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魔王の残したもの2

ゼファさんは情報通。


「こんにちは、キシュタリア君。ごめんね、散らかっていて」


「いえ、構いません」


 相変わらずゼファールは怖気がするほどグレイルに似ている。

 疲れているのか、また老け込んでいる。

 執務をしている机上にはかなりの書類が積み重なり、隣に置いてある台にまで及んでいる。


「単刀直入にお聞きします。『死の商人』について教えていただきたい」


 ゼファールの美貌から柔和な笑みがすとんと抜けた。

 すぐに取り繕われて笑みが戻った。気のせいかと思うほど一瞬だが、間違いなくゼファールは反応を示した。

 困ったように眉を下げるゼファールは、一瞬尖りかけた雰囲気を何でもない様に変えて柔らかな物腰を崩さず苦笑する。


「何故僕に? その、こういっては何だけれど田舎の伯爵だよ? 知っているとはいっても、噂で調べられる程度だよ」


「ですが、爵位を継ぐ前は武官――騎士として最前線におられたと聞き及んでおります。

 その際に、奴隷商の検挙や密売の摘発に幾度と携わったそうですね」


「……昔の話だよ。青臭い十代の若造だった頃だ」


「ですが、捜査の中枢にいた。かなりの凄腕捜査官でもあったとお聞きします」


「仕事にのめりこみ過ぎて、何度も女性に振られたけどね」


 苦笑するゼファール。それについてはちょっと同情するキシュタリア。

 ゼファール・フォン・クロイツは知る人ぞ知る女難の持ち主である。

 兄たちが好き放題したせいで、そのツケでかなり年上の女性と結婚したとか、婚約者や妻が長期遠征や、全寮制学校に通って距離ができたときに浮気をして蒸発したとか酷いものを聞いている。

 遠距離恋愛の時にゼファールが連絡を疎かにすることはない。それどころか誕生日や記念日に忘れずにプレゼントが届くように手配し、非常に細やかな気遣いを見せる。

 しかしゼファールの優しさと愛情に胡坐をかく女性か、やべー地雷女にブチ当たる率がかなり高いのだ。

 彼の育てている息子は血が繋がっておらず、蒸発した婚約者が押し付けてきたと聞いたことがある。

 茶化しにも同調せずキシュタリアが引く気配がないのを悟ったのか、ゼファールは歯切れ悪く首を振る。


「……はっきりいって奴らは闇が深いというか、そのものだ。関わらない方がいい」


「我が国の中枢にいる王侯貴族が、かかわりを持っているといってもですか?」


「どこの国も多少なりとも後ろ暗い繋がりがあるところはあるよ」


「元老会であっても?」


 追及を緩めないキシュタリアに、諦める意思がないことを察したようだ。項垂れたゼファールが深いため息をついた。

 微塵も動揺は見られない。キシュタリアがそこまでたどり着くことは、ゼファールにとって想定範囲内のことだったのだろう。


「それをどこで?」


「驚かれないのですね。父の遺品の中に、それを示すものがありました」


 金庫の中には権利書以外にも、きな臭い報告書やリストがあった。

 中には紙が黄ばんで変色しているものや、今の紙とは質感が違うものもあった。随分古いものもあったから、グレイルは随分前から追っていたのだろう。

 グレイルは領の運営、軍や政の執務、遠征と多忙を極めていた。その裏で追っていたのだ。


(全然気づかなかった……如才ない人だとは知っていたけど)


 キシュタリアがグレイルの影から出られる日はまだ遠いと痛感した。

 グレイルがアルベルティーナを閉じ込めていたのは、自己満足だけの為ではない。余りに危うい娘をなんとしてでも守るという強靭な意思の表れだったのだ。

 だが、それにいじけている暇などない。


「何か証拠書類は?」


「もう一つの質問に答えていただければ」


「分かった。質問を」


「『血繋ぎの儀』をご存知ですか?」


 今度こそゼファールは顔色を失った。ぐったりし脱力していたのに、嫌悪と怒りも露わに立ち上がった。

 彼は『知っている』とその目が、表情が、気配が物語っていた。それが許されざる類のものだとも。そして、それは歓迎できない拒絶も示していた。


「それは二百年以上前に、我が国でも禁じられた儀式だ……それをどこで?」


「知っているんですね」


 頷くゼファールは、気を落ち着けるように顎に触れて長いため息をつく。


「後継者を作るために、主に王族や特殊な血族の高位貴族や、血統により引き継ぐ魔法を持った魔法使いの一族が行うことがある。

 邪法といわれている。非人道的過ぎて、国際的にも百年以上前に禁止されたことだ。

 それが密約となったのも、儀式の悍ましさに起因する」


「非人道的過ぎるとは」


「男女を獣のように番わせるんだよ。特殊な媚薬を使ってね。本人の意思などそこにはない。本当に、強引に動物を番わせるようなやり方だよ。

 その使われる媚薬も、余りに強力なため既にその作り方は抹消されたはずだ。

 催淫作用も強いけど、同時に極度の興奮作用もあるし、扱いが非常に難しい。

 これを使われたらどんな誠実な紳士も貞潔な淑女もケダモノになって、理性も知性も失ってまぐわうことになる。

 この儀式は子供ができにくい場合や、望まない婚姻をした男女に子を成させる為に使われることがある。

 昔は純血が尊ばれ濃い血を求めるあまり親子やきょうだいでの婚姻があってね。

 近親婚が続くと先天的に心身に異常がみられることがあるから、まともな子を作るまで子作りする為とかにね。

 近親婚に本能的・人道的な忌避があるときなんかには使われることが多かったそうだよ。

 盛られたほうは気が狂うから、後で『本人の意思だ』ってことにするのにも都合が良かったんだろうね。

 しかし、結果的にはそれは凄惨な因縁を生むことが多かった。軋轢と復讐の連鎖によって何もかもがまともではなくなり何も残らないなんてこともざらにあった。

 そういったこともあって、表上は廃止になったものだよ」


「まだ残っているんですね?」


 険しい顔でゼファールは頷く。

 強い権力にからむ後継争いはよく聞く話である。正妻である第一夫人に子ができず、愛人だった第二夫人が継嗣を生み育てることによって立ち位置が逆転することも珍しくない。

 どんな名家も継ぐ跡目がいなくては、御家ごと取り潰しの憂き目にあうことだってある。

 爵位と領地を国に返還するのだ。


「ああ、おそらくその隠滅されたはずの製造方法を『死の商人』たちは知っている。王侯貴族に……それを使って王太女殿下を狙っている人がいるんだね?」



よんでいただきありがとうございましたー

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