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駒選び9

 黒猫直送便。

 アルベルの強烈なかわいい好きフィルターで黒猫だが、はたから見れば黒豹みたいなもん。


 なんだか歴史書で学んだ高潔なイメージが砂になりましたが、親しみやすさは沸きました。ほんのわずかに匂う程度に、多分。

 何故、離宮の地下にこんな本があるかといえば、過去何人かわたくしの様に様々な形で渡り人がいたのです。

 そして、彼らは同族にだけわかるように文字という形で残したのです。

 渡り人は、大きく分けて二つ。異世界転移型と異世界転生型です。

 差はそのまま移動してくるか、生まれ変わってこちらに来るかですわね。

 異世界転生型には生まれ持って記憶を持ち合わせているタイプと、何かの拍子に前世の記憶を思い出したタイプ。

 スズキ・タロー氏は異世界転移型、わたくしは異世界転生の思い出しタイプですわ。

 渡り人達は定期的にこの世界に現れるそうですが、異世界者特典というべきか大抵が膨大な魔力やら、特殊な能力を持ち合わせていることが多かったそうです。また、世紀単位で進んだ文明を知ることもあり、時に壮絶な争いの原因にもなったそうです。

 今は廃れた古代文明時代には、そういった能力目当てに強引な召喚が行われていたこともあったそうです。

 酷いところでは、適当な話で丸め込んで渡り人を戦争兵器として扱っていた国もあったそうです。

 最初は正義感や義憤により協力したものの、真実を知り召喚した魔法使いや国家を恨んで滅ぼしてしまった渡り人も居たそうです。

 ……わたくし、お父様の娘でよかったですわ。

 お父様のご威光に守られていたからこそ、能力持ちの珍獣扱いは避けられたのですね。

 渡り人なんて聞いたこともなかった。ラティッチェの蔵書ですらなかったのですわ。きっと、渡り人の中には時代に埋もれた方も多かったのでしょう。わたくしの場合、同意もなにもなく気付いたらアルベルティーナでした。

 偉人の異世界人の中には神様との逸話が多くありますのに……

 うーん、わたくしが渡り人だということはバレたくないので、この文字が云々というのはぼかして書きましょう。

 基本的な大陸の文字や古代語や魔導語や精霊言語は読めますもの。

 ちなみに大陸文字は貴族の一般教養、魔法使いは魔導語や精霊言語も必修ですわ。

 古代語は歴史書を読むために必須でしたわ。辞書片手にカルマン女史に教えていただきましたわ。

 前世の頭脳だったらドロップアウトしていましたが、流石というかお父様の遺伝子とアルベルティーナの頭脳は優秀でしたわ。

 わたくしの前世の記憶はかなり飛んでいる。魔法のない世界で、地球という星の日本人。黒目黒髪がポピュラーなほぼ単一民族といえる島国。技術の国で、魔改造が大好きな凝り性。味覚が繊細で、美味しいものが大好き。

 でも、わたくしの前身である人格の個人情報はほぼ覚えていない。

 オタクな成人女性で、喪女であったのは覚えています。ですが、氏名や地元、誕生日や家族構成、友人関係などがすっぽりと抜け落ちています。逆に、そのおかげで別の記憶が際立って覚えているのです。

 好きだった料理とか、ゲームとか、本とか。男性とご縁がなかったこととか!!!

 学校行事でこういうことがあったとか、前の世界の常識とか。

 ……改めて思いますが、酷く偏っていますのね。

 ですが、その記憶のおかげでわたくしは『アンダー・ザ・ローズ』をはじめとした、ローズ商会を作ることができました。

 恐らく、記憶の混同の原因は誘拐の精神的ショックと前世を思い出した時の記憶の濁流、人格統合の弊害ですわね……というより、それ以外ありませんわ。

 幸い、弱っていたもとのアルベルティーナの精神にたまたまわたくしが勝ったので今の人格に落ち着きました。ですが、あの最強悪女に前世知識が加わったらヒロインと攻略対象者たちに圧倒的な死亡フラグですわよね。

 性格が変わったのも、記憶があいまいなのも、トラウマ幼女の恐怖の発作でかなり擦れましたし。あの鋭いお父様やジュリアスですら、中身が変わったと思っていませんもの。性格がだいぶ変わったとは言われていましたが、取り替えっ子説は出ませんでした。

 まあ、肉体は間違いなくアルベルティーナですものね。

 それは置いておくとはしましょう。

 とりあえずは、餌作りですわ。

 遺跡発掘ブームの時代では古代語の解明にも精力的でした。今では廃れています。そのため難解古代語から失われた魔法や魔道具を解析したくとも、研究費が下りず大抵の方は足踏みしています。

 研究には莫大なお金がかかるのです。や古代所や遺物の使用許可や貸出料、もしくは買い取りが必要となります。王侯貴族というお金と権力がたっぷりある人間が後押ししなくては、難しいのですわ。

 先人の知恵、そして残してくださったものを勝手に拝借するのは気が引けます。

 ですが、あの空間は長らく使われていなかった。


 ――そこに何かあるのですか?


(……レイヴンは、あの倉庫の扉さえ分からないと言っていた。わたくしが開けて、出入りするさいに招き入れなければ感知することすらできなかった)


 恐らく『渡り人』だけに見え、感知するものなのでしょう。

 過去の同郷たちが、未来の同郷たちのために残したもの。残っていたのは、非常に運が良かったのでしょう。

有難く、使わせていただきますわ。


(レナリアも転生者……なのでしょうね。重罪人として逃げ回っていると聞きます。

 王城にあるうえ、サンディス王家と縁のない彼女が入ることは不可能。それに、おそらくレナリアの手に渡れば犯罪流用される可能性のほうが高いですわ)


 お父様を殺した、カイン・ドルイット。

 その裏にはレナリアがいるでしょう。逃がさない。あの女も。

 あのような外法を使うからには、禄でもない人間とつるんでいる可能性のほうが高い。学園の時からそうだった。彼女は、この世界を軽んじている。

 『君に恋して』についても知っているのでしょう。だからこそ、ハーレムルートなんて非常識な事を成し遂げようとしたのです。

 ゲームは学園生活だけでしたが、卒業後の彼女はどうするつもりだったのでしょう。

 浮名を流し切った未婚の令嬢など、王族どころか貴族ですら受け入れがたいはず。正当な継嗣を産むことが重んじられる以上、女性の貞淑は高貴な立場の義務と使命でもあるのです。

 レナリアはここに生きて住まう人々をキャラクターと一括りにして、玩具の様にとらえている。すべてはゲームなのだから、どう弄んでいいと思っているのです。

和解はできない。相容れない。彼女の方法は好かない。


「でも……手段は選んでいられないわ」


 ぽつり、と自分に言い聞かせるように呟く。

 今まで避けていたことがある。ヒロインの行いへの干渉です。ヒロインがやるべきこと、やるだろうことに関しては一切手を触れませんでした。

 キシュタリアやミカエリスは、自分の命が惜しくて嫌われない程度に仲良くしようとは思っていました。何故か過保護なほど大切に扱われていますが、誑かしたりはしませんでしたわ。

色仕掛けとか……できない! できないのです! やらないではなく、できませんでした。

 恐怖とか、恐怖とか、常識とか羞恥心とかで!

 貴族のお嬢様の貞操観念とはオリハルコンですわ。ぎっちりとコルセットの様に厳しく締められておりますの。

 原作のアルベルティーナの様に……あ、あのようにしな垂れかかるなんて、そんな破廉恥な……っ! 服を寛げ、はだけさせるなんて!

 ゲーム画面では「声優さんの本気ヤバすぎ……神絵師スチル凄い!」と暢気に構えておりましたが、あれはわたくしには無理ですわ!!

 あれは前世の平凡日本人であった頃なら、開襟やノースリーブ、膝の出るスカートも平気でした。十代ならまだ……あれは時代とその国の文化的にOKだったから平気でした。

 ですが、この世界に来て令嬢教育を受けた身としては無理。

 手段は選ぶつもりはありませんが、わたくしが失敗してコケる可能性が超絶大。

 ギャンブルは敵です。やらねばならぬのなら、限界まで成功率を爆上げドーピングが必須。

 最悪、アンナやジュリアスに頼んで演技指導をしてもらいます。破廉恥だと怒られてしまうかもしれませんが、腹を括ります。

 あの厳しいジュリアスにも『やればできる子』といわれていますし、わたくしの基本スペックは高いはずなのです。体はアルベルティーナなのですから!





「………大きくなったね、レイヴン」


「そうでしょうか」


「うん、ミカエリスより背が高いよね? どういう伸び方したんだってくらい伸びてるよね?」


「……普通に訓練して、食べて、寝て生活をしていただけですが」


「気にしないで。ちょっと驚いただけ。これはすぐ読んだほうがいいもの?」


「早めの開封がいいでしょうけれど、始末はキシュタリア様の判断でなさいますようお願いします」


「わかった。そうする」


「では、後日お迎えに上がります」


「ああ、わかった」


 アルベルティーナがやる気を出していた頃、キシュタリアを見下ろすほど背の高くなったレイヴンが手紙を渡していた。

 渡されたほうのキシュタリアは、唐突に自分の机に影が差したかと思えば真っ黒な巨躯が見下ろしていたのだから驚いた。

 しかも、それがかつて義姉の従僕をしていた小柄な少年。雨季のタケノコも真っ青な伸びっぷりだ。


(……気配もなかったから、暗殺者かと思った)


 キシュタリアには狙われるような理由は幾多とあった。

 名家への恨み、妬みや嫉み。ラティッチェ当主を狙う分家たちや、グレイルに恨みを持つ者たちがラティッチェを潰そうとしている可能性もある。

 手紙を渡し終えたレイヴンは、猫のようなしなやかな身のこなしで消えていった。

 物音や足音一つ立てず、最初からまるでいなかったように。

 ラティッチェ公爵邸のタウンハウスは、当然ではあるが厳重な警備がある。それをあっさりと潜り抜けてやってきた手腕。流石、若くしてアルベルティーナ付きとなっただけある。

 キシュタリアの手にある、見知った薔薇の封蝋だけがレイヴンがここにいたのだと訴えているようだった。



 読んでいただきありがとうございました。

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