で近づこうとするから、僕が虫除けを兼ねた暇つぶしのお人形に宛がわれた……)


読んでいただきありがとうございましたー!

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