表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/331

契約2

シリアス、つづくよ!


「キシュタリアは受けるそうだけれど、二人はどうする? 時間が欲しいなら、一週間だけ待つわ。キシュタリアも、気が変わったら言ってね」


 キシュタリアは横に首を振る。

 アルベルティーナのにこやかさがキシュタリアたちの鋭敏な直感や本能に、危険信号をともしてくる。

 三人の警戒をよそに、ミカエリスとジュリアスに向き直ったアルベルティーナ。

 アルベルティーナが口を開く前に、ジュリアスの指が素早く契約書を引き抜いた。


「私も乗りますよ。契約書を見せていただけますか?」


「せっかちね。契約書は逃げなくてよ」


「これは失礼。手癖が悪いので」


 全く以て気持ちの籠っていない謝罪である。ジュリアスらしいと言えばらしい。

 アルベルティーナはほんの少しだけ眉を下げて、ジュリアスのことを見ている。ジュリアスはにっこりと強い笑みで、その視線を跳ねのけた。


「少し気になる点があります。変更はできますか?」


「協力者全員の同意があれば構いません。作り直しをします」


「それは結構。婚約者候補となる我々で話し合い、後でアルベル様へお伝えしたほうが良いかと思います。

 深夜とはいえ、必ず集まれるとは限りません」


「それもそうね……でも、ミカエリスは? まだ答えを聞いていないわ」


 最後になったミカエリスは、少し硬い顔で腕を組んでいた。だが、アルベルティーナの視線を受けてややあって頷いた。


「私も、乗る。ただ、一週間後は王都にはいない」


「まあ、領地におもどりになりますの? それとも、何かありましたの?」


「……私の領地ではないが、グレグルミー地方へ遠征しなくてはならないのです」


「遠征? 魔物でも出たの?」


「国境沿いで紛争が起きている。砦が一つ危ういので、増援部隊として出兵することとなりました。

最近、国境沿いや蛮族と呼ばれる法規を守らない一部の少数民族の動きが活発化しているのです。

あそこの領主はあまり荒事が得意ではないからな。かといって砦に蛮族が居座っても困るので、私に白羽の矢が立ちました」


目を大きく見張ったアルベルティーナの顔が僅かに強張る。

それに気づきミカエリスは立ち上がって、とっさに彼女の手を取った。

 大丈夫だ、と安心させるように微笑みかける。


「小競り合いのようなものです。問題はありません――この手の対処は、ラティッチェ公爵から手ほどきを受けています。

 剣術ほどではありませんが、指揮も得意な方ですから」


「………そう、分かりました」


 華奢な手がミカエリスから離れる。

 アルベルティーナが合図をすると、音もなくアンナが黒い箱を持ってきた。

 それを受け取ったアルベルティーナは、三人に見せるように開ける。並んでいるのはミスリル銀の台座に乗ったサンディスライト。アンナとレイヴンにはすでに渡したので、残りは六つしかない。


「これはサンディスライトです。ただの魔宝石ではなく、王配用の特注品です。

 わたくしの魔力を込めれば、行きで通った隠し通路の出入りが可能となります。何か人目を忍ぶ用事がある時は、使ってください。

 できれば何らかの形で先触れを出して頂けると助かるわ」


 万一のための伝令役としてもなれるように。それがないことが一番だが、予防線は多い方がいい。

 ジュリアスが少し怪訝そうな顔をした。


「何故、六つあるのですか?」


「これはラウゼス陛下からの下賜品よ。内密の物だから、元老会やフォルトゥナ公爵家すら知らないわ」


「……陛下もご存知なのですか?」


「ええ、信用できるものだけに預けなさいと言われたわ。サンディスライトはわたくしの魔力と相性がとてもいいの。

 王配ではないけれど、通路を使うためにアンナとレイヴンにも渡してあるわ。

 もし、万一があったら二人だけはこのことも、全部話してあるわ」


 アルベルティーナの手に触れるもの、目に触れるものさえも管理されている。

 虎の子といえる魔石だが、その分周りに知られる可能性も低い。また、三人にとってもこの通路がおいそれと使えるものではないと安心材料となる。

 あの通路は、アルベルティーナの私室――寝室にまで容易に行けるようになっている。


「王族……または、結界魔法の持ち主に反応するのかもしれないわ」


「なるほど……だから王族専用の離宮だったのでしょうね。」


 ジュリアスは納得したように手を伸ばし、一つひょいと取って見せる。

 恐らく、あの道はごく一部に秘匿されていた。だが、あの通路は長らく使われた様子がなかった。長らく換気のされていない独特の淀みや埃っぽさがあったし、外の出口も誰かが最近出入りした形跡がごくわずか。レイヴンが使っているようだが、それでも片手で足りる程だろう。

 そして知っている者が途絶えていたのだろう。あの手のものは特殊な隠ぺいを施した文書や口伝による継承が多い。偶然でもなんでもアルベルティーナが見つけたのは僥倖だ。


「一等品ですね、文句なしの。色、艶、輝き、大きさ、濃度、どれをとっても早々出るものではありません」


「魔力を通すと、ミスリルの部分は変わるそうよ。持ち歩きやすいモノに変えてみたら?」


 ジュリアスが冷静にサンディスライトを検分すると、もう一本別の手が伸びる。


「へえ、面白いね」


 次に手に取ったのはキシュタリアだ。そして、魔力を込める。だが、ややあって怪訝そうな顔をした。


「……変わらない。というか、魔力が通らない」


 アルベルティーナがわずかに狼狽したように「え?」と呟いた。

 だが、キシュタリアは半ば予想していたのだろう苦笑にとどめている。だが、それを引き継ぐようにジュリアスが指輪を見つめながら口を開いた。


「通路と同じように、通せる魔力に縛りがあるのでは? 恐らく、アルベル様ならば可能かと」


「そうだったの? ではわたくしが形を作りますわ。どんな装飾品がいい?」


「指輪。手袋で隠せるし、チェーン付ければ首から下げられる」


 アルベルティーナは頷くと、キシュタリアの手にそのまま自分の手を乗せて魔力を通す。

 手をどけた時には、そこにはサンディスライトとミスリルが連理の様に波打つデザインとなっていた。

 滑らかな曲線は一粒のサンディスライトから延びているようにも、その曲線に守られているようにも見える神秘的なデザインだ。

 普通の職人でも魔法使いでもこのように形作るのは難しい。魔力操作もデザイン力もかなり玄妙な匙加減が必要だ。

 左手の薬指に通すとするりと嵌る。ぴったりだった。





読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ