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不穏

 なんだかんだで悪友みたいな二人。





 アルベルティーナが養子縁組の話を進めていた頃、キシュタリアとジュリアスも着々準備をしていた。

 ミカエリスは戦場に遠征しなくてはならない分、二人は綿密に連絡を取り合っていた。

 もともと付き合いも長いし、キシュタリアはラティッチェの内部を、ジュリアスはローズ商会を回しているので別行動が増えていた。

 そしてその分、それぞれの人脈から入手した情報を吟味して精査しあい、意見を述べ合っていた。これがなかなか面白い発見があり、悪くない成果を上げていた。

 ポーター子爵家によれば、マクシミリアン侯爵家の魔法使いは結構裏がありそうだ。

 そんな気はしていたので今更驚かない。

 具体的には最近妙に金回りがいいらしい。娼館とかならまだ健全な方で、怪しげな店に何度も出入りをしているっていう噂が絶たない。

 パトロンがマクシミリアン家なら余り羽振りは良くないはずである。どこかに別のパトロンがいる可能性がある。それとも、実入りの良い何かがあったのかもしれない。

 マクシミリアン家はアルベルティーナに付き纏って金子を催促している程度には金欠であるから出所ではないだろう。

 

「セバスも忙しいだろうけれど、家宰として一番顔が利くから墓守に交渉してもらうことになったよ」


「然様ですか……セバス様の見立ては?」


「流石ラティッチェの執事というべきか、露骨に顔色は変えなかったね。でも少し動揺はしていたと思うよ。

 父様は埋葬品も多いから照合、鑑定も含めて最低二月は絶対かかるって。

 僕は実家に一度戻って母様にも相談する。まだ開かない部屋が多いからどうしても遺品探しは難航しそうだけどね……」


「まだ開く気配はないのですね」


「こうなったら父様の最期のテストと思って腰を据えて解呪や解錠するしかないかな」


「ミカエリス様は既に遠征に出られておりますし……戻るまでには色々整えたいところですね。ミカエリス様は出来るだけ完全に近い勝利をしていただかなくは」


「ミカエリスを第一王配に推すってことか」


「我々の中で一番問題なく、直ぐにその地位に付けるのは彼です。

 家柄、歴史は揺ぎ無いものであり、領地の発展や武功により陞爵の話も出ています。勢力もありますし、ミカエリスの人柄もあり人望もある方です。

 陛下にも覚えが目出度く婚約者もいない。そして、一度王族も観覧していた剣術大会で、アルベル様に剣を捧げている――プロポーズに相当します。

 そして、ラティッチェの屋敷や領地からほとんど出ないアルベル様が外へ足を運ぶ機会に絡んでおり、噂の下地に事欠きません。

 言っておきますが、万一アルベル様が他のトンビに孕ませられでもしたらかなり面倒なことになるんです」


「分かっている。はぁ……自分の無力さが嫌になる。僕のやっていることといえばラティッチェの中で奔走しているばっかりだ。精々領土で出ている魔物や賊を弾いているだけだよ?」


 キシュタリアは卑下するが盗賊のアジトやスタンピードを魔素だまりごと更地にする力業など、ジュリアスはラティッチェ義親子以外にやったのを見たことも聞いたこともない。

 あれは本来、師団を派遣して何週間もかかって収めるレベルである。

 ふらっと一人で行って帰って日帰り旅行で済むものではない。置いていかれた護衛は埴輪のような顔になって探し回っていたが。


「ラティッチェの当主になるのが、貴方に求められている役割です。

 そもそもラティッチェの領土がどれだけ広大だと思っているんですか。討伐すら普通の子息ではできないことです。当主ですら、その辺の盆暗で話にもならない。

 嫌でもそのうちお声が掛かりますよ。助けが欲しくて相手が下手に出てくるまで精々じらして差し上げて下さい。恩は売って何ぼです。

 ミカエリス様が運よく王家の瞳を当てれば、次はキシュタリア様との御子を望まれるでしょうから」


「射的みたいにいわないでよ。目の色なんて操作できるものでもないんだから」


 しかも、王家の瞳の判定はシビアだ。

 第一王子と第二王子はそれぞれ緑といっていい瞳の持ち主だが、色が淡いだの青みが強いだのと却下されている。

 サンディスライトと同じ深い緑しか認められないのだ。

 特に元老会は妄執染みたこだわりを見せて、それだけは譲らない。

 歴代の王族に、王家の瞳を持たずとも優秀な王子や王女はいた。だが、いくら血統が良くても才知に溢れていてもその瞳を持たぬものは王位継承権を持つことは滅多にない。

 特例は王家の瞳を持つ継嗣が全滅しており、分家や臣籍降嫁した先などから王家の瞳を持った姫を娶って何とかと及第点というほどの厳しさだ。


「そうですね。ですが、アルベル様の重圧を少しでも減らすには一番そうあって欲しいのです。

紅瞳であろうとも王家の濃い血筋であり、同時にラティッチェの血筋を持つドミトリアス家の継嗣には違いありませんし……できる限り早急に婚姻にこぎつけたいものです。

 ミカエリス様を王配に付けられれば、次の婚姻までしばらく時間が空くはずですし」


 淡々と述べるジュリアスに、ちらりとキシュタリアは視線を向けた。

 アルベルティーナの気持ちは置いてけぼりなのかとは聞かない。

 今のアルベルティーナの望みは、より完全に完膚なきまでにマクシミリアン家を叩き潰すこと。

 あの家は王配となり自らが王族の筆頭となることを望んでいる。同時に、ラティッチェの乗っ取りも考えているだろう。

 キシュタリアの知るマクシミリアンの今代当主とその令息は極めて平凡。だが、虚栄心や権力欲だけが独り歩きしているような男だ。

 隠すことも飼い慣らすこともできず下劣さを晒している。

 とてもではないがアルベルティーナを任せられない。話にもならないお粗末な器量だ。

 アルベルティーナを守るどころか、寄生して厄病をまき散らすだろう。

 ジュリアスの案は実に現実的である。確実にオーエンの野望を潰して、アルベルティーナに激しい恋慕を抱いているヴァンを地獄に叩き落とせる。


「……ねえ」


「なんです?」


「気づいているよね、もっと確実性を上げる方法。僕ですら分かったんだ。

 多分、ミカエリスも気づいているよ……アルベルは気づいていないだろうけれど」


「……そうですね、お誂え向きに隠し通路があります。喪中であれば、そうそうアルベル様の屋敷に誰かが招待されることもない。

 もとよりアルベル様の交友関係はかなり限られています。

 一番はすぐにでもミカエリス様にあの通路を使って閨に通っていただくのがいいでしょう」


 現在、アルベルティーナとラウゼスしか王家の瞳と認められる王族はいない。

 いまでこそ三人いる。そのルーカスやレオルド、エルメディアたちはかなり遅くにできた。子宝がこれ以上望めなかったら、側室を数人いれるかといわれるほどだった。

 老齢といっていいラウゼスよりずっと若いアルベルティーナに期待が行くのも当然だ。

 だが、同時にアルベルティーナには体の弱さが気がかりでもある。また、拒絶のあまり結界でごく一部を除いで外部接触を断ち切るほどの人見知りでもある。

 システィーナやクリスティーナの母系の傾向を見るに婚姻後、正直あまり多くの子は望めないだろう。それを踏まえれば、できた子の父親が誰だろうが間引くことはできない。

 次が生まれるか分からないし、育つかもわからない。

 元老会がアルベルティーナに執着するのも、それだけ継嗣問題が逼迫しているからだ。


「アンナとレイヴンがいる。見張りがいれば、それ以外を人払いすればできる。

 ジュリアス、情を挟むな。アルベルティーナが望むことをより早く、完璧にこなせ」


「畏まりました。アルベル様には私から伝えましょう」


 キシュタリアはグレイルの死やラティッチェの窮地を幾度とアルベルティーナに伝えてきた。

 アルベルティーナが哀しみ、苦しむと分かっていても次期当主であり義弟としての役割を呑んできた。

 自分の不甲斐なさを露呈し、時に腸は煮えくり返っていただろう。

 それでも手の平に爪を食い込ませながら辛酸を舐めていた。

 誰かがやらねばならない貧乏くじを、自分がやれば一番丸く収まると分かっていて引いていた節すらある。

 今のキシュタリアの立場は非常に危うい。同時に好機でもある。目に見えるものは処理しているが、濁った水面下ではまだまだ争いの芽は多くある。


「……すまない」


「いえ、私が余計な配慮をしたのが悪いのです」


「お前はいいのか?」


 読めない表情を浮かべてジュリアスは軽く肩をすくませる。

 持久戦など得意だ。ずっとずっと魔王の読めない機嫌を伺い続けてきたことに比べれば、可愛いものだと言える。


「何も思わないと言えば嘘になります。ですが、二兎も三兎も追えば必ず失敗する。

一時的に手に入れても、その代償は大きすぎる。アルベル様は私たちの手の届かない場所に行くでしょう。

 万が一にもしくじった代償は大きすぎる。

 他の男のモノになり、望まず蹂躙されるでしょう。打つ手を打たず指を咥えて見ているのはごめんです」


「まあね」


 短くも同意するキシュタリアには、ジュリアスの抱えている苦々しい感情を理解しているのだろう。彼もまた同じものを抱え続けていた男だ。


「それに私たちの長年の泥沼ぎりぎり恋愛おままごと劇場に今更新参者が来るとか、魔王に命も心も弄ばれてからきやがれって話です」


「あー、それ! すっごく分かる!!!」


 何度も死ぬような目に遭ってきた三人としては、今更になって出てきた外野などもってのほかだ。

 命がけの恋だったのだ。

 漁夫の利なんざくれてやる物は髪一筋すらない。

 





 それから十日ほど経った日、思いもよらぬ凶報が齎された。

 ラティッチェ公爵家執事長にして家宰であるセバス・ティアンが失踪したのだ。






 読んでいただきありがとうございました。

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