地獄への道、破滅への道3
ヴァンは確実にアルベルティーナの地雷を踏んでいくスタイル
そして、当日。
サロンルームの一つに、ヴァンを呼びました。大きめなので、騎士も護衛に室内と扉の前などにしっかり配置してもらっています。
くどいほどの真っ赤な薔薇をもったヴァンが、へらへらと締まりのない笑顔でやってきました。なんというか、優雅や上品とは程遠い脂下がったものに見えるのは、わたくしの持つ悪印象のせい?
……背後から冷気というか、アンナやベラから殺意の波動を感じるのは気のせい?
噎せ返るような薔薇の匂いに鼻白みます。眉間にしわが寄ってしまいそう。
薔薇の香りは嫌いではないのですが、ヴァンの持ってきた薔薇は突き刺すような鋭さを持ちながらもねっとりと鼻に付く香り。やたらと甘く、品のない香りです。
謝罪ではないですわね! 何ですの、そのバリバリ盛装の成金ジャケットは! 今からディナーショーでもしますの?
気持ち悪さに口を押え無意識に下がりかけました。
趣味が悪いを超えて、趣味が酷い。
一度、若いメイドに手を出そうとしたヴァンの狼藉もあり周囲にいるのはベラを始めとした年配のメイドばかり。唯一若いのはアンナでしょう。フィルレイアのような可愛らしい若いメイドは逃げるようにお達しを出しております。
この離宮の女主人として、わたくしは使用人たちを守る義務があります。
流石というべきなのでしょう、古参のプロメイドたちは鉄のお澄まし顔を貫いております。
「ああ! 我が姫よ! 麗しの君! この日をどんなに待ちわびたでしょうか!」
それに比べてこの男は……空気が読めないにも程があってよ。全く反省していないですわ。むしろ浮かれている!
少し前にあれだけジュリアスにコテンパンにされておいて、何も学習しなかったのかしら? この男の頭の中はどうなっておりますの?
しかもこの前まで娼婦に入れあげていましたわよね。その口がよく言えますわ。
近づいてほしくないので、テーブルを挟んだ席に座らせる。
ヴァンはもっと近づきたかったのか不服そうな顔だ。
これでも十分譲歩していましてよ。
というより、これ以上近づいたら護衛の騎士たちの腰に佩いた得物が抜き身になりますわ。
わたくしは粗暴で下品で嫌いな相手をパーソナルスペースに入れる趣味はなくてよ。
「お久し振りね。思ったより元気そうですこと。これから夜会にでも行かれるの?」
日中に行われるパーティより夜会と言われるパーティの方が装いは派手になる。
太陽が出ているうちは天然の光源があるけれど、夜になるとどうしても燭台や魔道具によって明るくしなくてはならない。
そういった光は太陽よりも色がぼやけたり、明るさが足りなくなりがちなの。
やっぱり、太陽の光はダントツに強いのよね。
わたくしは社交に出たことがないので、ヒトから聞いた話です。実際ラティお義母様も、夜会の方がお化粧もしっかりめで、華やかな装いが多いですし。
「いえいえ! このヴァン、貴女に会うためにこの衣装を誂まして!」
そのお金、どこから出ているか分かっていますの? ……大方、時期的に事業資金でしょうね。
わたくしの冷え冷えとした眼差しに気付かないのね、この方。そっと扇で口元を隠し、不快気に視線を逸らします。
わたくしの仕草をどうとらえたのか、前のめりになったヴァンは改まったように口を開く。
「アルベルティーナ様、実は折り入ってお話があります」
「わたくしはないわ」
気安くわたくしの名を呼ばないで。せめて殿下と敬称を付けなさい。
ヴァンの立場なら『王太女殿下』と呼ぶのが一番正しいはずなのに、馴れ馴れしく名前を呼んでくるのです。
「実は、父が質の悪い金貸しに金子を借りてしまいまして……父を、我がマクシミリアン侯爵家を助けてください」
は?
その余りに厚かましいお願いに、ぽとりとセンスが手の中から滑り落ちてしまいました。
アンナもすぐさま拾いますが、ヴァンの恥知らずな申し出にドン引きしています。
「俺は貴女の夫になる男ですよ!? それを僻んだものたちの策略です! あの事業だってそいつらが我が家から資金を巻き上げたのです!」
悲劇ぶって大仰に振舞うヴァンは自分の不幸に酔いしれているようです。
たしかにジュリアスは多少仕掛けましたが、まんまと嵌ったのはこの馬鹿たち。放っておいても社交という名の散財に使い潰していたでしょう。
自分がどれだけ厚顔無恥なのか分かっていないのでしょう。ベラや護衛騎士たちも唖然・呆然とヴァンを見ています。
普通、そんなこと要求しませんわよね?
動揺を押し流し、努めて優美にさも当然と言わんばかりに言葉を返す。
「そう、では王配候補を辞退するということでいいのね? 貴方の家にはしつこく頼まれていた記憶があるのだけれど、それもそうよね」
「は? 待ってください。なぜそうなるのですか!?」
立ち上がりかけたヴァンだけれど、護衛でも隊長である一際大柄な騎士の少し大きめの咳払いに、顔を顰めながらも座り直す。
全く、本当に典雅や優美とは対極な方だわ。お父様のような悠然とした典麗さまでは求めませんが、人並みくらいの落ち着きは持って欲しいわ。
「仕方がないわ。だって自力で再建できないのでしょう? この前の遊興に使い込んだ事業資金を返す手立ての報告ではなく、新しくお金を用立てて欲しいなどとは……
わたくしの夫となる権利は、最低が伯爵以上の家柄。そして格式と伝統のある所でなければいけないの。
マクシミリアンはもう領地を売り払うか、爵位を売り払うしか残っていないでしょう?
高位貴族ではない方は、夫にできないわ。王族や皇族ならともかくとして……」
おっとりと困ったように小首をかしげ、アンナから扇を受け取る。
ヴァンは目を不自然に泳がせ、必死に言い訳を探している。でも、自分でおっしゃたのよね? 家を助けてって。
そもそも、噂ではまだ婚約者がいるままではありませんか。不誠実な。そもそもその婚約の破棄でも白紙でも、マクシミリアン家の都合でしかない。違約金を払えるのかしら?
「そ、そんなことはありません! 事業! 事業をください! 次こそ成功させて見せます!」
「ダメよ」
「何故ですか!?」
そんなことも分からないのか、という失笑を飲み込む。
恥知らずにも謝罪より先に、新たな資金や事業の催促ばかりしている時点でおつむの程度は知れていますが。
臓腑が煮えくり立つ苛立ちを押しやり、あえて子供に言い聞かせるようにゆっくり優しく教えてやることにしましょう。
「貴方のお家は、既にわたくしから事業を任されたでしょう?
けれどマクシミリアン侯爵家は結局できなくなって、別の方がまとめてくださった。だからこの程度のお咎めで済んだのよ?」
「だから次を! 名誉挽回のチャンスをください!」
「何度も言っていますが、それがダメですの。わたくしがまたマクシミリアン侯爵家に事業を任せるのはあまりにも不自然。
ならば、他の候補者にも平等に機会を与えてからでなくてはならないわ。
貴方も貴方の家も、わたくしに面倒を見てもらえなくては何もできないという証明になるの。無能の烙印を押されてしまうわ。それでいいの?」
前の事業はお金だけ使い込んでほっぽりなげ、次の事業を寄越せと騒ぐ。まだ、使い込みの返済すら終わっていないし、わたくしに謝罪もしていないのに。
ここで許してしまえば、マクシミリアンの王配レースに致命的な影を落とす。
ラウゼス陛下のご心象も最悪で、わたくしの実家や後見人たちからも激しい顰蹙を買っている。元老会だって、自分の推したい方が言えば少しでも排除したいところでしょう。
もちろん、わたくしも一銭たりとも渡したくないという気持ちが強いのもあります。
読んでい頂きりがとうございます!
ブクマ、評価、レビューお願いします! そしてありがとうございます!
書籍化まで更新ペースを上げてるよう頑張ります! 応援してい抱けると嬉しいです!