ラティッチェの霊廟4
お父様の隠された真実をちょっと知る。
「そちらはクリスティーナ様と共にお亡くなりになった、お子様の分でございます」
「子供……!?」
墓守から齎された情報に、キシュタリアは愕然とする。
思わず膝をついてまじまじと見れば、それは丸い墓石であった。小さいがラティッチェを表す双頭の鷲の意匠が刻まれている。
驚愕から素早く立ち直ったキシュタリアは頭をすぐさま切り替えた。魔王の義父と社交界の親切ぶった跳梁跋扈で鍛えられた精神力は度重なる衝撃にも耐えきった。
驚いた。だが、同時におかしくもないと思い直す。
クリスティーナはグレイルの寵愛を受けた唯一の妻だ。
当時五歳のアルベルティーナしか子供がいなかったとなると、継嗣を設けようと考えてもおかしくない。年齢的にも無理がではない。
クリスティーナはアルベルティーナを産んでいるのだから、不妊ではなかったはずだ。体調を考慮し、母体が整うまで間を置いていたというのであればむしろあり得る話である。
世の中には、男児を望んで第二、第三と妻を娶るか妾を囲う人間もいる。
だが、今までグレイルに他の子供がいたなど、そんな話一度も聞いたことがなかった。恐らく、アルベルティーナも知らぬことだろう。
「はい、アルベルティーナお嬢様……いえ、殿下が誘拐された際に既に身籠っておられたそうなのです」
「……このことを知っているのは?」
何ということだろう。
死産の原因には、アルベルティーナの誘拐が絡んでいるのではないだろうか。精神的なストレスが、流産の原因になることもある。
あくまで可能性だ。だが、死期が被っている。
グレイルは微塵もそんな様子は見せなかった。
貴族の噂にも聞いたことがないし、使用人たちからも聞いたことが無い。
妻の死と待望の二人目の子供の死。唯一残った娘は、誘拐で心がズタボロにされた。
グレイルの『王家』に対する嫌悪の理由は更に深かったのだ。
「閣下と……主治医とセバス様くらいかと。我々もクリスティーナ様が埋葬される際に知ったので。身籠られて日も浅く、メイドすら知らぬ可能性もあるかと。
ご遺体の入った棺も随分小さなものでしたから」
少なくとも外見で分かるほどの周期ではなかったのだろう。
王家主催のお茶会にでるくらいだから、体調にも大きな変化が起きる前だったのかもしれない。かなりの妊娠初期だったと推測できる。
キシュタリアには弟妹がいなかったし、周囲に妊婦などいない。
人間の妊娠期間は六か月から十か月。
魔力のない、もしくは少ない子供は基本十か月くらいだ。魔力の強い子供は早く生まれる傾向がある。
墓守も詳しくは知らないのか、それ以上の情報は得られなかった。
だが、十年以上前のことを覚えているということかなり長く墓守をやっているのだろう。
「……次のクリスティーナ様の命日には、花を一つ増やすよ」
「ありがとうございます。……グレイル様以外は一度も手向けた方はおられぬのです」
名前すら与えられる前に、母親と流れた命。
小さく祈りを捧げ、覚悟を新たにするキシュタリア。
だが、引っかかる。何故、グレイルは王家を憎悪してもラウゼスは憎まないのだろう。
(……ラウゼス陛下は御存じない。もしくは謀られたか、利用された側だから?)
人柄だけではないだろう。
誘拐事件は、当時の大臣の一人が起こしたものといわれている。ラウゼスは裏切られた側であり、腹心であったはずの犯人に一切恩赦を与えなかったと聞く。
今更ながらに、ただそれだけなのかと疑問が残る。
あの事件には、もっと根深いものがあるのではないだろうか。
(でも、あの事件はタブー視されている。調べるには時間が掛かる。まずは父様が先だ)
キシュタリアは霊廟の外まで見送られ、馬を走らせた。
念のためセバスの失踪した場所までいったが、壊れた馬車の残骸らしきものが残っているだけだった。
あれから幾度となく雨風があり、獣に漁られたのだろう。賊なども漁ったのかもしれない。収穫はゼロといっていい。
(お前がいないことが惜しいよ、セバス)
その存在の有難さを噛み締める。
感傷に浸れる時間はあまりなく、キシュタリアは討伐隊に戻るべく馬を走らせた。
その後、何食わぬ顔をして部隊に加わり討伐を終えた。そして、ちょうど討伐先にミカエリスがいるグレグルミーの砦まで近かったので足を延ばしたのだ。
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