虹薔薇を愛でながら
この庭師のおじいちゃんはラティッチェ家の三大詐欺爺の一人です。
翌日のティータイムはレイヴンからもらった薔薇を愛でながらとなりました。
お庭でと思ったのですが、あいにくの霧雨です。ガゼボやテラスでも良いですけれど、それだと護衛やメイドたちが濡れてしまいます。
離宮の温室は立派な施設といっていい程の大きさがあります。以前に蕾が付いたといっていた虹薔薇は真っ白なのですが光の差し込み具合で虹色に光ります。
虹薔薇は蕾がついて咲くまでがまた長く、病気や虫にも狙われやすい。特に白色は珍しいらしいです。色とりどりの花が咲くのは珍しいそうですが、白は更に珍しいそうです。
白の中に様々な色合いが少しずつ交じり、真珠を溶かし込んだシャボン玉のような透明感のある花弁はとても綺麗。
感嘆のため息が出るほど美しい。
今を精一杯生き、咲き誇る花に心が穏やかな気持ちになります。
その中の一際大輪の虹薔薇は特に見頃で、少し明るめの温室で一際輝いております。
庭師の御老人ことアグラヴェインは、ずっとラティッチェに仕えてくれている古参の使用人の一人です。
腰痛持ちだとおっしゃっていたのですが、弟子庭師の青年が持てないほどの大斧を振り回していたような気もします。レナリアが我が家を強襲した時ですわね。
そういえば、実家の温室はどうなったのでしょうか。
「それでしたら、生きていた苗や木々はこの温室に運び込んでいますよ。
ラティッチェの御屋敷の温室は大破しましたし、姫様の為のハーブや果実類を育てていたのです。新鮮で良いものを姫様にご用意したいですから」
なるほどだからアンナの用意してくれるハーブティーは変わらず美味しいのですね。
見えないところに尽力してくれる人たちに感謝で頭が下がる思いです。
「まあ、嬉しいこと。ありがとう」
言葉の労いだけではなく、何か別の形でも庭師たちを労わりたいところです。
アンナに伝えると「では、今日は姫様のお言葉をお伝えし、使用人たちに御馳走を出すようにしましょう」と笑みを浮かべて頷いた。
「アグラおじいさんには腰痛に良い軟膏をお願いできる? 傷ついた薔薇をここまで育ててくださったのですもの。
領地の御屋敷から運ぶのも大変でしたでしょう」
「いえ、あれは偽装腰痛の疑惑があるので火酒のほうが良いかと」
「火酒?」
「燃えるほど度数の高い酒です。北で作られる蒸留酒などが有名ですね。傭兵や冒険者では好んで飲むものも多いですが、貴族にはあまり知られていないかと」
前の世界でいうウォッカのようなものでしょうか。
度数が高いのはスピリタスなどが有名ですわよね。
「まあ、お酒がお好きなのね。では良いものを樽で贈りましょう。
お酒だけでは味気ないわね。おつまみはチーズやハム……燻製もいいかしら? 長く楽しめるように少し保存が効くのが良いわよね」
あたりめなんかは前の世界で好きでしたが、サンディスは内陸国なのであまりお魚をはじめ魚介類は食べられないの。なんでも毒のあるお魚が多いそうですわ。食べる種類もわずかで、基本は火を通して食べるのです。
恐らく、こちらの基準でお刺身やカルパッチョはゲテモノ部類でしょう……
海の魚はほぼなし、川魚ばかりです。
鯛や鮪なんかまったくお目にかかっていません。
ラティッチェの食卓では普通にお魚のポワレやムニエルが並んでいましたが、寧ろ珍しい方のようですわ。
干物でもそれっぽくできますが鰹節。鰹節があれば和風だしができるのに。
お父様は豆腐が好きだったし、他の和風のお料理も好きそう。
ブイヨンも良いのですが、和風出汁があれば料理の深みも幅も大きく広がります。
美味しいものができたら、お父様に食べていただくのがとても楽しみでした。
鰹節が難しいとなると、他に魚類でだしをとるとなると煮干しや魚骨が無難かしら。煮干しはカタクチイワシがメジャーでしたし、鯛の骨のお出汁も美味しいですがそもそもいるのかしら?。
イワシも鯛も海魚ですわよね。うーん……
口慣れないものはどうしても違和感や匂いを感じやすくなります。美味というより異物感が強くなりがちですわ。
人へ贈るものを考える時間は楽しい。
何が好きだろうか。喜んでくれるだろうか。楽しんでもらえるだろうか。そんなことを考えながら、いつも選んでいます。
そういえば、贈り物をするのが減っていますわ。前はローズ商会の新製品を色々と作ってはプレゼントしていました。
できるだけ日常に役に立つ実用品といいますか、持て余すことのないものを考えていました。
あの三人には指輪を渡しましたが、あれは契約のようなものですし……
一般的に世の女性は、恋人や婚約者や夫に何を贈っているのでしょうか。恋愛経験ゼロ、人見知りボッチにはちょっとわからない。
相談できるのは……うん、アンナだけだわ。贈る相手に相談するのもおかしいし、レイヴンはちょっとその手のことにはお鈍ちゃんそう。
一応、この婚約のことは極めて内々のことなのだから大っぴらにできない。
つまり、大それたものを職人に頼むこともできない。素材を取り寄せるために商人などを呼び寄せても注目を浴びてしまうかもしれない。
わたくしは良くも悪くも注目されているはずです。
色々考えた結果、わたくしは刺繍をすることにしました。貴族子女の嗜みですわ。
普通に趣味としてポピュラーですし、不自然でないはず。
ハンカチやタイのワンポイントに入れて贈るのですわ。
THE定番。
過去にお父様やキシュタリアに贈ったことがある何番煎じという感じのことですが……できれば危険な場所に向かうことの多い彼らにアミュレットを作ってあげたいです。
しかし、わたくしの結界魔法は相変わらず不調。魔力は動かせるのに、カタチにできない。
そのうち治るとどこかで楽観視していた。
ままならないものですわ。
読んでいただきありがとうございました。
三大詐欺爺は、別名『テメーの様な爺いてたまるか』です。
家宰にして執事長セバス、料理長ゴードン、庭師のアグラヴェイン。