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契約7

トリオが結託した理由



 ジュリアスの言葉にしない声を読み取る。

 自身の個人的な損に対して寛容だが、大切な人を侵害されるのは大嫌いだし、家族を謗られようものなら根に持って嫌う。クリフトフがあれほど露骨に可愛がりたいという熱意にも素っ気ないし、害意はないとアピールしていても未だに心の壁は分厚い。

 それこそ、悶着あったキシュタリアに頼り、子爵であり使用人のジュリアスに強く出られないほどだ。

 色々試してみたが威圧感や毒舌はすっかり鳴りを潜め、息子程の年下の二人からのなかなかに無礼な態度を大人しく容認しているあたり本当にアルベルティーナを溺愛し、同時に取り付く島が無くて必死なのだろう。

 それくらい、アルベルティーナは懐に入れた人間に対して深い愛情を持つ。


「あー……凄く納得いくのが嫌だ」


 歯切れ悪いキシュタリアが頭を抱える。

 キシュタリア自身もその懐に入れた僅かな一人だという自負もあった。

 アルベルティーナの用意した契約書は正しく使えるものだった。調べ上げ、自分でできるほど煮詰めたのだ。アルベルティーナ自身が誰かに縛られており、万が一にもその契約に違反しないためにと、必死に勉強したのなら納得がいく。

 くしゃりとアッシュブラウンの髪を雑にかき混ぜるキシュタリアに「落ち着け」とミカエリスがため息をつく。


「だとしたら、脅しの材料は絞りやすいな。アルベルがそこまでして守ろうとするものなど限られている」


 グレイルに歪さすら感じる溺愛を受けて育ったアルベルティーナ。

 その生活はすべてグレイルの監視下にあり、目に触れるもの、手に取る物、会話する人間すべてが厳選されていた。

 交友関係は酷く狭いし、彼女の世界は箱庭のごとく限られた場所だ。

 ラティッチェ公爵家は何処までも整えられた美しい監獄のようなところである。

 魔王が自分の溺愛する天使を傷つかないように、同時に飛びたてぬように閉じ込めておくために誂た場所だ。

 そんな彼女が大切にする人は実家と家族と信頼する僅かな使用人、そして幼馴染のドミトリアス兄妹。大事な物は、すべてラティッチェ家に集約されている。


「アルベルはあまり物欲がないし、そう考えると人質か?」


「でも、アルベルに近づくのはイコールで父様に目を付けられることだよ。

 アルベルの身近に、アルベルより隙がありそうなのなんている? 僕ら三人はまずないし、母様やジブリール? アルベルがあんなに危なくて嫌なことするなんて、よっぽど大切な人じゃないと無理だよ」


「先日、奥様をラティッチェ領の御屋敷でお見かけした時はかなり絶好調でしたが。

ミラー、いえミューラー侯爵夫妻をそれはそれは『公爵夫人』らしく叩き出しておりましたよ。セバス様が引くくらい」


「ジブリールも内心は荒れているが、不調とは無縁だな。アルベルの人質になるくらいなら、犯人をぼこぼこにして火をつけるぞ、うちの妹は」


 人が絞りやすいのはありがたいが、ラティーヌもジブリールも社交界の華と呼ばれる貴婦人であり淑女だ。そして、その大変見目麗しい華たちはとんでもねぇ棘を隠し持っている。うっかり刺されたらスズメバチばりに危険だ。

 暴漢にピンヒールと扇の過激なコンボをかますのが容易に想像できる。

 ない。

 あの二人なら、間違いなく誘拐犯だろうが強盗だろうがぼこぼこにする。

 アルベルティーナの前では完全なる淑女の仮面をかぶっていることが多いが苛烈なのをよく知っている三人。敵に回したくない相手で、必ず上位にランクインする。

 自慢の義母と妹分を完璧な淑女だと信じてやまないアルベルティーナにいえない顔である。

 蝶のように振舞っているが、生粋の毒蜂である。

 不動の一位はグレイルだったが、あの二人の女傑も激しいのだ。


「金銭的価値は宛になりません、アルベル様にとって個人的に価値の高いものは?」


「アルベルが、僕にダメって言われた分家に近づかなくてはならないほど大事な物?

 マクシミリアン家は常日頃から僕をラティッチェから排斥しようとする筆頭だよ? それを我慢しているレベルで相当だよ? そんなもの………」


 険しい顔をしていたキシュタリアの顔が、ふつりと何か切れてすとんと無表情になった。

 ある、とキシュタリアは呟いた。

 蒼白な顔をしているが、それが一層ミカエリスやジュリアスの中でも信憑性を増すことになった。

 だが、キシュタリアは口にするものも憚れるように「いや、でも」「まさか」と歯切れが悪い。いつになく狼狽した様子が嫌な予感を深める。


「父様の、遺品」


 流石にそれには、ミカエリスやジュリアスも絶句した。

 サンディス王国の英雄として埋葬されたグレイル。ラティッチェ公爵家の当主。財界人、貴族、武人、魔法使いとして非常に畏怖と羨望を集め怪物と呼ばれた男。

 同時にありうると思えた。

 アルベルティーナはグレイルをとても敬愛していた。それこそ、自分の人生や命をなげうつのではないかと言うほどに深い尊敬と親愛を抱いていた。

 しかし、同時に正気の沙汰ではない。マクシミリアン家は、本家当主の資産どころか遺品と呼ばれる個人の持ち物に手を付けたのか。

 それでもマクシミリアンは伝統ある家柄で、ラティッチェ公爵家の分家だ。

 一方で頭は冷静に囁く。

 だが、金貨千枚の価値のある宝石と、グレイルとの思い出があるが一般的に無価値のものをなど並べた時、アルベルティーナがどちらを取るなんて容易に想像がつく。

 値段ではなく縋りつくだろう。


「僕や母様ならまだしも、父様のなら。ましてや、亡くなってしまった父様の大切にしていた物や思い出の品なら……あるいは」


 キシュタリアは口を押さえて言うのも憚れるように、だが絞り出すように言った。震えた声は動揺がはっきりわかる。

 特に情の厚いタイプであるミカエリスには許しがたく信じられないのだろう。そのような行いをすること自体、思いつかないのか呆然としている。

 一方、ジュリアスは納得したようだ。

 使用人としても経験が長く人の闇を見た。そして時には後ろ暗いものを何度も見て、それに手を触れたこともあるジュリアスにとっては欲望の為に道徳に悖る行いをする人間など何人も見てきた。


読んでいただきありがとうございました。

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