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グレグルミーの砦2

ミカエリスは結構女運が悪い。


 少女の赤茶の緩く波打つ髪は肩口で切りそろえてある。グレグルミー地方は、隣が砂漠地帯の多いゴユランということもありやや乾燥している。そのせいか、髪もパサついており癖毛も相まってすぐ絡まると愚痴っていたことがあった。

 大きな胡桃色のぱっちりとした目と、小さな鼻に散ったそばかすが愛嬌となっている。

 柔らかなクリームイエローを基調とした大人しげなエンパイアドレス。肩から胸元にかけてフリルで薔薇を模しており、清楚で可愛らしい仕上がりだ。

 現在十五の彼女は、ちょうど婚約者を探している。上位貴族なら居てもおかしくないのだが、魔物も蛮族も敵襲も多いグレグルミーは厄介事がどうしても多い。きたがる婿はあまりいないのだ。

 土地も広いが肥沃ではないため、パッとした特産物もない。

 だが、国境沿いということもありゴユランとの国交も緊張はしている物の断絶はしていないため、商売をしに来るものが多い。

 恐らく、ゴユランからの交易品を軽んじることもありグレグルミーは巧くいっていないのだろう。

 確かにゴユランはしつこくここ一帯の土地を狙っているが、それはそれ、これはこれ。割り切らならければならない。

 

「哨戒は終わったとお聞きします。良かったら一緒にお茶でもいかがですか?」


「いえ、これから報告を聞いてまとめなければならないので」


 ミカエリスがするりと躱すと、若干悲し気に表情を曇らせた。

 断られるとは思っていなかったようだ。


「で、ですがそれならば後でも出来ますでしょう? お仕事ばかりではないですか! たまには休息も必要ですわ!」


 ミカエリスは思う。だったら放っておいてくれ。

 自分のペース配分というものがあるし、仕事の流れというものである。

 見聞きした者の記憶が鮮明なうちに報告を聞いてまとめて、王都へ報告をしなければならないのだ。

 メリルは度々顔を出してはあれこれ世話を焼こうとする。

 だが、ミカエリスは従者も小姓も付いているし、そもそも茶を入れるのも自分でしたほうがマシとすら思っている。

 自分が女性に好かれやすい外見であることを知っている。

 伯爵家ではあるが非常に裕福で、肥沃な領地には特産物が多い。

 未婚であり婚約者もいないことから、デビュタントからマダムまで幅広い秋波を受けている。

 様々な家から縁談の申し入れや、社交場への招待状を受け取る。

 それだけではない。ミカエリスは茶会や夜会などのパーティで幾度となく嵌められかけたことや、一服盛られかけたことがある。

 正直、信用ならない相手の用意した飲食物に口を付けたくないのが本音であった。

 ましてや、メリルは解りやすくミカエリスに懸想しているのが見て取れた。


「ではグレグルミー辺境伯令嬢、失礼いたします」


「そんな他人行儀になさらないで! わたくし、貴方と仲良くなりたいの!」


 辞退の言葉を遮り、ますます寄ってくるメリル。

 頭痛がする思いで振り返ると、目をウルウルとさせて見上げてくる。まるで祈るように手を胸の前で組んでいる。


(失敗したな……一度だけとしつこく頼み込んでくるから付き合ったが)


 流石に妹とさして年齢の変わらない少女を泣かすのは気が引けて、部下がいる状態で茶席についたことがある。

 それで分かったことは、メリルがこの解りやすく派手な外見に惹かれているということだ。美貌の伯爵というブランド品に目が眩んでいる。

 ミカエリスの鮮やかな赤毛は珍しい部類だ。くすんだものやメリルのような赤茶は珍しくないが、真紅といっていいようなこの色は父と妹しか見たことがない。

 祖父ほど遡るとなると既に白髪がかなり入っており、色が抜けているのが多い。

 この鮮やかな色は悪目立ちもするが、記憶に残りやすくもある。

 昔は派手過ぎて嫌いであったが、幼馴染の少女が目を輝かせて褒めるのであまり気にならなくなった。

 幼き日に、妹の髪を丁寧に梳り「とても綺麗ね」とまるで宝物を見つけたように大事にリボンを結っていた。それもあってか、自分と同じように赤毛を好んでいなかった妹は一転して自分のチャームポイントだと自信を持つようになった。

 それまで少しでも地味になるようにおさげくらいしかしなかったのが、色々と髪型を楽しむようになった。

 ミカエリスは溜息を飲み込み、自分に縋るような視線を向けるメリルを見る。

 もともとミカエリスは目を引く容色を持つ反面、女性があまり得意でない。

 自分が相手を楽しませる上辺の称賛やウィットにとんだジョークを得意とせず、武骨で堅物なのをよく知っていた。事業の話や領地の話といった経営や商談では口は滑らかに回るが、女性との他愛のない会話をしろと言われればぎこちなくなる。

 メリルにドミトリアス領の特産物の話をしても首をかしげるだけだろう。自領のことでさえ首をかしげる始末だ。

 彼女は婿を取る前提で、貴族当主としての勉強を受けていない。

 一人娘でそれはどうかと思うが、一般的に可愛らしいとえる部類だからイケると父であるグレグルミー辺境伯が甘く見た結果がこれである。

 売れ残りとなった半端な甘ったれ令嬢は、必死に婚活中である。

 そしてそのメリルに勝手に白馬の王子様認定されたミカエリスはいい迷惑だ。


「ね? ちょっとだけですわ!」


 揺れる赤茶の髪の緩やかなうねり方、華奢な体型と身長、時折出るやや子供っぽい仕草とおっとりとした喋り方。

 ミカエリスが彼女に甘い判断を下してしまったのは、逢えない幻影を見たからだ。

 最初はここまで強引ではなかったし、淡い憧憬程度だった、

 模造品にもなり得ないメリルといても虚しいし、いら立ちが募るだけだと分かっていた。


「失礼いたします」


 一礼をして去っていった。

 周りには一夜の恋といってちょっとした火遊びをするのもいるらしいが、ミカエリスにはさらさらそんな気はない。

 そっとに胸元に手をやって確かめる。抑えると、チェーンを通した指輪の凹凸が僅かに感じ取れた。

 サンディス王国では男性の装飾品は珍しくない。

 指輪もネックレスやイヤリング、イヤーカフスなどの耳飾りやネックレスなども。

 特に貴族や騎士は験担ぎや、先祖代々の物など風習的に持ち歩く背景が多くある。

 妻や恋人の装飾品や髪を一房いれたものをお守りにするというのも一時期流行ったので、女性ものですら余り訝しがられない。

 それでもひっそりと首にかけて、態々服の下に仕舞うのはそれだけ大事であり、まだ誰かに自慢したいより見せたくないという気持ちが強いからだった。

 独占欲である。自分一人であの深緑と白銀を密やかに愛でたかった。

 深夜の執務室で、早朝の寝台で誰の気配もない中で眺めるのがこそばゆく心地よかった。

 彼女から願いを託された証だった。信頼と信用を勝ち取ったという。

 喜びから心が緩んでいたのかもしれない。

 アルベルティーナに振り向かせるのに必死で頑なに縁談を拒んでいた頃はこんなへまをしなかった。

 気づけばたった一度の茶会だけで、婚約しましたと言わんばかりの顔をするメリルに付き纏われている。

 念のため、このあたりでは茶席に付くとそういう意味になる風習でもあるのかと聞いてしまったら、使用人の女性は首を大きく横に振っていた。

 グレグルミー辺境伯夫妻は娘にまたとない良縁だと言わんばかりで、軽く窘めたりはするが本気で止める気配はない。

 ミカエリスは兵を率いる長としての立場もある。

 女性にうつつを抜かしている場合でないし、そんな指揮官では部下に示しがつかない。

 ミカエリスは特に成果を上げている方だが、まだ若手でありやっかみも受けやすい。余計な反感を買うことはなるべくしたくない。

 英雄色好むという言葉もあるが、ミカエリスは量より質だ。唯一が手に入れば、その他の有象無象など要らない。



読んでいただきありがとうございます。

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