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駒選び6

 ジュリアス、静かにいら立つ。


「しかしオーエンの奴がよからぬことを考えているのは間違いなかろう。

ヴァンはヴァンで、アルベルティーナに対して異様に熱を入れあげている。だが、その横暴さにアルベルティーナに色よい反応が貰えず、かなり焦っているとも聞くな。

 抑え込むなら早急にすべきだろう――ほとんど社交への露出の無かったあの子を押さえつけるネタなど、マクシミリアン侯爵家はどこから手に入れたのか……きな臭くて構わん」


「……それほど酷いと?」


「もともと暑苦しい単細胞の節はあったが、最低限の礼儀はあったはずだ。

 だが、完全に恋狂い状態だな。アルベルティーナに対して異常に付き纏っている。

貴族としての礼儀や作法も頭から抜けて、自分の初恋にも気づかない鼻垂れたガキのように強引に連れ回そうとしては眉を顰められている。

 先日などメイドを捕まえて気を引こうとして、思い切り顰蹙を買っていたぞ」


「冷静ですね」


 アルベルティーナに対しての単細胞ぶりは、クリフトフにも言えることだ。すぐさまマクシミリアン侯爵家を親子ともども叩き潰そうと動くかと思っていた。

愚直とジュリアスは思っていたが、思いのほかクリフトフに動揺はない。

 ただ、纏う空気は凍えているし鈍色の瞳には冷徹な炎が揺れている。だが、何かを想いを馳せているかのようにふと僅かに表情を変えてうつむいた。

 

「慣れているからな……かつて、クリスティーナの時もその手の輩は多かった。

下手に止めると暴走したり、無駄に盛り上がったりする。障害があればあるほど燃えると言えばいいが、燃えるなら勝手に一人燃え尽きていればいいがあの子に火の粉を降りかからせてはならない。

アルベルティーナになにか考えある以上は、強引な事は出来ん。

 それに、半端に追い詰めるとアルベルティーナに危害がかかる可能性も大いにある。慎重に、確実に仕留めなければならん。

 やろうと思えばフォルトゥナ公爵家の力で潰せる……だが、それは最終手段だ」


「そこまでは静観すると?」


「元老会ときな臭い繋がりがありそうだしな。あちらもアルベルティーナの婚約者選定で色々派閥が揉めている。中にはきな臭いのも多くいる。

 叩けば埃の出ない奴がいない。量には多少差はあれど、あいつらは貴族の中でも群を抜いている」


クリフトフはむしろ冷静に分析し、手を回して対策を練っている。唐突のことに後手にならざるを得ないが、恐るべき切り替えの早さである。

 元老会は確かにきな臭い話が多いのは事実だ。

 事実、ラティッチェの後継争いにも裏で手を出そうとしている。

 貴族院に長くいようとも元老会の一員となれるのはごく一部。歴史ある家柄であり、功績のありサンディス王国に貢献した政に造詣の深い生粋の貴族のみが。

 王位継承権に多大な影響を持つため、アルベルティーナの今後に干渉することは目に見えている。アルベルティーナを王女にし、王太女にする際もゴリ押してきたと聞く。

 今は不気味なほど大人しい。

 暗躍しているのは細々と聞くが嵐の前の静けさにしか見えない。


「彼らも一枚岩ではありません。ラティッチェの分家のバックボーンについているものすら、既にファウストラ公爵家とトールキン侯爵家が割れています」


「あいつらは生粋の貴族だからな。他の家の揉め事が大好物だ。それぞれの家では天下を取り終えているから、趣味の感覚で他所にちょっかいを掛ける。

 奴らにとっては、後継争いもゲームみたいなものだ。関わらん方がいい。借りなんぞ作ったら、どっちかがくたばるまでずっと絡みついてくるぞ」


 そして、いま彼らが最も絡みつきたい相手はアルベルティーナなのだろう。

 王家の瞳を持たないルーカスとレオルドに比べ、アルベルティーナへの関心は高い。絶好の玩具だろう。


「しかし……マクシミリアンについている元老会は誰なのでしょうか」


「旧家の上位貴族だと関わり合いの無い方が少ないからな」


「ヒルデガルド伯爵家は元老会の一角であるトールキン侯爵家に内々で手を組んでいるそうですよ。

 ですがあちらは問題ないかと。いつでも派手な醜聞を起こす用意はありますし、完封できるでしょう。

 他はミューラー侯爵家に怪しい動きが少し。マクシミリアン家はご存知の通りです。

あと、元老会関係でもう一つ。ここのところファウストラ公爵家がやけに頻繁に夜会に出ているそうで」


 ジュリアスの言葉に、クリフトフが「ヒルデガルド伯爵家は顔がいいから色々と異性関係が派手だからな」とシニカルな笑みを浮かべる。それに似たような笑みを返すジュリアス。

 お判りいただけたようで結構だ。美男美女の伯爵夫妻の間に生まれたケビン坊ちゃんは、華やかな美青年だ。社交も領地運営も巧くそれなりに資産家の家だが、少し素行を浚えば問題点も多い。握った爆弾は一つや二つではない。


「……ファウストラ公爵家だが」


「何かご存知で?」


「ミューラー侯爵はファウストラ公爵の愛人の子だ。そこが繋がっている可能性がある」


「それは初耳ですね」


「先代ミューラー侯爵は病で子種と息子たちを失ったと聞く。御家断絶か、血のつながらない子でもいいが上位貴族とつながりのある余所者をミューラー侯爵家に残すかという事態だったらしい。

 当時ミューラー家は困窮していたらしく、妻の不義を黙認しファウストラからかなりの金銭援助を受けたそうだ。

 従妹筋から妻を娶るという条件で、後者を取ったと聞く」


「そしてミューラー夫人は、かつてグレイルに熱烈なアプローチをしていた。

 まあ、手酷く振られたし、ミューラー侯爵が婚約者に決まってしまったら表立ってなにかはしなかった。

 その後はクリス相手では太刀打ちできなかったから大人しくしていたようだが、今の後妻のラティッチェ公爵夫人であるラティーヌ夫人にはかなり腹が煮えているだろうな」


「遺恨がありますね。たっぷりと」


「ついでに言うと、ミューラー夫人の愛人は必ず茶髪に碧眼。べらぼうに見目のいい男ばかり侍らせていると聞く――夫人の次のお目当ては貴様のところのお坊ちゃんらしい」


 流石にそれはジュリアスも言葉を失った。

 ミューラー夫人は十三歳の息子がいる。息子と四つしか変わらない若者を愛人にしたがるなど常識を疑う。

 だが、義理の父と息子であっても似通った点の多いグレイルとキシュタリア。公爵当主になるべく、一皮剥けたキシュタリアは更に近づいたといっていい。


「大方、落ちぶれたところを拾い上げるつもりだろう。私はあの女に、あの悪魔小僧を飼いならせる度量も技量もあると思えん。

 手に入れたとしても、一時の夢と引き換えに腹を食い漁られ、吸いつくされて捨てられるだろうな」


「同情しますか?」


 その同情は親子ほど年齢が違うミューラー夫人から代替品の秋波を向けられたキシュタリアか、それとも狙う美貌の貴公子がとんでもない毒を孕んでいるとも知らずに望むミューラー夫人か。


「誰がするか。何のために教えたと思っている。アルベルティーナの心労を減らせと言っているのが判らんのか」


「いえいえ、感謝の極みでございます。フォルトゥナ伯爵の温情には言葉もありません」


「良く回る口だ……ふん、巧くやれ」


 そういって髭を整えるように触れたクリフトフ。

 ジュリアスですら知らない情報を、あっさりと出したクリフトフ。

 彼はジュリアスやキシュタリアの倍以上の時間、貴族社会にいた。その影響力や、情報網、やはり味方にいると心強い。

 キシュタリアに直接言う機会があっただろうに、ジュリアスに伝えたのはせめてもの抵抗だろうか。


(……しかし、気になるな。アルベル様は基本、他人に対しては非常に内向的だ。

 やはりありえない。気に入るはずがない……

 寧ろ、ヴァンのようなタイプはもっとも嫌うといっていい。強引に迫るような暴力的なタイプなど、恐怖そのものだろうに……だが、何を使って? あのアルベル様を? 金や宝石を積んでも頷く人間ではないのに。

 多少落ち着いたと言え、ルーカス殿下の件で男嫌いを余計拗らせているはずなのに。

 アンナにすら相談していないのか? おかしすぎる。何もないはずがない)


 裏がないはずがない。

 腹をなぞられるような気持ち悪さと不愉快さにジュリアスは人知れず顔を歪める。

 柄にもなく長年大切に慈しんできた存在が傷つけられ、知らない場所で蹂躙されている。

 いっそのこと、事故や病死に見せかけて始末してしまおうか。

 そんなことを思ってしまう程度には腸が煮えくり返っていた。

 だが、まだしない。それは偏にアルベルティーナの為だった。彼女を煩わせる原因を突き止めてからではないとならない。



 その日の夜、ジュリアスの前に懐かしい後輩が一通の手紙をもってやってくる。



 伝書バトレイヴン。

 レイヴンの意味はワタリガラスや黒い鳥です。

 うちのレイヴンのイメージはどっちかっていうと肉食獣系ですが。

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