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グレグルミーの砦5

少女は夢破れ。



 うら若い乙女の悲鳴に、騎士達も兵たちも一気に引きしまった。

 ましてや深夜といっていい時間帯。その悲鳴はよく響いた。

 警戒も露わに顔を引き締め、それぞれが武具をもって身に付けて各自の持ち場へ駆け込む。

 ただ無駄に現場に集まればいいわけではない。人が多すぎれば混乱が生まれ、身動きの取れないどん詰まりになるだけだ。

 逃げようとした際、その道を塞いで足止めをするのも重要だ。

 俄かに砦は騒がしくなり、そこかしこから指示が飛んで軍靴が砦の石床を響かせる。

 駆けつけた者たちが見たものは湯気が出そうなほど真っ赤になって蹲るガストンと、ドアを背に腕を組んでいるミカエリスだった。

 禿頭も相まってガストンは茹蛸のようであった。始終落ち着き無くわたわたとしているし、落ち着いたと思ったらまた一人劇のように騒ぎ出す。

 それを憐憫に近い目で見下ろすミカエリスの両極端さに、周囲は目を白黒させる。


「いやはや、どうなさったのですかな!?」


 やけにニコニコとした陽気なグレグルミー辺境伯に、ミカエリスは内心「この狸親父め」と悪態をつきながらも表面上はおくびにも出さない。


「実は私の部屋に誰かがいたようでして」


「ほうほう! それはそれは!」


 続きが聞きたいと言わんばかりのフォルコがずいずいとミカエリスの方へ寄ってくる。

 なるほど、この男もやはり共犯かと失望が滲むがそれを出さず、苦い感情を飲み込む。


「気配がしたので入る前に怪しんでいたところ、ガストン殿が先行してくれたのです。

どうやらあなたのところのご令嬢がいたようだ。

 それも、あられもない姿でいらっしゃったようで……お可哀想に」


 こんなことがあってはまともな縁談を望めまいと言外に伝えると、先に入ったのが伯爵のミカエリスではなく、一代騎士のガストンだと気づいたフォルコ。

 期待に緩み切った顔から一気に青ざめた。

 しかも、周囲にはすでにたくさんの野次馬という名の兵や騎士らが集っている。

 ガストンののぼせ切ったような真っ赤な顔から、それが事実だと容赦なく裏付けている。ミカエリスは困惑していますと言わんばかりの苦笑のまま、物憂げに視線を落とす。

 すると、ミカエリスの後ろの扉が凄まじい勢いで叩かれる。


「何故ここにガストンが来るの!? ミカエリス様は!? どうしてあの方が来ないの! ねえ! 私は伯爵夫人になるの! 第一夫人として王都に住むの! こんな田舎じゃなくて、王都へ行くのよ!!!」


 泣きじゃくり、半狂乱のメリルの声はびりびりと響いた。

 婿を貰って田舎の辺境伯夫人をするより、タウンハウスをもって王都で伯爵夫人になりたい。

 メリルにとっては、蛮族と砂まみれの故郷は愛着より辟易とした感情が強かった。

 華やかに賑わった都会へ行きたいとずっと思っていたのだ。

 家も裕福と言えず、魔法も使えず、あまり頭の良くないメリルは学園にすら入学できなかった。貴族としての資格はあったが、卒業しきるまでの学力と学費を天秤にかけた結果だった。

 その代わり、令嬢が通う別の女学院に行くことになった。そこも貴族子女の経歴の箔付けとしては優良といえるところだからだ。

 社交場に出るにも流行のドレスを纏えず、壁の花になりがちだった。

 そんな様々な鬱憤が爆発した。

 ざわついた空気を切り裂く、慟哭の様な絶叫であった。

 メリルは意図せず自分の令嬢としての価値を暴落させた。婚約者でもない男と寝室で、夜更けに会った。

 それがミカエリスの部屋である前に、メリル自ら相手はガストンだと自供してしまったのだ。そして、目的がミカエリスを嵌めることだとも。

 気が動転していたのもあるだろうが、いくらここが辺境地の砦であろうと誤魔化せない。

 レディには貞淑が求められる。婚姻後も、後継ぎが生まれるまでは求められる。

 メリルの貴婦人としての価値はもうない。

 ふしだらで貞淑のない娘の烙印が押された。

 相手が貴族であり、その夫人として納まるならまだ何とかなった。だが、相手が下級貴族でもないガストンでは醜聞は免れないだろう。

 呆然と立ち尽くすフォルコと、泣き叫ぶメリルの声がこだまする。

 自分で仕掛けておいて、失敗した時のことを考えていない当たり勝負者としても貴族としても二流である。博打をするなら、保険をもってしかるべきだろう。

 ミカエリスは小さく嘆息し、パンパンと手を叩く。


「グレグルミー辺境伯は今からご令嬢と、ガストン殿と今後について話も必要だろう。

 皆の者! 持ち場がある者は戻り、無い者は休め! 夜更かしをしても警邏(けいら)に穴は開けられないからな!」


 それを合図に、みな興味津々そうな顔を浮かべながらも散り散りになっていく。

 そんな中で残った小姓は、ミカエリスの顔を伺う。


「あの、ミカエリス様はどちらにお休みになられますか?」


「私は仮眠室で休む。女性の使用人にグレグルミー嬢を頼むように呼んできてくれ。

 

「解りました。お着替えを御持ちしますね」


 翌日、ガストンはグレグルミー辺境伯家に婿入りするという話でもちきりになっていた。

 一代のみの騎士候から一気に貴族の仲間入りだ。

 砦の兵や騎士たちは、メリルが必死になってミカエリスにアピールをしていたことは当然知っている。

 同時に、それにミカエリスが少なからず煩わされ、砦の中を荒らされていたことも。

 財ある伯爵家との縁が最悪に破綻した。それが分かったフォルコは目に見えて落ち込んでいたし、メリルに至ってはずっと泣きっぱなしだった。幼子のように始終泣いていた。

 そもそも一人娘のメリルが婿を取らず、伯爵夫人など難しい。ミカエリスは伯爵であるが、うだつの上がらない辺境伯よりもよほど影響力が多い。婿入りには無理がある。

 ミカエリスの両親の前に、ジブリールが怒り狂うだろう。

 アルベルティーナではなくそんなつまらない女に引っかかったのかと、烈火のごとく爆発する姿が目に浮かぶ。

 ガストンが必死にメリルを宥めようとするが、一層泣き喚くだけで逆効果だった。

 巻き込まれたガストンには申し訳ないが、それ以外は自業自得である。

 ガストンにはお詫びを込めて、グレグルミー家にはちょっとした意趣返しに多めの祝いの品を贈ることにした。

 ミカエリスだけでなく、周りだってあの時のグレグルミー一家の思惑が分かっただろう。

 いい機会だと任務を切り上げることにした。

 引継ぎに困らぬよう書類を纏め、王都に戻る準備はいつでもできていた。

 いい加減、領地の執務も滞っているだろう。父のガイアスに頼んではいたが、正直ミカエリスよりも不器用なため少し不安が残る。

 また、ミカエリスの代になり大きく拡大した事業も多数ある。

 ドミトリアス領の保養所についてはガイアスの方が詳しいが、領地の運営全般はミカエリスの方が上手いしよく分かっている。


(……陞爵の話、侯爵か辺境伯か……そろそろ返事をせねばならないな)


 また一歩、相応しい相手として近づける。

 胸に下げたリングに唇を落とし、ミカエリスは知らず笑みが浮かぶのだった。






読んでいただきありがとうございました。


夢見がちなメリルと、しっかりした気骨あるガストンは相性は悪くないです。

彼は真面目一本で手柄を上げてきた人なので、フォルコよりちゃんと領地を守れます。



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