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毒蛇の姦計3

パパ首の回収が済まない限り、トドメはさせない…


 報告を聞いた元エリート従僕にして現公爵子息のジュリアスは優雅にカップを傾けて微笑んだ。


「言ったとおりになったでしょう?」


「え、ええ……その、あっという間ですわね」


 ジュリアスの仕掛けた罠にかかったマクシミリアン侯爵家は見事に身持ちを崩した。

 それはもう(ことごと)く引っかかった。

 一度覚えた贅沢癖は抜けず、以前の生活に戻れないようだ。まだ借金を重ね続けているという。相当あくどいところからも借りているらしく、利息が借りた金を上回るのは時間の問題と言えよう。

 折角一等地に建てた豪邸は差し押さえ寸前だという。


「下拵えはしましたが、見事に毟り取られて料理されましたね」


 無駄遣いを知っていた会計士は、態と何も言わなかった。

 淡々と言われるがままに資金を出していき、底を付くように仕向けた。いくつもぼったくりのようなものもあったのもそのまま放置した。

 そして、どれだけマクシミリアン侯爵が無能かをありのままに示す領収書が付いた費用を計算した各種の帳簿と提出したのだ。

 それを見たクリフトフもガンダルフも軽く引くくらい遊び惚けていた。

 だが、アルベルティーナからもらった事業資金で酒と女と買い物と賭博に使いこんだことに、じわじわとマントル奥深いマグマの如き怒りがせりあがってきた。

 何一つ実になっていない。悪評だけが付いた。

 随分高い手切れ金になったとアルベルティーナまで嗤う輩もいるが、当然それは承知の上だ。

 むしろ、ここから挽回するのも作戦の内である。

 怒り狂う義家族を横目で見ながら、ジュリアスは誰にもばれないようにほくそ笑む。


「でも、本来この事業に割り振られる資金の半分になってしまったわ」


「問題なく。私がちゃんと引き継ぎますので」


 申し訳なさそうに眉をハの字にするアルベルティーナ。そのこめかみにキスを贈るジュリアスは鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌だ。


「私が言い出したのです。喜んでお受けいたしますので、どうぞお申しつけ下さい。恙なく完遂させて見せますよ」


 これはジュリアスが仕組んだもの。

 片手間に奈落に続く穴へ、背を押した。

 アルベルティーナも少し案は出したが、ここまでマクシミリアン家が素寒貧になるように仕向けたのはジュリアスだ。

 こてんと首をジュリアスの肩に預けながらも、マクシミリアン侯爵家を押さえつけに成功したことには安堵したアルベルティーナ。

 そして苦笑気味に「敵に回したくないわ」と呟く。

 敵も何もジュリアスはアルベルティーナだけの味方だ。





 二か月前――ヴァユの離宮に泊まっていた時、ジュリアスから提案があったのだ。

 マクシミリアン侯爵家を疎みながらも気に掛けなければならないアルベルティーナ。

 それを面白く思わないはずもないジュリアス。

 幾度としてアルベルティーナを怯えさせ、痛めつけた人間を当然許すはずもない。

 分らないことはあっても、ある程度の予想は出来る。一線を超えない程度に牽制を掛けたのだ。


「手紙といえば、マクシミリアン侯爵家ですが」


 その言葉に、アルベルティーナの空気がピンと張ったのが分かった。

 何事もなかったようににこりと笑っているが、完璧すぎて作り笑いだとよくわかる。

 アルベルティーナが普段浮かべる笑みはふわふわとした柔らかい、花のほころびの様なものだ。それをよく知るジュリアスにしてみれば、不自然極まりない硬くぎこちない笑み。

 生来の美貌を形だけを模した笑み。隙の無い貴族の笑み。

 見惚れてしまいそうな笑みだが、ジュリアスの腹の底にはちりちりと焦げ付くような激情が渦巻いた。それをひっそりと押しやり、いつも通りに振舞う。


「王配に推挙なさるなら、さっさとなさってください。建前だけでも整えて黙らせておけばいいでしょう」


「……いつまでも置いてはおけないものね」


「ええ、どうせ却下されます」


「………え?」


 目を見開いたアルベルティーナに畳み掛けるように、ジュリアスは言葉を吹き込む。

 あの程度の連中が、足掻いたところで手が届かないのだと。


「いくら貴女が熱烈に望まれても才無し・財無し・派閥無し。辛うじて侯爵家という格があったとしても、アルベル様の隣に並ぶには余りに足りなすぎる。

 零落した貧乏侯爵家が何の功績無しに王配に? そんなに単純な椅子取りゲームではないのです」


「そう上手く行くかしら」


「行かせるのですよ。少なくとも喪が明けるまでは猶予はあります。

 スキャンダルがないならば作ればいい。高い場所にいるのならば、失脚させ汚名の泥につからせればいいのです」


「……それなら、わたくしにも考えがあります」


 意外なことにアルベルティーナから意見が上がった。

 誰かを陥れるような真似がこのお人好しにできるものかとタカをくくっていたが、面白そうなので促した。


「お聞きしても?」


「あの家は、わたくしに金子の他に事業や領地の権限を度々要求してくるの」


 予想はしていたが、改めて聞くと気持ちがいいものではない。

 アルベルティーナは言わないが、不敬ととられるようなセンスのない口説きをしたのも知っている。


「恥知らずな」


「でも、マクシミリアン家は正直裕福ではないわ。領地も特産品もあるけど、それを上手く使いこなせていないようなの。

 調べてみたのだけれど、鉱山はあるし農耕地としても悪くないと言えますわ。

 恐らく、商売が得意ではないのね。事業なんて任せたら計画が倒れてしまうわ」


 その通りだ。目の付け所は悪くない。他にも粗を探せばごまんとあるが、マクシミリアンの経営の焦げ付き方はかなり逼迫している。

 金は大好きな癖に、振り回される典型だ。浪費ばかりで貯まらない。財産が身につかないタイプである。


「だからあえて事業を一部渡します。少し多めの資金と共に」


「潰すと?」


「ええ、でも渡す資金は半分ほどよ」


 そういって示したのは小さな事業。

 あくまでアルベルティーナにとっては、と注釈は付く。


「それでも、一般から逸脱した額です。なかなか莫大になるかと。王太女としても、ラティッチェ公爵令嬢としてのものも規模からして違うのですから」


「ええ、そして莫大な資金を得たマクシミリアン侯爵は湯水のようにその潤沢な資金を使うでしょうね。

 ベラに頼んで少々取り寄せたの。マクシミリアン領の税収や支出の内訳を見せてもらったの。酷いものよ……わたくしでも、絶対こんなことしない。随分杜撰よ。

 災害をはじめスタンピードや飢饉で税収が落ち込んでも修正していない。大豊作の年も直していないようなの。何十年も変わらないの。物価の上昇とか景気とか考えていないわね。役人も変わっていないし、監査も入れていない。ここまで酷いと、買収や中抜きされている可能性もあるかもしれない。

 余程経営に興味が無くて、丸投げしているのですわ」


 お父様ならこんないい加減な仕事しないわ、とアルベルティーナは赤い唇を噛む。

 アルベルティーナの地頭は悪くない。むしろ優秀といっていいからこそ、マクシミリアン侯爵家の資産管理や運営の杜撰さが良く分かったのだろう。

 しわ寄せがきているだろう住んでいる領民や、一生懸命働いている職人や労働者を慮ったのかもしれない。

 眉根を寄せたジュリアスは「切れてしまいますよ」と顎を引いて止めさせる。


「失敗すると分かっていて預けるのですか?」


「ええそう。すぐにわたくしに泣きついて、追加を求めるでしょうね」


「成程」


 悪くない考えだ。だが、少し詰めが甘い。

 ジュリアスはアルベルティーナ程優しくも甘くもない。だから、あの下種にそこまで施してやるつもりはない。

 甘い汁を啜った以上の地獄を味わわせてやりたいと思っていた。

 ジュリアスはにっこりと深い笑みを浮かべて、どこか頑なで強張ったアルベルティーナに囁いた。

 まるで蜜のように甘く、毒のように痺れるような蠱惑をもって誘惑した。


「ならば、一度に半分全て渡してください。残りの半分でこの私が事業を完璧にやり遂げて見せますよ」


 アルベルティーナからの事業資金――それも公務資金を散財に使いこんで、しかも半分も使っておいて全く事業が進展していなければ責任者から降ろされても文句は言われないはずだ。

 何に使ったと蓋を開ければ豪遊三昧だ。これでは追加資金の要求などできはしないだろう。

 アルベルティーナとしても断る理由になる。

 大金は人を狂わせる。贅沢と賭博は人の金銭感覚を壊すのに何よりも効果がある。

 ましてや、自分が苦労して得たものでは無ければ一層壊れやすい。

 ジュリアスは社交界に積極的に顔を出しながら、人脈を築いていた。当然噂話を多く耳にするし、悪評が事欠かない横暴なヴァンやマクシミリアン侯爵家を調べるのは容易かった。

 マクシミリアン侯爵夫妻の好みそうな商品を取り扱う商人を積極的に持ち上げるよう差し向け、賭博好きの遊び上手な人間に夜会やお茶会の招待状を握らせた。勿論、賭博場ではある程度の接待はさせ、ギャンブルにのめりこむよう仕向けた。

 アルベルティーナに会えずイラついているヴァンには、アルベルティーナに似通った特徴のある高級娼婦のいる娼館へと足を運ぶように仕向けた。娼婦は当然のぼせ上がりやすい男を扱う手練手管には長けている。ヴァンのような単純な男は見事に貢ぎまくり、そこら中に借金やツケをしているらしい。

 マクシミリアン侯爵が買ったあの豪邸。広くなった敷地で大量の使用人を雇った。それによりジュリアスの息のかかった使用人たちが入ったし、商人たちも出入りするようになった。

 あの愚鈍な貴族の動向は手に取るように分かっていた。

 結果、たった二か月でマクシミリアン侯爵一族は没落した。

 ほんの一瞬の栄華と共に一層落ちていった。




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