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グレグルミーの砦1

久々のミカエリス



 ミカエリスはグレグルミー地方の要塞を拠点としていた。

 グレグルミー地方は非常に肥沃というわけではないが、それなり土地も広く過去は鉄鉱石なども山から産出されていた。今では廃坑となっている。老朽化した鉱山は落盤事故も多数あったのだ。今住んでいるのは野生動物や魔物くらいである。

 数年に一回くらいはゴブリンやオークが群れで巣を構えるが、爆発系の衝撃を放てばかなり大きな崩落が起きるので問題はない。一気に埋もれて一網打尽だ。

 ゴユラン国に近いグレグルミーは、亜人や獣人といったものも多く住んでいた。

 ゴユランの奴隷制度から逃げ出た者たちが集落を作ったのが始まりであり、彼らの一部は人間を強烈に憎悪している。

 そして、もともと住んでいるグレグルミーの住人達を追い出してこのあたり一帯を自分の住処にしようと時折蜂起するのだ。

 しかし、人数は少ないので最初は勢いがあってもすぐに瓦解する。持久力に乏しく、暫くすると足場の悪い山間に逃げ込んでゲリラ戦に持ち込もうとすることが多い。

 あちらも正面で戦うのは分が悪いと分かっているのだろう。

 盗賊紛いのことをして物資をくすね、畑から食料をくすね、隠れてコソコソやっている。

 サンディスには奴隷制度がないため、ゴユランから逃げ出した奴隷がサンディスで冒険者や平民として生計を立てるのは珍しくない。

 稀に奴隷たちが反乱を起こし一斉に脱走するときなど、真っ先に身の隠し場所になるのはサンディスである。ゴユランは奴隷を返還しろと言ってくることがあるが、犯罪歴がない場合は普通に冒険者登録可能だし、真っ当に働いて市民権を得た後ではそれは通用しなくなる。

 奴隷との識別は奴隷印と呼ばれる焼き印や、拘束具が付いているかだ。

 サンディスの民は犯罪奴隷に対しては当然白い目で見るが、一般奴隷はそれほどではない。元奴隷だったのか、くらいである。

 別にサンディスが攻め込んで奴隷を奪い取ったわけではないので、正直サンディスとしてもそっちの監督不行届だろうとしか言いようがない。

 奴隷は奴隷たちである程度生活が安定すると、焼き印を刺青や別の焼き印を上乗せして消すことや、拘束具の破壊に集中する。もし奴隷商がやってきて従属権を行使すれば非常に厄介だ。精神的に屈服させられている者たち、焼き印や拘束具に魔力がある場合だと、その後逃げ出すのが非常に困難になる。

 だが、ごく一部――今いるグレグルミーのように社会に溶け込み安穏を求めるより、奴隷として辱められた怒りを武力で訴える連中も一定数いる。

 彼らはゴユランで反抗するのは難しいし、仲間や助力を集めるのも難しいと分かっている。だから、生活しやすいサンディスを隠れ蓑にしつつ、その土地を奪おうと画策しているのだ。

 正直巻き込まれているサンディス側としては非常に迷惑だ。

 それを捕縛後にゴユランに返還せず、サンディスの犯罪者として扱うのは温情以外の何物でもない。

 だが、今回はそこにさらに厄介なことが起こった。

 なんと、犬猿の仲であるはずのゴユラン国と元奴隷、そして山林に隠れ住んでいた亜人や獣人たちが手を組んだのだ。

 脱走奴隷たちや亜人、獣人たちが手を組むことは正直珍しくない。

 だが、ゴユラン国と組むのは極めて異例の事態である。

 ゲリラ戦が得意で身体能力や五感の鋭い獣人たち。亜人の中にはエルフやダークエルフのように魔力が高いものもいる。

 それに数というものをゴユランの兵が補えば厄介だった。

 今まで奇襲しかできなかったが、策の幅も広がっている。


(上級魔法使いに匹敵するエルフたちも少数ではあるがあの中にいるだろう。知恵者であるセルケー族がいたこともある。

 厄介だな……そもそも陛下が無辜の存在を締め付けたくないのは解るが、こういった暴力に訴える輩が結託すると非常に脅威だ)


 何度も追い払ってきたが、今回は特にしつこい。

 小競り合いは少しずつ燻り、大きくなって紛争になりつつある。以前、アルベルティーナが危惧していた通り、開戦へと向かっている気配がする。

 一応、表面上は国家間で戦争はないことにはなっている。

 ミカエリスたちの年代で戦争を知る人間はほぼいない。知っていて、親や祖父母の世代だろう。

 指揮官になるなら知っておけとグレイルに連れ回されたことがあった。真実の戦場を知らなければ、ミカエリスの精神は早々に疲弊して揺さぶられ尽くしていたことだろう。

 訓練とは違う緊迫感。魔法で燃えあがる人間の匂い。絶望と痛みに叫ぶ同胞。散った仲間に上がる慟哭。人を殺す罪悪感と恐怖。いつ来るか分からない、死の恐怖。


(上級魔法使いが五人……否、二人でもいれば戦況は容易く変えられる。

 ずっと要請を出しているというのに、一人も来ない。どうしても戦況を引き延ばしたいようだな)


 その間にもサンディスの兵は危機に瀕し、危険にさらされているのに上層部は暢気なものだ。

 ガンダルフも精一杯回しているが、元帥は今まで敵対していたラティッチェ公爵がやっていた。その対立派閥のトップといえるフォルトゥナ公爵家がいきなりその場に躍り出ても、まだ反発戦力があるのだろう。掌握に時間がかかるのは致し方ない。

 だが、それ以上に妨害が多いのが元老会の息が掛かった貴族たちだ。

 あれこれと注文を付けてミカエリスを都合のいいように戦場を行き来させている。

 せめて物資が滞らない様にとしっかり生命線といえる部分は掴んでいるあたり、ガンダルフも優先順位が分かっているのだろう。兵糧は内部意識に強く影響が出る。

 だが、増援要請はなかなか通らない。

 できれば戦場慣れした第一師団から第三師団に属している魔法使いがいいが、実践訓練を積んだ彼らはグレイルに心酔している者が多い。

 元老会からでもガンダルフからでも派遣要請を嫌がりそうだ。

 現在、敵兵力は森の中に潜んでおり事態は膠着している。

 何度かこちらに攻め入ろうとしたことはあったが、砦を崩すには火力が足らないと気づいたらしい。だが引く気はなくいつもこちらを睨んでいるので油断ならない。

 現にミカエリスが居なくなると頻繁にちょっかいを掛けてくる。

 そのたびに呼び戻されるのはうんざりしていた。グレグルミー辺境伯は小競り合いが多い土地だが、本人は全く指揮官向きではない人だった。

 フォルコ・フォン・グレグルミーは無能というわけではない。戦況はともかく、空気を読むのには長けているといえた。

 だが、少々癖のある人で特に多才というわけではないが漁夫の利をかっさらい、何となく自分の都合の良いように強引に押す傾向がある。そして、それをやって怒らない人間を選んでいる。

 まだ若造といっていい部類のミカエリスなどやりやすいだろう。

 最近、ミカエリスが強く出ないことをいいことに面倒を地味に押し付け来る。

 哨戒の為に出ると、ついでに魔物や害獣を狩ってきてくれと頼んでくる。食料の備蓄は余力を持ちたいため、魔猪の類は仕留めていた。

 それ以外にも憂鬱の種はある。


「ミカエリス様、お疲れ様です」


 うっとりと見惚れるのも隠そうとせず、まるで新妻のようにミカエリスの側に勝手に侍ってくる少女。


読んでいただきありがとうございました。

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