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姫殿下とヴァニア卿

ヴァニア卿は結構アルベルが好きです。気前の良くて話の分かるスポンサーなので。


 ジュリアスは頭がいいことは知っていた。

 ですが、わたくしのお金ドブにぽいぽいしちゃうも同然な捨て身作戦からここまでマクシミリアン侯爵家から毟り取ってくるなんて。

 幸い、マクシミリアン侯爵家の散財したお買い物はローズブランドのものも多かったから何割かはこっちの懐に入ったともいえるかもしれない。

 なんでも、御屋敷もローズブランドのデザイナーフルオーダータイプの注文住宅で事業資金の四割は吹っ飛んだらしい。調度品をはじめ馬車から寝具、壁紙などなどすべてローズブランドで揃えたという。

 事業資金で何をしているのかしら、マクシミリアン侯爵は。どう考えても横領ですわ。

 前世でもミュージシャンやアーティストで急激に有名になったり宝くじで億万長者になったりして身持ちを崩す方はいました。

 突如手に入れた巨万の富に金銭感覚が狂うのですわ。

 大きなお金にちょっとくらい横領するんじゃないかと思ったら、全部遊興費に使用したようなものですわ。マクシミリアン侯爵曰く社交費用だそうですが、それで契約の一つも結んでいないのでは散財以外の何でもないですわ。

 幸い、事業を渡したことでマクシミリアン侯爵家は静かになりました。

 わたくしではなくジュリアスが手を下したようなものね……

 わたくしはジュリアスに汚れ役を押し付けるために引き立てているわけではない。

 だけど、幼いころからわたくしの世話し続けている彼はわたくしをよく見ている。そして聡明だからこそ先回りして障害も敵も取り除いてしまう。それが仕事でもあったから。

 ……でも、あの男は愚かで強欲。諦めないでしょうね。お父様を持っている以上、いくらでも強気で出てくるわ。

 まだ油断はできないでしょう。

 取り返したら、死んだほうがマシな目に遭わせてやりますわ。

 上っ面だけでも従順な振りをして、唯々諾々とした振りをしておいた方がいいでしょう。

 そうすれば、あの男たちはより一層馬脚を現しやすくなるはず。

 暫くは大人しくしているしかないでしょう。内輪もめ真っ最中と聞きますし。

 お陰で幾度か行った叡智の塔の王宮魔術師たちの会合にも邪魔が入らず、スムーズにメギル風邪の研究を約束できました。

 ただ、なぜか二度とあの塔にはわたくしは入れてもらえませんでしたわ。

 その手前の待合室(とても清潔で綺麗)で待っていることに。

 なんでも工事中だそうですが……そりゃ、鼠や蝙蝠には少し驚きましたけれど。

 わたくしを時々診察にくるヴァニア卿ですが、わたくしの見つけた古文書や遺跡の書物にだいぶ興味津々の様で往診の頻度が増しました。

 判り易い方です。


「姫様あああ! なんで私にも教えてくれないのですかぁあああ!」


 ですが、それをどこからか聞きつけたカルマン女史が号泣しながら自分も研究メンバーに入りたいと泣きついてきました。

 おいおいと人目もはばからず泣き崩れ、わたくしの足に縋りつかんばかりです。

 わたくしの先生である方を邪険にすることもできません。というより、これ以上騒いだらベラとパトリシア伯母様の笑顔が怖いことになりそうですわ。

 仕方ないので、わたくしの見つけた赤っ恥フルコースこと賢者様の黒歴史をお渡しすることにしましたわ。

 とりあえず「この書物ですが、スズキ・タロー様の物ではないかと思っていますの」といえば、内容が何であれ嘘ではないので……

 カルマン女史の喜びように罪悪感を覚えましたが、そっと胸に沈めておきます。

 そんな悲しい真実を知らないカルマン女史はルンルンとそれを持ち帰りました。

 それに書いてあるのは賢者様のだらしない女性関係や、妻のガチな嫉妬や子供たちの複雑な感情と冷遇の反抗期の哀切ですわ。

 それを渡して数日後、ヴァニア卿は診察という名の新しい発見はないかという催促にきました。

 あの遺跡の中? 慣れればただの部屋に近いですが、一応わたくししか入れないことになっていますし……あまり頻繁にはいけないとは言ってはあるのですが。


「えー、でも姫殿下。この前、女教師に何か渡していたよね?」


「普通の本でしてよ」


「遺跡から出た時点で重要文化財です~。それが古代魔術でも、風俗的なものでも、お菓子のレシピでも超絶レアな古文書扱いになるんですぅ~」


「まあ、拗ねないでくださいな」


 唇を尖らせて判り易く拗ねているヴァニア卿。

 燐光を帯びたような緑の瞳が疑わし気に細められ、こちらを見ています。

 この方はわたくしをねっとりと見ないから嫌いじゃない。どうも殿方には『異性』や『金蔓』としてみられやすいので辟易していました。

 他者から見れば魅力的なのでしょう。わたくしの肩書と外見は。もっと巧く使いこなせるようにならないと。


「研究の方は進んでいまして?」


「恙なく。問題なさすぎなくらいでーす。びっくりするくらい今のところ姫様の予想が当たっている」


「それは良かったですわ」


 何とか微笑んで話を流そうとしますが、ヴァニア卿のじっとりとした目は誤魔化されないといっておりますわ。

 仕方なく、目を伏せて答えます。彼は必要な協力者。余りに不信感を抱かれても困ります。とても探られたくないことがお腹いっぱいなのです。

 ジュリアスにもくれぐれも持ち手のカードは大事に切れと釘を刺されています……

 本当に大事なカードを切るときは、ジュリアスたちにもできるだけ伝えた方がいいでしょう。

 ヴァニア卿に全てを語ることはできない。ですが、真っ赤な嘘を伝えるのは気が引けます。


「遺跡にはまた入りたいとは思いますが、内密にしていることなの。調査はしたいし、もっと探すつもりではあります。

 わたくしの立場上、あまり長い時間もぐれなくて……」


「だろうね。慎重に行った方がいいですよ~、きっと今までも何人も行って戻れなくなっているだろうし~

 何かあって救出隊を編成しても、入れないってオチが濃厚ですからねぇ」


 怖いことを言わないで欲しいですわ。ですが、遺跡に行くことにあまり良い顔をしないレイヴンとジュリアスを見れば、うすうすそんな気がしてはいました。

 過去にこの離宮というか、王城自体でも王族の行方不明者が出た記録があります。

 悪魔にかどわかされた、妖精に連れていかれたという噂がまことしやかにあります。

 中には隠し通路から遺跡に入ってサックリやられていたりするのでしょうか……通り道には遺体らしきものはありませんでしたが。


「流石に陛下には頼めないからお願いね~」


 へラリとしつつ結構酷いお願いをなさるヴァニア卿。

 ですが、彼が主導となってメギル風邪の研究をしてくださる以上は大切な協力者ですわ。


「遺跡については内密なので、余り表立って探せないの」


「知ってるよぉ、でもさーあの文献連番でしょ? 背表紙には一番ってナンバリングがあるけど、あの書き方は他に類似議題をいくつか書いたことを前提で作成されている。

 僕が行ければ探しに行くけどできない以上は殿下に協力を仰ぐしかないし~」


「解りましたわ……でも最近アンナもジュリアスも休め休めと目を光らせているのよね」


「ああ、殿下のとこのメイドも旦那様候補も本当に殿下大好き人間大集合って感じだよねぇ。

 他のところと違ってガチ切れ案件多いから超怖い~。往診でもラティッチェもフォルトゥナも公子の嫉妬の視線すっごいし~」


「それは……代わりにお詫びしますわ。心配性なの」


「いや? 何も言わないし当たってこないよ? 表面上は穏やかで鷹揚に接してくれますよぉ? でも魔力が微細に尖るからねぇ。相当嫉妬深いよ、あの二人? ミカエリス伯も入れれば三人?」


 どこで面識があったのかは謎ですが、どういうことだってばよですわ。

 魔力が微細に尖るって……わたくしも結構敏感な方だとは思いますが、あの三人がそんな攻撃的な様子を見せた? いえ、態度では出てはいないということですわよね。

 とてもややこしいですわ。


「姫殿下、そのうち三人のうちだれかに刺されるんじゃない~? 話が違うって! もしくは心中とか! アッハハハ~!」


 ヴァニア卿はケラケラと笑っておりますが、そう考えると学園で複数の男性を侍らせまくっていた推定ヒロインことレナリア嬢のことを言えませんわね、わたくし。

 男女の青春、レナリア嬢の場合平然と複数とに関係を持ち不貞行為を行っていたから性春というべき感じでした。

 わたくしも傍から見れば一緒よね。


「あの三人ならわたくし、刺されても一緒に死んでもよろしくてよ」


 それくらいの覚悟はとっくにしている。

 だからこそ、その言葉はあまりにも自然に出ました。

 高い声で笑っていたヴァニア卿がぴたりと止まる。目を真ん丸にして、まじまじとこちらを見てきます。


「ワォ、きょーれつ。意外と姫殿下ってグレイル様似?」


「ふふ、お父様に似ていると言われるのは嬉しいわ」


 わたくしがあの三人に要求したのはそれだけ理不尽で危険な事です。

 いくら優秀といえど若い三人を権謀術数の渦中、それも未曾有の混戦乱戦の中に身投げしろといったのですから。

 その癖、わたくしは一人を選ばず三人に求めた。傲慢で強欲だ。


「で、本命は~?」


「秘密よ」


 本命は常に一人、わたくしはお父様の為だけに。

 お父様の眠りを汚した連中を一人残らずあぶりだして、惨めで酷い最期を与えてやりたい。

 ずたずたのボロボロになりながら、絶望だらけの中でぐちゃぐちゃに壊してやりたい。

 『幸せに』とお父様は言ってくださったけれど、お父様がいない時点でそれはあり得ないことなのです。

 ならば、わたくしはやりたいことをやる。それが良からぬことでも構うものか。もうすでに善悪の問題ではないの。完全な私情と私怨だと分かっていても止まらない。

 かつてラティお義母様に語ったわたくしの夢は、夢物語だけで終わった。

 お父様に似た男性と結婚するという、子供じみた願い。

 お父様のように優しくて、強くて、愛情深く、一途な方と共に、お父様に祝福された結婚をする。もうあり得ない未来絵図。

 結婚で終わりではないけれど、子供の描く将来の夢としては平凡でありきたりな部類でしょう。

 だから、マクシミリアン侯爵とヴァンにはもっと苦しんでもらわなくては。

 余りに早く夭折したお父様――その安らかな死を汚した大罪人。

 陛下が許しても、ラティお義母様やクリスお母様、キシュタリアが許しても、神様が許しても、お父様がお許しになってもわたくしは許さない。絶対に許さないし許せない。

 恐らく、この怒りは彼らが死んでも無くなることはないだろう。

 自分の醜さに失望しながらも、この感情がなくなりはしないのです。

 復讐は何も生まないなんて綺麗ごと。

 心臓から全身を焼くような憎悪を持て余し、罰せられる愚か者に諂い従う屈辱を飲み込むくらいなら反抗する。

 最愛のお父様だけでなく自分にとって幸せの象徴だった場所を汚されると分かっていれば、なおのこと止まる理由なんてありはしないの。





読んでいただきありがとうございました。

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