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ジュリアスの憂慮1

2000万PVありがとうございます。

書籍化のお話は出版社様から情報だしOKになりましたら出させていただきます。

少々お待ちを。



 腕の中ですぅすぅと眠りだすお姫様。

 頭をゆっくりと撫でながらも変わらないなと内心苦笑する。でも喜びが勝っているのは隠せない。

 全幅の信頼を寄せたあどけない寝顔は昔から変わらない。

アルベルティーナとじゃれている間、アンナはずっと背後で殺気が満ち満ちていた。しかし顔色が悪い癖に休もうとしない主にだいぶやきもきしていたのだろう。うとうとしだした時点で浴室の準備を整えていた。

 たとえ主人が寝ていようがアンナは翌朝すっきり目覚められるように手を尽くす所存なのだ。

 王太女になってもアルベルティーナの直属の侍女はアンナのみだ。形だけの直属は何人もいるが、未だに起床の声掛けの役目をはじめプライベートに踏み込む着替えや入浴の手伝いを許されたものは一人もいない。侍女頭のベラでさえ許されない。

 王妃であり正妃メザーリンや側妃オフィール、王女のエルメディアは両手でも足りないほどの侍女や侍従を常に十人以上置いている。その分、使用人たちの質にはむらがあるし寵を競い合い、蹴落とし合いも頻繁に起きていた。

 アルベルティーナはその点、少数精鋭だけあり質は均一にして極上である。

 またそういった面を配慮しアンナ一人でも湯あみができるように、浴室は割と手狭となっている。時間はそうかからないだろう。


(あとはマクシミリアン家だな……事業を寄越せと騒いでいるが、あの経営下手に渡せば何をやらせても破綻は間違いない。

 名家だろうが尊い血筋だろうが金食い虫にはかわりはない)


 古すぎて腐ったワイン以下の血筋にどれだけの価値があるというのだろうか。

 既に成金子爵家でないと縁談がないくらいに、次期当主であるヴァンの価値は下がっている。

既にマクシミリアン家の貴族としての市場価値はその『侯爵』という箔だけである。


(あの手の輩ははした金だろうが大金だろうがあればあるだけ食い潰し、付け上がる。

 アルベル様にとって致命的な弱みを握られているのは明白。浅はかで短慮なあの者たちは、いったいどんな馬鹿をしでかしたのやら……)


 ジュリアスは常に最悪を想定している。勿論、一番可能性が高いものから用意は整えている。保険は忘れない。

 この作戦においては常に要はアルベルティーナだ。最も危険なのも彼女だ。

 アルベルティーナは恋狂いの恐ろしさを知らないだろう。頭では考えていても、現実は時に想像を超える。ただでさえ、ずっと真綿に包まれていた令嬢だ。

 グレイルの手の内で、ずっと守られていた。

 その手の外で何が行われていたか、僅かに察することはあっても全容は知らない。

 オーエンは金目当ての業突く張りだが、ヴァンは恋煩いだ。それもかなり暴走している。


(そろそろ謹慎も解ける頃合いだ。代筆とはいえ、アルベル様の名で月に一度は手紙を送っているらしい)


 アンナ曰く時候の挨拶や反省を促す定型文だけだという。

 だが、それでも自慢するように吹聴しているマクシミリアン侯爵。文通すらできない他の貴族とは違うのだと言いたいのだろう。


(嫌々とはいえ義務を果たす反面、アルベル様のマクシミリアンへの拒絶は生半可なものではない。

 真相はキシュタリア様が探っているが……)


 アルベルティーナの体調不良にストレスも絡んでいることを考えれば、さっさと始末してやりたい。

 奴らの狼藉の話は離宮の外でも色々とある。フォルトゥナ公爵からもいくつも報告があった。アルベルティーナには内密にしているが幾度となく宮殿に入り込もうとしていたところを追い返されたという。

 正直、単に殺すならば簡単だ。一日でできる。だが、マクシミリアン一家がアルベルティーナの『弱み』をどこに隠したか分からない以上迂闊にではできない。

 グレイル関連の物と考えるとよく胸に付けている勲章をはじめとする宝飾品もあり得た。

 どこぞの後ろ暗い場所に質に入れたり、隠されたりしたら探し出すのが困難になりかねない。そのままの形が残っていれば探し出せるが、潰されたり解体された後であるとなると難しい。

 マクシミリアン侯爵のオーエンはかなり楽天的で短絡的だ。弱いものには横暴だが、強いものには非常に畏縮しやすく判り易い小物。

 ラティッチェ公爵家から盗みを働けるような大胆さはないように思える。


(誰かに唆されたか、はたまたそこまで追いつめられているか)


 財政状況を把握しているとは思えない頭の血の巡りをしている。

 だが、どこかで盛大にこけているのかもしれない。

 ジュリアスの目から見れば充分ずさんな経営と、さもありなんという状況であるがあの愚鈍がどの程度で危機感を覚えるか分かりかねる部分がある。

 ジュリアスは入念にマクシミリアンの周辺を洗い直していた。

 もし、危機感を覚えているならとっくに手放している事業がいくつもあった。

 少なくとも鉱山業の投資は半分以下に減らす。既に碌なものが産出されないし、下げ止まりはないだろう。

 ずっと同じところの工房や商人ばかりに贔屓にしているが、かなりぼられているといっていい。惰性でほとんど変わり映えのしない取引をしている。

 流行に乗った質の良い宝石が多く産出されていた三十年以上前ならともかく今では採算が取れていない。

 そもそも鉱山自体も閉じた方がいい。何十年も掘り進めて、何度も落盤事故が起きている。近年はその頻度は著しく増加していることから、いつ大規模な崩落が起きるか分からない。


(アルベル様なら、あの屑石でも庶民や中級層向けのアクセサリーやビジューとして加工できるだろう)


 だが、マクシミリアン侯爵家は上級層の貴族ばかり狙っている。

 安価では売ってたまるかという滑稽な矜持を持っている。相応の物で商売をしようとは思っていない。客層をえり好みしているのだ。

 確かに貴族に流通すれば一気に金が入る。当たれば大きい。


(だが、マクシミリアンお抱えの商人たちの考えるデザインが古い。既に飽きられた意匠ばかり。職人の腕は悪くないが素材も今一つだと、目の肥えたアッパークラスには相手にもされないだろう)


 そもそも、高級品のシェアはローズ商会が人気独占状態に近い。

 正直、周囲の期待が常に高く需要が多すぎて供給が全く追いついていない。アルベルティーナは妥協した商品を流通させるくらいなら出さない。半端なものを流通させて欲しくないとの意向だ。職人たちもその方向性を支持しており一切の妥協はない。むしろそれにより客層は増すばかりだ。

 稀少価値が上がりプレミアになっている。

 じりじりと値上がりするし、価値は上がっている。

 品質にはこだわっているが別にアッパークラスに限定するつもりもない。

 そこでアルベルティーナが色硝子や宝石並みに透明度の高い硝子で、宝石代わりの安価なアクセサリーを色々出した。

 今まで高価さに手を伸ばしかねていた層が一気に来たのは言うまでもない。

 それもあり多少値下がりさせたとしてもマクシミリアン侯爵家の宝石は売れなかったことだろう。

 ここ数年でサンディス王国の経済の動きはめまぐるしい。

 その流れについていけず、淘汰されたところは少なくない。勿論、流れに乗り隆盛したところも多くある。

 現在、新興貴族の勢力は大きい。

 今まで化石のような一部の貴族が富を独占し経済や政治を動かしていた。

 その影響で旧体制の貴族は危機感を抱いているものが多くいる。中には、まだふんぞり返って現実を見ていないところもある。だが、足元が崩れて縋れるものが無くなれば気づかざるを得ないだろう。

 旧家の大貴族であり、その流れの発端となったラティッチェ公爵家はそういった意味もあり新興貴族からも特別な目で見られている。

 実力さえあれば引き上げられる珍しい場所だ。下手なところだと、目に付いた才能は叩き潰しに回るのも少なくないのだ。

 血筋や家柄、そういったコネで融通されて本来優秀なものは排斥されることは珍しいことではない。

 ましてや、ジュリアスという実例がいれば意欲がわくというものだ。

 ジュリアスは貧民街で燻っていたところをラティッチェ公爵に引き上げられた。

 あの魔王には感謝をしていないわけではないが、怖すぎる。殺意がマシマシで何度も突き回されたことがある。

 正直、殺す気だろうと思ったことは一度や二度ではない。

 なんなら、心臓を魔法剣で突きさされたことすらある。

 アルベルティーナからもらったアミュレットが無ければ即死だった。

 イビリというのも烏滸がましい純然たる興味で殺害行為を実行された。何ならついでに死ねばラッキーだったくらいのノリで。

 キシュタリアやミカエリスも結構な甚振りを受けているが、ジュリアスは自分が一番露骨だったと思っている。


(漸く同じ土台に上がれたんだ……逃がすものか)




読んでいただきありがとうございました。

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