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ジュリアスの憂慮5

ハニーは割とアグレッシブ。



「キシュタリア様の本領は野外戦における殲滅戦です。姫様に会えないことは惜しんでおられましたが、外で生き生きと暴れていらっしゃるようですよ」


「無事ならいいの。怪我がないのなら」


 そういって細く息を吐くアルベルティーナは、判り易く安堵していた。

 腕の中のハニーを一層しっかり抱いて少し俯いた。傍で自分も抱っこしてほしいチャッピーがぴょこぴょこ跳ねている。ちなみにスタイのような前掛けを首から下げている。

 それには『本日盗み食いの為おやつ・甘やかし禁止』としっかり書かれている。

 筆圧に怒りを感じるアンナの字である。

 流石のアルベルティーナも心を鬼にしてそっと目をそらしている。

 甘やかしすぎると、調子づいたチャッピーに切れたアンナが高い場所に吊るすからだ。

 諦め悪く膝に飛びつこうとしているチャッピーをジュリアスがつま先で転がすと、絨毯の上をごろごろ転がった。お腹のチャックの締まりが甘かったのか、そこから艶々の葉っぱや赤い木の実、真ん丸の石や硬い蕾が転がり出た。

 ちょっと前にアンナに貰った腹巻は、物を詰めすぎてびよんびよんに伸び切って使い物にならなくってしまった。

 すっかり毛玉と汚れで見すぼらしくなったそれを捨てようとしたところ、チャッピーはお腹の異次元モドキへ隠してしまった為回収も不可能になっている。

 相棒腹巻の消耗と引き換えに、おなかの収納チャックの利便性にちょっと気付いたチャッピーであった。

 チャッピーは抱っこしてもらえないとようやく気付いたのか「ぴゃ……」と小さく鳴くととぼとぼと歩いてソファのクッションに顔を押しあててふて寝を始めた。

 アルベルティーナは痛ましそうな目で見ているが自業自得である。

 ハニーは同種族のはずのチャッピーが必死の訴えを上げていようがお構いなしだ。くぁっと欠伸をしてまったく意に介さない。

 丸い頭をアルベルティーナの豊かな双丘に預けてうつらうつらしている。


「この生き物、これ以上増えたりしないでしょうね」


「えっ?」


「嬉しそうにしないでください。どこがいいんですか」


 ハニーは瞼を閉じて気持ちよさそうにおねむモードである。

 アルベルティーナが日頃可愛がっているだけあり随分懐いている。

 チャッピーは阿呆の子だが、ハニーは結構気が強く懐かない。今のところ抱っこできるのはアルベルティーナのみだと聞いている。

 見てくれは愛嬌があり、愛らしく見えなくもないため騎士や使用人が懐柔しようと試みたが、冷たくあしらわれているという。

 アンナのいうことは比較的まだ聞く方らしい。

 そのふてぶてしいハニーの寝顔に少々苛立ちを覚えたジュリアスは、指の腹まで使ってぐにぐにと強く頬を押す。

 もっちりしっとり独特の感触をしたまろいほっぺたは思いのほかよく動く。


「ジュリアス、ハニーは寝ているのよ。意地悪しないであげて」


「どうせ暇人ならぬ暇トカゲで」


 しょう、と続ける前にぞくっとして手を引っ込めると、ばくんとハニーの口が襲い掛かってきた。

 かなりなりふり構わず、本気で手を引っ込めた。

 ジュリアスの唐突で敏捷な動きに、きょとんとしているアルベルティーナ。

 ハニーは思っていた手ごたえがなかったのか、ギザギザの歯が並んだ口元をガチガチと見せつけるように歯を鳴らしている。


「ほら、起きちゃったじゃない!」


 もう、とむくれるアルベルティーナは、ジュリアスの方を見ていて一瞬の凶行に気づいていないようだ。

 無理もないアルベルティーナは筋金入りの箱入り姫君だ。しかもかなり鈍臭い方だ。

 あの一瞬もハニーの頬を突いていた指先ではなく、ジュリアスの顔の方を向いていた。

 ジュリアスの気のせいでなければ殺気を感じた。あのトカゲ、間違いなくジュリアスの手の一部や指を食いちぎるつもりで噛み付こうとした。


「どうしたの、ハニー。お口が痒いの?」


 歯ぎしりをして威嚇するハニーを不思議に思ったのか、アルベルティーナが大きな口に細い指を突っ込んだ。

 無遠慮で警戒の足りていない触り方だ。ハニーの顎の力や歯の鋭さを危険視していない。


「お嬢様!!!」


 思わず声を張り上げたジュリアス。元々色白だが、白を通り越して青くなっている。

 心臓が止まりかけるジュリアスだが、ハニーは先ほどの狂暴性はどこにやらといった具合になされるままだ。

 アルベルティーナに体を預けたまま口を開かされたり歯茎を確認されたりしている。

 むしろ、見やすいように口を大きく開けているようにすら見えた。


「な、なに? どうしたの?」


 むしろ突然声を荒らげたジュリアスに驚いているのはアルベルティーナだ。普段は出さぬ大きな声に、ややおっかなびっくりとジュリアスを窺いみている。

 原因であるハニーは緩く金色に瞬いた緑の瞳をちらりとジュリアスに向けるが、やる気がなさそうに欠伸をする。すり、と豊かな胸元に顔をうずめる一瞬、ジュリアスに向かってドヤ顔をして見せた。

 甘えられたアルベルティーナは表情を柔らかく綻ばせた。


「まあ、可愛い子。眠いのね? よしよし」


 チャッピーは考えていないが、ハニーは解っている。

 かなりムカついたジュリアスだが、先ほどのように牙を剥かれては困る。

 妖精や精霊といったものは人とは違う価値観を持っており、人の理解しえない気まぐれな考えを持っている。少なくとも、今のハニーはアルベルティーナには大人しく従順なようだ。

 アルベルティーナのハニーを撫でる手は柔らかく優しい仕草だ。撫でられているハニーも心地いいのだろう。ジュリアスの時とは打って変わって愛らしくキュゥキュゥ鳴いている。

 そうしていると愛玩動物っぽい。

 だが、先ほど明らかに獰猛さの片鱗を見せた。

 ジュリアスは苛立ちを押しやり忠告をやめた。神出鬼没のこれを追い出しても、すぐ戻ってくるだけだ。

 取り上げたくともできやしない。

 少なくともアルベルティーナに害がない以上、余計な敵意を煽りたくない。


「……失礼、大人げない行動をしました」


「いいのよ。でも、次からは優しくしてあげてね」


 それは無理だ。ジュリアスはすぐさま思ったが笑みを浮かべて誤魔化した。


「重くありませんか?」


「全然。ほら、ジュリアスも抱っこしてみて」


 そう言うとアルベルティーナが隣に座っていたジュリアスの膝にハニーを置いた。

 そのときジュリアスの大腿骨か骨盤、もしかしたら筋や筋肉かもしれないがミヂともミシともつかない鈍い音をわずかに発した気がした。


「……っ!?」


「ごめんなさい、もしかして動物を抱っこするのは苦手だった?」


「イ、イエ……は、はい、そうです」


 ジュリアスのひきつった顔に気づいたアルベルティーナが、置きかけたハニーを自分の膝に戻した。

 ちょっと置かれかけただけだというのに、膝というか太腿というか下半身が砕けるかと思ったジュリアスである。咄嗟にそういうことにした。

 人間としての形を失うかと思った。冷や汗がドッと出かかったが、ごまかすように一瞬だけ激痛の走った脚に触れる。

 まだ強張った筋肉や軋みを上げる骨格が現実だと訴えている。

 再びアルベルティーナの胸と膝に体を預けて微睡むハニー。自分の手では届きにくい背中や頭頂部を撫でられて気持ちいいのか、キュルキュルと甘えるような声を出している。もっともっととねだっているようだった。

 そんなハニーに甘く蕩ける慈愛の眼差しを注ぐアルベルティーナは、重さや苦しさを感じていないようだ。ハニーの大きさなら赤子くらいの重さは感じていいはずなのに、まるで子猫かぬいぐるみくらいの重さしか感じてないような雰囲気がある。

 ますますハニーとチャッピーに摩訶不思議を通り越してうすら寒い疑惑が浮上する。

 らしくもなくぎこちない態度になってしまった。

 

「ミカエリスも戻ってこないわね。華々しい戦果を治めていると聞きますが、あまりに長いと心配ですわ。わたくしとしては無事戻ってきてくれれば何よりなのですが」


「アルベル様のアミュレットもあるから大丈夫ですよ」


「そうかしら、肝心な時には発動しなかったみたい」


 そういって自嘲するアルベルティーナ。

 ジュリアスとしては心臓を貫かれても無事だったこともあり、かなり強力なお守りだと思っている。

 しかし、それを伝えれば実父が自分を殺そうとしたことも話さねばならぬとなれば口を噤まなければならない。そうでなけれ嘘をつくしかない。それでも、命の危険があったと聞けばアルベルティーナとしては穏やかな気持ちではいられないだろう。

 アルベルティーナとしては最愛の父を守れなかったという不甲斐なさしかないのだろう。

 だが、グレイルの時は不運が重なりすぎただけだ。アルベルティーナのお守りはけして低能なものではない。大枚叩いてもいい出来である。


「ですが、小競り合いも落ち着きましたし、二月もすれば後始末も区切りがついて戻るでしょう。功績も素晴らしいものです。きっとミカエリス様のお帰りは盛大に歓迎されながらの凱旋となるでしょう」


「では主役のミカエリスはきっと忙しくなるわね、わたくしに会っていただける時間はあるでしょうか」


 感心半分、寂しげ半分にいうアルベルティーナだが、ミカエリスは睡眠時間を削り仮病を使ってでも来るだろう。

 ジュリアスの大事な姫君はあの真面目な幼馴染を尊敬しているといっていい。聖人君主の如き人柄の騎士だと信じ込んでいる。

 だが、上位貴族であり当主である彼が当然それだけであるはずはない。善良なだけではやっていけない。

 色々な人間が言い寄ってくるし、縁談もしつこいくらいくる。

 それを難なく躱し、婚約者も作らずにいる。

当然、その原因でもある長年の初恋の相手であるアルベルティーナへの入れ込みようは相当深い。

 帰ってきたその日にでも国王へ報告をした足でこちらに来る可能性も十分ある。


「そう心配しなくても大丈夫ですよ」


 アルベルティーナが杞憂するまでもなく、帰れる目途ができたら先触れと共に伺いの打診が来るだろう。

 あれだけ筆まめだったミカエリスからの便りも戦場に行って途絶えている。

 それだけ戦場へ真剣に向き合っているのだろう。恐らく、徹底的に叩いてさっさと戻るために突き詰めて計画を立てているのだ。

 半端な叩き方をして燻りを残したら面倒である。


「アルベル様、久々に私が紅茶を淹れましょう。丁度、商会から頼んでいた茶葉が届いております。新しい銘柄ですが、お好みかと思うので」


「まあ」


 アルベルティーナの声が明るくなったことに釣られ、ジュリアスの表情も和らぐ。

 養子縁組による社交界への顔つなぎ、事業の進行と忙しくて暫くやっていなかった。

 使用人でないのでもうやる必要はないが、自分の淹れた紅茶が大好きだと昔からよく言っているアルベルティーナの為であれば嫌ではない。






読んでいただきありがとうございました。

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