一騎打ち1
バトルパートは苦手でござる。頭の中の映像を再現する語彙が足らない、文章力不足をしみじみ感じます。
キシュタリアが去った後、グレグルミーの砦は大騒ぎだった。
敵対勢力の根城だと思しき廃坑のある山林で、大規模な崩落事故が起きたからだ。
その事故が起きたのは朝方未明。漸く太陽が顔を出し、明るくなり始めるような早朝だった。
異変に気付いたのは警備していた兵たちである。砦まで、歩いている人間すら感じるような揺れが伝わってきた。大風もたくさん吹きすさび、当初は慌てふためいて敵襲かと転がるように走り回り、何か爆発か地震でも起こったのではないかと騒いでいる。
グレグルミー辺境伯は泡を食ったようにあっちへうろうろ、こっちへうろうろと落ち着きがない。夜着にガウンを羽織ったまま、真っ青な顔で当てもなくさまよっている。
実践歴のあるガストンは立ち直りも早く、しっかり鎧を着て武器も携えてこれからの話し合いをするためにやってきた。顔をやや強張りの強い様子で引き締め、ミカエリスの元へと状況を聞きにやってきた――が、しかし。
「いやああ! いかないで! 蛮族が来るわ! 砂人の奴隷商どもがくるのですわああ!」
質素なネグリジェにストールを引っかけただけのメリルが大泣きしながらガストンを引き留めた。つい先日まで、視界にも入れたくないといわんばかりの冷たい態度が嘘のようだ。
華奢で小柄な彼女にどうしたらこんな力が出てくるのは不思議なくらい、ガストンのベルトを掴んで離さない。
砂人とは、ゴユラン人の蔑称である。ゴユラン国の奴隷商は、時折サンディス国民を誘拐することがある。国境沿いでは年に数回は発生するので、辺境伯住民では恐怖と侮蔑を持っている傾向があるのだ。若い女や子供にとっては、人攫いなど特に脅威と言えた。
「ガストン殿、グレグルミー令嬢へ付いていてください」
「しかし、私は戦えます! この緊急時に砦の奥で安穏と引き籠るなど!」
「できれば、グレグルミー辺境伯と共に令嬢を護衛していてください。万一の時は、彼らを連れて退去できるように整えておいてください」
その言葉に、はっと息をのんだガストンは神妙に頷く。
その表情は真摯であり、こんな成り行きの婚姻だろうが婚約者のメリルと、頼りにならない義父を守ろうと奮起しているのが分かる。
もしミカエリスに何かあればガストンがグレグルミーの異変を国に報告するのだと理解しているのだ。この砦は、戦線でも重要拠点である。愛国心と武人の矜持、そしてミカエリスという戦友への情を飲み込み、腹を決めたのだ。
やはり、グレグルミー辺境伯家よりよほど気骨があると、しみじみ感じるミカエリスだ。
辺境伯は我先に逃げ出そうとばかりに、荷物を運び出そうとしている。
ミカエリスは、この爆発の原因が幼馴染であると知っている。
思ったより、というよりやり過ぎだと頭を抱えたくなるような派手な先制を食らわせてくれたようだ。
虎の子と言える根城がズタズタにされた亜人たちは茫然となるだろう。
城壁から誰かがミカエリスを呼びながら走ってきた。鉄を張りぼてのように重ね合わせた、旧式の鎧を纏った一兵がミカエリスの前に膝をつく。
これだけでも、十分グレグルミー辺境伯は武具の手入れや新調を怠っていたのだと分かる。
何度も一新するよう伝えても、そこに充てる金は出し渋っている。
「ドミトリアス伯爵! ご報告です! よろしいでしょうか!」
「許す」
「我が砦より東側で駐屯していた部隊がゴユランの本国へと急な移動をしております!」
「奴隷や亜人たちのアジトが破壊されたと聞いて怖気付いたか。構わん、放っておけ。追わないでいいから、戻る様子がないかだけは注意しておけ」
見張りから、ゴユランの駐屯所がそそくさと自国に帰ろうとしているという報告を受けた。
恐らく旗色が悪くなったので、各個撃破される前にと考えたのだろう。
ゴユランは危険を冒してまで、亜人や奴隷たちを救おうなどとは毛頭思っていない。やはりというか、思った通りその程度の同盟なのだ。
利害の一致で動いているだけで、一蓮托生等する気はないし、助け合う気もない。
「しかし……一時とはいえ手を組んだというのにたった一度で、迷いなく切り捨てるか」
今まで砦の周囲をうろついて威圧するように近づいてきたのも訓練だと通すつもりなのだろう。
主に動いていたのは亜人側だ。こちらはサンディス領土なので、どうしてもゴユラン側の城壁より崩れやすい。
(愚かなことだ。これで助ける素振りでも見せれば、再度関係を持つことも楽になるというのに)
引き際というのも肝心だが、碌に確認もせず切り捨てるとは。
いっさいの手助けが無ければ、奴隷や亜人たちの再結成も難しくなるだろう。廃坑も潰れ、山の地形が変わるほどに破壊し尽くされている。
今まで地の利を生かしてやっていたゲリラ戦も、足場がおぼつかない場所では今まで通りとはいかない。
もともと数や物資の不利を、ゲリラ的な作戦と少数の精鋭でなんとか耐え凌いでいた形だ。
「伝令! 斥候より伝令! 敵襲です! 反抗勢力と思しき武装集団が、こちらに向かっております!」
元奴隷や亜人たちはサンディスにもゴユランにも属していない、居座って土地を奪い取ろうとしている集団。便宜的に『反抗勢力』と呼んでいる。
一応は名乗っているのだが、掲げる旗や組織名が度々変わるのでこちらが判り易いようにそう呼ぶ形に落ち着いた。
「自棄になったのでしょうか?」
ガストンがメリルを宥めながら、つぶやいた。
「さあな。正面でぶつかり合って勝てないのは相手も解っているはずだが」
一度、夜襲を受けたことがある。彼らにとって厄介な指揮官であるミカエリスを暗殺しようと夜闇に紛れてきたことがあった。
抜群の身体能力を持った獣人達は精鋭であったが、ミカエリスに叩きのめされ返り討ちにされた。
もしミカエリスが完全な参謀タイプだったら危なかっただろうが、剣の腕も相当なものであったため大事には至らなかった。襲撃した側としては、思わぬ誤算だったろう。
酷く狼狽した様子だった。煙幕で逃げたが失敗するとは思っていなかったようだ。
敵数およそ五十弱――随分と減ったものだ。
数人はなんとか騎獣を確保しているが、ほとんどが歩兵である。
警戒網の範囲外から広域魔法を食らったのだから、生き埋めになったものも少なくなかったのだろう。どれも満身創痍である。
一番立派な戦装束を纏った首領らしき男すら草臥れた姿である。
もとは立派な漆黒の外套だったろうに砂埃に塗れ、至る所がほつれている。
大きな双翼が描かれた胸当てとチェインメイル。一部、プレートはひしゃげたり剥がれたりした形跡があった。
その男は巨漢で、濃い黄金の髪の合間から見える耳はピンと立った獣の耳だ。
ミカエリスには何度か見おぼえがあった、あの男は、反抗勢力のリーダーだ、
傍にいた獣人と目配せをすると、大剣を受け取った。
「我が名はヴァサゴ! 勇壮なるマグ・メルドの戦士である! サンディスの兵に申し上げる! 一番強き者は名乗り出よ! 一騎打ちを申し込む!」
リーダーの獣人は轟轟たる声量で咆哮する。
実際は呼び掛けているのだが、既に窮地に追い込まれ背水の陣である彼らにとってはこの一騎打ちは誇りと一縷の望みを掛けたものだ。その強い覚悟がその圧倒されるような覇気を纏った声から感じ取れた。
強き者は名乗り出よと口では言っているが、ヴァサゴの視線は真っすぐに胸壁に向けられていた。正確には、そこから見下ろしていたミカエリスに。
「ミカエリス様、罠の可能性も……っ! 弓兵、直ちに配置に付き――」
「待て」
「相手をなさるのですか!?」
「ここで私が勝てば、奴らは大人しく投降させることもできるだろう」
折角、なるべく派手な争いを避けながら追い詰めてきたのだ。
それはゴユランからの挟み撃ちによる全面戦闘を防ぐためでもある。
まだ宣戦の布告は成されていない以上、この砦をきっかけにするのは避けたい。下手をすれば、そのまま前線を任されることは十分あり得た。
腹立たしいことではあるが、権力を持った老害集団に、まだミカエリスは反抗するほどの力は持っていない。
「奴らが何故ゴユランと組んでまでして土地を奪おうとしたのかを知りたい。
今までも狙っていたが、ここまでしつこく強硬にはしてこなかった」
リーダー格は獣人。そして、元奴隷を含めても全体的に獣人が多い。
彼らは基本的にトップに最も強い者を据える傾向がある。魔法使いや巫覡が率いることもあるが、今のリーダーは純粋に『武力』が重んじられて選ばれたようだ。
ならば、ここでミカエリスが彼を捻じ伏せれば残りの連中が可笑しな気を起こす可能性は格段に下がる。
彼らは強き者に敬意を表すのだから。
広域の殲滅戦はキシュタリアが得意だが、白兵戦はミカエリスの得意とする領分だ。
読んでいただきありがとうございました!