一騎打ち2
正々堂々と行きたい二人。
ミカエリスは愛馬と共に降り立った。
ヴァサゴと名乗った獣人は、ゆったりとしかし隙の無い身のこなしで前へと出る。
一見すると巨躯といっていい大柄な男性だ。美形というより、男前と言った方がしっくりくる精悍な顔立ちをしており、黄金の髪から狼の耳がピンと伸びていた。獰猛に輝く灼眼は、この状況を楽しんでいるようにすら見える。
鎧はかなりボロボロだが、元は良い物だったのだろう。そして、背に大剣を携えている。
だが、全体的に草臥れている。戦場と潜伏の繰り返しだった生活は着実に彼を摩耗させていたことを伺える姿だ。
相手が騎獣を使わないようだと悟ったミカエリスは、自分も馬を降りた。
それを見て、ヴァサゴは僅かに目を見開いた。
「乗ったままで構わんぞ?」
口角を吊り上げて豪快に笑うヴァサゴ、余程自信があるのだろう。
距離があるというのにピリ、と肌が僅かに痺れるような圧が感じられる。
歴戦の猛者に相応しい風格。満身創痍であっても、その威風堂々たる姿は褪せなかった。
「遺恨などあっては困るからな。平等でいきたいだけだ――お前たちの要求は?」
ミカエリスが静かに問うと、ヴァサゴはふっと漏れたよう笑みを浮かべる。
「話が早くて助かる。流石この戦力の差で砦を明け渡せとは言わん。総力戦となれば、我らの敗走は明白だからな」
トン、と肩に大剣の鞘を預けていった。
マグ・メルドと名乗った反抗勢力は自分たちの力を把握していた。
しかし、しつこくゲリラ戦を繰り広げていた往生際の悪さと今のヴァサゴは妙な齟齬の様なものを覚える。
「今までのリーダーがいりゃ、徹底抗戦だったろうが……見ての通り俺たちのアジトは崩落しちまった。ゴユランは逃げた――まあ、背中から刺されなかっただけマシだな。
怖気づいて散り散りになったのもいるが、逃げることすらできずにいる女子供も多くいる。俺たちの要求は、戦えない奴らの保護だ。
そいつらはレジスタンスじゃなくて、孤児や難民として保護をしてやってくれ」
なるほど、と表情は変えずにミカエリスは納得した。
元奴隷や亜人たちはどうしても少数派になる。そして、その集団の中でも過激派や穏健派がおり、この危機において割れてしまったのだろう。
ヴァサゴの言葉を全て鵜呑みにするわけではないが、静かに聞いていた。
「では私が勝てば、大人しく投降しろ。そして持っている情報を全て吐いてもらおう」
「いいぜ、勝てたらな」
潔く、気持ちの良い男だ。
ミカエリスは、少なからずこのヴァサゴという男に好感を持っていた。
義の為に弱者の為に残り、力を振るう。それは騎士の理想に通じるものがあった。
その真っすぐな気性に惹かれるものが多いのだろう。
亜人たちの目には、縋るような誇らしいような静かな輝きを称えた目で、ヴァサゴの言葉を、姿を全身で覚えていようとしている。
恐らく、彼らはヴァサゴの覚悟を汚すような行いはしないだろう。
勝っても負けても捕虜としての未来が待っている。だが、そこで往生際悪く逃げ出すような輩は、この場に来る前に遁走している。
草も疎らな拓けた場所に互いに向かい合う様に降り立つ。
雲は遠くで流れ、風は緩やかであった。時折、思い出したように少し強い一筋の風が駆け抜ける。天の青は抜けるように広がっていた。
ミカエリスの長い髪を、風が弄ぶように靡かせた。
愛剣に付けられた、赤いくす玉が揺れる。
互いに互いを見据え出方を伺っている。
一度動き出したら、どちらかが動けなくなるまで止まらないだろう。
焦燥にも似た高揚感と、僅かな恐怖。漠然とした期待。ここまで強い相手と正面から戦うのは久々だった。
(ヴェアゾの時以来か?)
あのアッシュグレイの毛並みをした狼の獣人もなかなかの使い手だった。
あれ以来、さっぱり姿を見ていないがどこに属しているかもわからないし、一度刃を交えただけで特に友好関係があるわけではない。
流浪の剣士で、一定の場所にとどまらないだけかも知れない。ならば、何かの折でまた目にするかもしれない。
だが、あの気骨ある柔軟で変則的な剣は、嫌いじゃなかった。
ふと、ヴァサゴを見る。なるほどと思い当たった。
ピンと立った黄金色の耳。狼をベースにしたようなタイプの獣人であるヴェアゾと違って、ヴァサゴはヒトに獣の耳を付けたような姿である。
雰囲気は違うが耳の形はよく似ている。だから思い出したのかもしれない。
なんとなく、口を開く。
「ヴェアゾという狼の獣人を知っているか? アッシュグレイの、二刀流の剣士だ」
その言葉を聞いた瞬間、瞠目したヴァサゴが息をのんだ。
次には灼眼が気色ばみ、睨み合い、互いのわずかな隙を掠め取ろうとしていたことも忘れて突撃してきた。
驚いたのはミカエリスも同様である。
「貴様もグルかぁ!!」
下手な戦斧より重量のありそうな大剣が振り下ろされるのを、体を捻りつつ避けながらはじき返す。
ずれた軌道の剣は、ミカエリスが先ほどまでいた場所に小さなクレーターを作っていた。
ただの怪力ではない。それ以上の何か、魔力とは違う何か巨大なエネルギーを纏った一振りだった。
「吐け……俺の弟をどこへやった!?」
そんなものこちらが聞きたいくらいだった。
激高したヴァサゴは、また力の入った一撃を繰り出してくる。逆袈裟に大剣が再びミカエリスを襲う。
だが、見たところヴァサゴはかなり興奮している。やけっぱちな攻撃ではないが、一撃一撃に籠っている力が多すぎる。先ほどの冷静な剣筋より、精彩を欠いている。
必殺技クラスの一撃を序盤から使い過ぎれば、当然後からスタミナ切れを起こす。
もしくは、その前にミカエリスを倒すつもりなのかもしれない。
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