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契約4

契約成立(仮)。

累計1800万PVありがとうございます!


「………あとできっちり聞かせてください。長くなりそうなので、また今度」


「ごめんなさいね。急に……少し、気になることがあるのよ」


「承知いたしました」


 予想外のところから攻めていく。やはりアルベルティーナの視点はどこかおかしい。


(だが、悪くない。貴族たちは互いを監視し合っているが、民衆や王宮魔術師などには全く目を向けていない――権力はないが、彼らの実力は本物だ)


 目の前にずっといた使い勝手のいいフォルトゥナ公爵家をあまり頼らなかったことも、ジュリアスにとっては都合がいい。

 アルベルティーナは気づいていないが、フォルトゥナ公爵はずっと気にかけている。余りに不憫な孫娘。大きな軋轢。贖罪の機会をうかがっている。

 その華奢な背に圧し掛かったあまりに大きな役目を、望まずに得た立場を理解していた。

 鉄壁に見えたフォルトゥナ公爵のあまりに不器用な姿。手持ちのカードを確認せずとも、付け入るに十分だった。

 大勝負の予感にぞくぞくと背筋に快楽が這い上がる。武者震いのような興奮だ。それを押し隠しながら、ジュリアスはサンディスライトを見つめる。


「貴方はどんな形にする?」


「私も指輪で。分かりやすいように念のためデザインは違うもので」


「そうね、ジュリアスは――こんなのはどうかしら?」


 そういって重ねた手を開くと、そこには象嵌の指輪があった。精緻で複雑な文様をミスリルの銀とサンディスライトの緑がぐるりと一周している。瀟洒で機能美を伴う指輪だ。

凹凸も少ないから手袋が薄手でも目立たなそうだ。ジュリアスは柄にもなく、そのシンプルながらも美しい指輪に見惚れた。

 アルベルティーナも指輪の出来に満足したのか、ほんの少し表情を緩めてゆっくりと手を引く。その手を掴んで、ジュリアスは口づけをする。


「では……これから末永く、良しなに」


 その声音は柔らかいが、とろりとした甘さを感じた。

 アルベルティーナが先ほどより更なる戸惑いの表情を浮かべたが、ジュリアスが艶笑を深めるより先に、無言でアンナがジュリアスの腕に燃え盛る燭台を突きつける。

 腹心の侍女の目は深淵の毒沼地のようだった。淀んでいる。そして、今までになくひん曲がった口が容赦なく不服を申し立てていた。ジュリアスが何か言うより先に、無言で燭台をぐいぐい火が付いたまま押し付けようとするので、とっさに蝋燭を折って火を消した。

 アンナはがっかりした。そして、静かに蝋燭を引き抜き、蝋を差すための鋭い鋲を見て今度はそれをジュリアスに振りかぶる。

 純粋な殺意がすごい。機械的なのに、こいつ殺したいという無言の圧力がすごい。

 これから口説こうという絶妙なタイミングを邪魔されたジュリアスのこめかみがひくりと動くが、アンナの深淵の瞳の前に無言で後退した。

 俄かにぴりついた中に割って入ったのはミカエリスだった。身を引くジュリアスと殺意に震えるアンナの間に立った。燭台はミカエリスがそっと奪い、レイヴンに預けた。

 アルベルティーナは静かな攻防に首を傾げている。何かの遊びと思っているのかもしれない。

 王家の瞳と称えられるその瞳は静かだ。静かすぎる程だ。

 ずっと付き纏う違和感はぬぐえない。だが、ミカエリスは座るアルベルティーナの前に膝をついた。まっすぐこちらを見ているのに、どこか茫洋して見える緑の瞳。


「アルベル……いいのか?」


「うん、決めたの。自分でこうするって、決めたのよ」


 迷いはない。

 穏やかだが、頑なさすら感じる。既に迷う段階は、彼女の中でとっくに終わっているとミカエリスは理解した。


「公爵様は幸せになれといった……この石をもって、外に逃げることも可能だったはずだ。

そうすればサンディスライトは高価な魔宝石。貴女の瞳も、外国なら普通の目だ」


「……逃げたくないの。わたくしは、守られて閉じこもるばかりではダメだって気づいたの」


 我慢して、耐えて、隠れて、ずっと大人しくしていても大事なものはなくなってしまった。

 アルベルティーナはひたすら『お父様』の為にいい子にしていた。最初はゲームシナリオの強制力を恐れてだった。しかし、ずっと守り続けてくれる父親へ深い信頼と愛情を抱いた。大好きなお父様の傍にいられたから、苦しくなかった。胸を張って幸せだったと言えた。

 人並みな幸せは最初からなかった。歪な箱庭がかわりに与えられていた。

 それでも、アルベルティーナははっきりと幸せだと言葉で表情で全身で言っていた。

 その根底が崩れてしまった。


「だから戦うと?」


「ええ、おかしいことかしら」


「ならば止めません。修羅の道となろうとも地獄まで、貴女と共に」


 大切なモノのために戦う。

 その決意を謗る権利などミカエリスにありはしない。

 運命を、王家を、国を、貴族を恨んでもおかしくない境遇だ。

 ミカエリスもアルベルティーナからサンディスライトを受け取る。


「一番に、唯一になれなくても?」


「これからでしょう。貴族の中に、ずっと肖像画だけで結婚式で初めて顔を合わせるものも珍しくない」


「他に夫を作るといっている女でも?」


「アルベルの立場で駆け落ち以外に一夫一妻は難しいでしょう。

 そして、私、いえ私たちは貴女を匿い続けて守るほどの実力もない」


「不誠実よ。わたくしは」


「私はそうは思いません。貴女が困ったときに、私を思い出して手を伸ばした。それだけで十分です」


「………変な人ね。いいえ、変な人たちだわ」


 ため息をついたアルベルティーナが、哀しそうに見えたのは気のせいだろうか。

 ミカエリスが握った手は相変わらず白く小さい。この柔らかい手に触れるとき、いつも緊張していた。庇護欲以外にも、妹とは違う感情を抱いていたから。


「私も指輪へ」


「二人に合わせなくてもいいのよ?」


「あの二人が別の形にしていても、指輪を希望していましたよ」


 ふわりと魔力が流動するのが判る。アルベルティーナが手を離せば、そこには薔薇の意匠の指輪があった。一際大きな粒のサンディスライトが薔薇の形をしている。そして、その周囲に蔓や葉を模したミスリルの精巧なリングとなっている。

 女性的なデザインのように見えて、不思議とミカエリスに良く似合っている。


「顔色が悪いです、アルベル。寝室へ。どうかお休みください」


 見上げた時、真っ青な顔色が目に入った。

 聞きたいことも、話したいことももっとあったが、真っ先に口を突いて出たのはその言葉だった。

 キシュタリアたちも気づいたのか慌ててアンナを呼ぶ。

 アルベルティーナは体が強くないし、以前魔力の枯渇を起こして倒れた。魔力を使うこと、魔法を使うことを未だに制限されたままだ。いくら魔力が多い方とはいえ、それでも体力の衰えた分も取り戻し切っていないと言えた。

 先ほどの魔石とミスリルの指輪を作るのに、魔力を多く消費したのは十分考えられる。


「レイヴン、運んで。アンナは薬湯用意して」


「だいじょうぶ、です。まだ話の途中で」


「いえ、もう結構です。この契約書について、三人で話を詰めたら報告します」


 ジュリアスが強引に話を切る。前髪を払い、素早く額に手を当てて熱の確認をし、目を確認するために顔を掴んでいる。

 アルベルティーナは納得がいっていないようだが、アンナに促されてついに折れた。


「………解りましたわ。今日はお集まりいただきありがとうございましたわ。ご機嫌よう」


 青ざめた顔のまま、誰の腕を取ることもなくアルベルティーナは踵を返す。

 だが、そんな頑なな空気を読まないレイヴンが捕まえて、そのまま横抱きにして寝室へと運び込んだ。そのあとをすぐさま追うアンナ。

 あれなら、アルベルティーナがいくら抵抗しても間違いなく寝室に詰め込まれるだろう。

 



読んでいただきありがとうございました。

ちなみにアルベルが気にするほど、三人たちにデメリットはない。

余計な男が付く方がよほど不愉快だしデメリットが多い。

キシュタリア→ラティッチェ公爵当主の座。

ミカエリス→ローズ商会等の経済提携が安心して続けられる。

ジュリアス→大出世。

キシュタリア以外にラティッチェを継いだ方がよほど困るのは三人も同じです。

ローズ商会もミカエリスの特産物も品質の高さからのブランド力があるので、下手に弄られては信用問題にかかわるので。

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