ジュリアスの憂慮2
思考の裏で色々と苦労をしょい込むジュリアス
今更しゃしゃり出てきた連中に触れさせてなどやるものか。
本当は独占したいが、自分の持つすべてをなげうっても守り切れる可能性の方が低い。
アルベルティーナの特異さと才能は年々価値を増すばかり。血筋や家柄にまつわる物だけでも厄介だが、ぽろぽろと次から次へととんでもないものを出してくる。
非常に危うく、ジュリアスの手に余る。
だからあの二人と共謀することで妥協した。
たとえ他国へ亡命してもアルベルティーナと過ごせる日々は僅かだろう。
手折られた花のように萎れて枯れるだけ。花は咲いても実は結ばず、一瞬の彩のあとは朽ちるのを待つしかなくなる。
少し体は弱いとは思ったが、改めて報告に目を通せば目も当てられないものばかり。精神的な揺れからくる体の異常は酷いものだった。
強い魔力の弊害との見立てと聞いたが、魔力に関わる病気や体質は一般的なものより医療費がかかる。
ジュリアスはそれなりに蓄えがあるが、一代貴族の個人資産程度では一瞬で底を付くだろう。
そもそも、まともに診られる医者に巡り合える可能性すら低い。
(睡眠時間が増えている……疲弊した体力を回復し、できるだけ温存しようとしているのか?)
ジュリアスの気のせいでなければ最近のアルベルティーナは寝込むことが増えた。
寝込むまでとはいかずとも、うつらうつらと眠気を催していることが多い。はた目にはそう感じないのは、緊張と恐怖からの警戒があるからだろう。
色々あったことを差し引いても、増えている気がする。
長時間において束縛される公務はまだ振られていないはずだし、社交も行っていないはずだ。
ストレスによる魔力暴走がただでさえ少ないアルベルティーナの体力を容赦なく奪っているのかもしれない。
(もしくは不眠か? 質の良い睡眠がとれていない可能性か。心因的なものは時間が解決することもあれば一生残る場合もある)
はっきりとしていることは、グレイルを亡くしてから刻一刻と悪くなっている気がする。
追い詰められ続け、窮鼠のごとく抵抗を試みた。あの大人しく温和なアルベルティーナをそこまで追い立てたのだ。
幼い頃でさえ、自分のトラウマをほじくり返して塩を投げるようなドーラにすら慈悲を見せたアルベルティーナだ。どれほど耐えたのだろう。
(グレイル様との思い出を汚されることは、それほどに耐えがたかったのか)
ラティッチェに居た時はグレイルのアルベルティーナへの溺愛ばかりが目立ったが、アルベルティーナのファザコンぶりも相当だった。
あの激重の愛情を朗らかに受け入れ、あの冷酷無比の魔王を『可愛らしい』『お茶目』と評すことすらあった盲目っぷりだ。
だが、いくら悼んでも死んだ人間は蘇らない。
古代遺跡のロストアーツであればすぐであれば蘇生は可能かもしれない。
なんでもありとすら言われる過去の遺物は、それだけ高価であり稀少だ。そして、ほとんどが万全の状態で機能していない。なにせ作られたのが数千年以上前の物もざらにある。
まともに起動する遺物があったとしても、強大なものほど各国で大事に保有している。
それ以外に希望があるものは聖女や聖人クラスの浄化や治癒魔法の使い手であれば可能性があったかもしれない。
ただし、死んだ直後であればという注釈が付く。
時間がたてばたつほど蘇生は可能性が低くなり、後遺症の可能性も増す。
今更グレイルの死んだ肉体を使って何をしようとも、精々形だけのホムンクルスかアンデッドになるだけだ。
当然それらは形だけで思い出は伴わない肉人形だ。
アンデッドに至ってはずっと放っておけば腐り落ちるかさらに凶悪な魔物と化すだけだ。
(あまり悠長にはしていられない。ことを急いて仕損じることはもっと許されない。
このままの状態が続けば、アルベル様は――)
衰弱してしまう。
ドクン、と鼓動が急激に強く打った。
だが、もとより体の弱いアルベルティーナがこのような場所に囚われているのは子を産ませるためだ。アルベルティーナと同じ瞳を持つ次期王を産ませる目的である。
こんな状態のアルベルティーナに産ませる?
今は気丈に振舞っているが着実にガタが来ている。外からも中からも重圧が来て、押しつぶされパンク寸前だ。
激しい憤怒と復讐心で立っているようなものだ。
気力にだって限界がある。だが、アルベルティーナは自分を利用する人間を、その方法を潰すことによって復讐を果たそうとしている。
夫という形で王族やラティッチェに介入するにも婚姻をした程度ではまだ動かせない。だが、継嗣の父親という立場をもってすればだいぶ変わる。
何処の国でも王位継承権の高い王子や王女がいるのと、子供のいない妃では大きく待遇が異なる。
(……いや、まだ悲観するには早い)
思考を止めたら、悪い方向へとしか転がらない。
アルベルティーナを死なせたくない人間は敵味方多くいる。やろうと思えば、それすら盾にして利用してやればいい。使えなくなれば切り捨てできる臨時戦力と思えばいい。
考えろ、ジュリアス・フラン――フォルトゥナ公爵家へとの繋ぎまで作ってもらって、ここで諦めるなんて論外だ。
だが、ジュリアスは自分の嫌な予感こそよく当たることを知っていた。
王太女たるアルベルティーナの健康と安全は、万全というほど手厚く守られている。
それなのに嫌な予感がする。あの隠し通路は王家の魔力にしか反応しないし、フォルトゥナ公爵家が金も労力も惜しまず警備を厳重にしている。
ローズ商会もアルベルティーナの事業も順調だ。
グレイルがなくなった衝撃は大きかったが、だからこそアルベルティーナを守ろうと強固な結束感がある。今までの好待遇を無くしたくないという下心もあるだろう。
一時期はちょっかいも多かったが、アルベルティーナの一声で分家は一切手出しできなくなった。
炊き出し等のただ施すだけの事業であれば反感もあったが、今後を考えれば税収の見込める人材を育てるとなれば国民からの反感も少ない。
杞憂であればいいが、何か薄気味悪さを覚える。
全ては順調だ。
アルベルティーナの体調だって、まだはっきりとはしていない。
最近慌ただしくて、今日は眠ってしまっただけなのかもしれない。緊張で張り詰めている日々の中、心を許した相手の傍では気が緩むのかもしれない。
(……それに心因性のストレスが多いならば、子供という肉親ができれば悲しみや喪失感が緩和されるかもしれない。
愛情深い方だ。あのグレイル様を父と慕い、義母や義弟にすらあそこまで心を砕く方なのだからきっと深く愛すだろう。
子が復讐心に代わる生き甲斐になる可能性だってある。女が母となり変わることはままあることだ。
これは賭けだ。そうであっても悲しみが原因ならば、それを感じる時間を減らすことができれば……)
いまは家族すら奪われかけている。そして、その抜けた穴に望まない人間を捻じ込まれようとしている。苦痛極まりないだろう。
そのとき、ふっとジュリアスの上に影が差した。
空を切って靴ベラが振り下ろされた。華奢なそれはよくしなり、ジュリアスが素早く避けても肩にかすった。ついさっきまでジュリアスの頭があった場所に軌道があった。
「……チッ」
「アンナ、私が嫌いなのは知っていますがもう少し隠しなさい」
「クリフトフ様から聞きました。今日だけじゃなく貴方はいつもいつも姫様にベタベタと」
「お許しは頂いておりますので」
「アルベルティーナ様に妙な噂が出たらどうするのですか」
「丁度良いのでは?」
「は?」
アンナの茶色の瞳にひんやりとした霜が降りた。氷柱の様な霜柱が音を立てて出来上がりそうな冷え方をしている。
アルベルティーナの前では絶対に出さない低音の言葉が、ごとごとと音を立てて岩のように落ちてくるような圧を感じる。
殺意で人を殺せるとしたら、ジュリアスは一瞬で猟奇的な変死を遂げていたのは間違いない程である。
アンナはアルベルティーナ専属侍女でありメイドが本業で、凶手ではないはずである。
読んでいただきありがとうございました。