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残り香

ジュリアスの香水の秘密


 最初とは打って変わって乗り気になったヴァニア卿。

 うーん、当初の目的は意外とあっさり果たせました。

 フォルトゥナ公爵とクリフトフ伯父様が帰り際に「次に来るときまでに尖塔から床下まで掃除しろ!」と締め落とす勢いで塔の王宮魔術師たちに言いつけています。

 いえ、あの方は少しローブが違うから見習いやお弟子さんとかかしら。

 そこまで掃除しなくてもいいですわ……そこまでしなくともと当惑します。

 そんな時、ジュリアスがわたくしの耳に唇を寄せます。


「我が姫君――城下の遺跡とはなんでしょうか? 私にも解るように説明いただけますか」


 ジュリアスの目が「俺に内緒にしようなんてポンコツごときが二百年は早い」と雄弁に語っています。

 やっぱり覚えていましたわ。

 これは結構ぷんぷんモードですわ。

 仕方ないので、ヴァユの離宮で一度お話をすることにしましょう。


「あとでお話しますわ」


「あとで?」


「……あまり多くの耳に触れさせたくないの。お話をしたことも、できれば秘密にしたいわ。時間があるなら、今日はわたくしの離宮に泊まってくださる?

 夕餉が終わったらお部屋からここまで行ける通路をレイヴンに案内させますわ。無理なら、別の日にでも外に繋がる隠し通路から……」


「いえ、本日お邪魔します」


 やや食い気味に即答したジュリアス。

 何が何でも今日知りたいのかしら……うう……ジュリアスに叱られてしまうのかしら。


「伯父様とフォルトゥナ公爵はどうしましょう」


「祖父母一家が泊まると言った方が外聞はいいでしょう。友好関係も印象付けられます。そうなると、パトリシア様もお誘いできればよかったのですが」


 実は叡智の塔へのお出かけは伯母様もご同行予定でしたが、何やらお忙しいとのことで辞退されました。でも、夕方なら空いていらっしゃるかもしれません。

 フォルトゥナの女主人として取り仕切ると同時に、わたくしの面倒も見ているので多忙なのは存じております。

 伯母様が取り仕切ってくださるからか、王妃様方からの連絡は長らくありませんし。


「王都のタウンハウスにいらっしゃるはずだから、ジュリアスと伯父様たちが外泊する連絡と一緒にお誘いのお手紙を出しますわ。

 丁度伯母さまに似合いそうな、可愛らしいレース調の素敵な封筒があるの」


 あちらにもご予定というものがあるでしょうから、お時間があればとお誘いすればいいかしら?

 あまり家族やドミトリアス伯爵家以外とはお手紙のやり取りをしたことがないから緊張してしまいそう。


「貴女からの手紙なら、義姉君もお喜びになりますよ」


 そういってジュリアスは侍従に持たせていたパラソルを受け取ると静かに開く。

 あ、また入れてくださるのね。軽く腕を示されたので、横にくっついて遮光圏内にすっぽりとはいる。人の視線もだいぶ遮断されて、ほっと息をついた。

 近づくと分かるジュリアスの香水は、やっぱりお父様と似ている。

 伏せた瞼の向こう側で、じわりと眼窩に熱を感じた。


「ジュリアスの香水のかおりは好きだわ。お父様と似ているの」


「似ているじゃなくて、同じですよ。私の使用している香水はグレイル様と同じものです」


「……え? でも少し、ほんの少し違うわ」


「香水はそれを付けた人間の体臭とまじりあい、初めてその匂いになります。

 似ているのも当然ですしグレイル様も私も薄めにつけているタイプですから、他の人は気づかなかったでしょうね」


「でも、何故お父様とジュリアスが同じ香水を?」


「どこぞのお嬢様が極度のファザコンで、幼い頃は視界に入らないだけで泣いていましたからね」


「そ、それは……その、その節は御迷惑をおかけしましたわ」


「貴女が少しでも早く泣き止むためなら、閣下は自分のコートやマントに涙や鼻水が付こうが気にしませんでした。

 泣いている貴女をグレイル様の香水が残っているもので包むと、覿面に効果がありましたから。

 この香水はアルベル様の発作の時に公爵の名残の強いものをすぐに用意はできない時の苦肉の策です」


 お父様は仕事で遠征や登城で何日も家を空けることが頻繁にあった。

 わたくしへの溺愛が深くになるにつれ、家を空ける頻度は劇的に減ったそうですがそれでも無くならないくらいには激務でした。

 お父様は国にはなくてはならない方だったのです。

 そして、まさかのわたくしのトラウマべそ掻き状態の裏でそんなことがあったとは。


「……ジュリアス、ありがとう」


 ジュリアスに当たりの冷たかったお父様。

 きっと、わたくしの為という大義名分があっても香水を分けてもらうには一介の使用人であるジュリアスにはかなりの重圧だったでしょう。


「そんな頃から気を使って守ってくれていたのね」


「いえ、私は貴女のものですから。ですが、この香水もいつかはなくなります」


「あ……そう、ですわよね。お父様はいないし、身の回りの物はセバスが全て手配していたはずでしょうし」


 お父様の名残がまた一つ減る。

 その事実に気づかされ、胸の奥がツキンと鋭く痛む。

 お父様を喪って、目が溶けてしまうのではないかというほど泣いたというのにまだ哀しみは消え果てない。


「香水はなくなりますが、私はいます――貴方が望む限り私はそばに居られる」


「いてくれるの?」


「ええ、勿論」


「ずっと、そばに」


 その言葉は、やけに耳に残った。



読んでいただきありがとうございました。

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