ジュリアスの憂慮4
ネチネチ系ジュリアス。まあうちのヒーローズは爽やかとは無縁なのばかりですが。
嘲る様子も隠さず、汚いものを摘まむようにしてオーエンからの手紙を持つジュリアス。
嗜虐を含み歪んだ失笑は、醜悪というより凄絶。そして魔性といっていいくらい、妖艶でもあった。
それを見たアンナは「この性悪が」と心の中だけで悪態をつく。
仄暗さより深淵が滲む一瞬に、アルベルティーナは気づく様子はない。
文面をたどりながらただ静かに顔をこわばらせていた。だが、ジュリアスの視線に気づくと大丈夫だと不器用な笑みを浮かべた。
ジュリアスはそれを見て胸が音を立てて焦げた気がした。腹の底からじりじりとせりあがった怒りを何とかねじ伏せる。
ラティッチェの屋敷に居た時はこんな表情、一度もしなかったしさせなかった。
そんな言い訳の様な考えを追い出し、努めていつも通りの笑みを浮かべる。
「謝罪の前に王配にと用意を整える要求と、資金援助ですか……全く、この世のどこに婚約もしていない男にこれだけの金子を与えるのやら」
「そんなに大きな額かしら?」
アルベルティーナは買い物をするとき値札のある買い物をしない。
金額を聞く必要もなく、欲しいものを望めば望むだけ与えられるような超絶ハイソサエティークラスの人間だ。一般的価値観には疎い。
だが真贋を見極め、価値のある良質のものを見極める能力には長けている。
生まれながらに一流しか知らない故の判断力だ。
そんな彼女が蛆虫に煩わされているのが腹立たしかった。
「王都の一等地に大きな屋敷が二つ立ちます」
「まあ、そんなお金を何に使おうというの?」
アルベルティーナはそれなりに大金だとは分かっているようだ。小首をかしげて問う様子は、嘲笑うというより純粋に疑問のようだ。
「マクシミリアン侯爵家のタウンハウスは十五年ほど前までは一等地にもありましたが、財政難により管理しきれず売却しております。
それでもまだ借金の返済には足りてないと聞き及んでおりますが……
恐らく、それ以上のものを購入と連日連夜茶会と夜会でもするつもりでは?」
「あのぅ、この方の謹慎って……」
「まだ解けていませんね。そもそもアルベル様への謝罪を飛ばしてこの要求。反省の色はありませんね……ああ、でもこの王配候補として推すというのは聞き入れてもいいのでは?」
「……よろしいの?」
「陛下もフォルトゥナ公爵もそれなりの対応を取るでしょう……ラティーヌ様は今それどころではないでしょうから」
「ラティお義母様に何かあったの!?」
「グレイル様の死亡後、ラティッチェ領内で賊行為をするものが増えております。全体的に軽犯罪が増えたそうです。
といってもそれでも他の領地より余程治安がいいことに変わりはありませんが……
それに例の感染型の魔物がやはり発生したそうです。スタンピードの際の残党-――グレイル様の予想通りあれだけの騒ぎが出しておいて自分だけ助かろうとした脱走兵の成れの果てですね。
寄生能力はありませんが極めて狂暴性が高く、魔物も獣も家畜も人も構わず襲いまわるうえ相当の大食ぶりだそうです。
トロールクラスの再生能力もあるらしく、普通の冒険者や兵では精々足止めが精一杯。
上級魔法の使える魔法使いか、火力の高い魔法剣やそれに準じるスキルを持った戦士でなければ討伐ができずにかなり被害が出ているそうです」
アルベルティーナの顔が強張った。
キシュタリアは心配させまいとただの出兵としか言っていないのだ。
血の気の引いた頬を優しく撫でたジュリアスは安心させるように微笑んだ。
「ラティッチェは大丈夫ですよ。ラティーヌ様が公爵夫人として立派に立ち回り、被害は軽微です。
それ以上に面倒なのが、殺到した他領地からの討伐要請ですよ」
「他の領地から?」
「キシュタリア様は高火力・高魔力・高殲滅力を持った魔法使いです。
領地に出た魔物も例の魔物もさっさと退治したのですが、それを聞きつけた別の領地の者たちがこちらにも遠征してほしいと救援依頼をしているそうです。
一般の魔物の定期討伐遠征の依頼も重なっていますね。
本来ならグレイル様が国で兵を編成して定期巡回の遠征隊を配備していたのですが、この騒ぎでそれもお流れ。
自力でできない、用意されない、根回ししていないで今更大慌てになった領主たちが必死に頼み込んでいます」
「国から騎士や兵は出ないの?」
「ええ、本来は。ですが元老会がここぞとばかりに出兵費用を負担するようにととんでもない額を要求したようで……今までは宿泊場所の提供や食事の提供だけで大きな金銭要求はなかったのです。
領主たちも多額の赤字になると分かっていれば頼みたくても頼めない。
きな臭い情勢ですし、田畑が荒らされればその領の税収、ひいては国の税収に影響が出ますからね。グレイル様は指揮官としても優秀でしたので現地の兵も巧く使いながら行っていましたが……」
グレイルがいなくなりそのノウハウを受け継ぐ者もいなかった。
統率の取れた軍と取れていない軍の戦力は大きく違う。
また、国境沿いや国内でも色々といざこざが増え、人員が足りていないので出し渋りをしているのも重なっている。
「……キシュタリアの、出兵って……」
「殆どが例の残党とスタンピード予防の魔物の討伐ですね。
ああ、問題なく。いたって無事ですよ。戻ってくる頃には褒賞が出るのでは? もしかしたら勲章も与えられるかもしれません」
「そう、無事ならいいの……良かった」
「少しは信用してあげてください。あの方は国で五指に入る魔法使いです」
「そ、そんなにすごいの?」
「そうですよ。今までグレイル様のご威光で分かりづらかったですが、若手としては並ぶのは王宮魔術師のヴァニア卿くらいです。
あとはクロイツ伯爵も相当な手練れと聞き及んでいます。
恐らく、クロイツ伯爵が執務で詰めっぱなしで頼れない分が余計にキシュタリア様に流れて頼られているのでしょう」
大丈夫ですよ、と心配そうに表情を曇らせるアルベルティーナに軽く言うジュリアス。
キシュタリアだってお人好しではない。それなりの見返りと協力は要請しているだろう。
こうやって精力的に動いているのは、他の分家の小倅ではできないことを証明しているのだ。
事実、キシュタリアに負けじと功績を残そうとして大怪我をして尻尾を撒いて戦場から逃げたのは何人もいる。
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