駒選び4
ジュリアスは一応れっきとした貴族です。新興貴族ですが。
グレイルの意向もありましたが、実力で成り上がったタイプなので新しい貴族たちには人気があります。
「……おかしいですね、その家とは交流を持たないよう釘を刺されたはず」
ジュリアスは疑問を抱かずにはいられない。
アルベルティーナは心を開いた人間の意見や助言は積極的に聞き入れる人だ。
キシュタリアからかかわりを持ってはいけないと言われた家名を持つ人間に積極的に近づこうなどとは思わないはずだ。もし近寄られたら、すぐさまぴぃぴぃと泣きついてくるだろうし何らかの形で相談してくるはずだ。
マクシミリアン侯爵家は典型的な没落寸前の貴族だとジュリアスの記憶にある。あの半端ではない人見知りが好むような人柄を持つ人間など一人もいなかったはずだ。
クリフトフはジュリアスの言葉に頷きながら続ける。
「どうやら、出先で何かあったらしい報告があった。最近、王宮図書館に頻繁に通っていたからな。そこに目を付けられた――あそこは、立ち入り制限があるからな」
「接触させたのですか。阿呆ですか、貴方たちは。王宮の中には金を掴まされればなんだってやる馬鹿が多くいるとは知っているでしょう。
グレイル様がお亡くなりになってから、馬鹿どもの頭の具合は更に沸いていますよ」
美しいかんばせに冷笑を浮かべたジュリアス。
涼やかな紫水晶のような瞳は、鋭くしんなりと凍てついていく。笑みを浮かべながら威圧していいはずの相手でないクリフトフであっても、ジュリアスは容赦しない。
「ぐっ、痛いことを。不敬だとおもわんのか、子爵風情が」
「そちらこそ、お言葉は選んだほうがよろしいかと。私と協力して事を行わないとアルベル様に幻滅されますよ。
私はもう既に実績と信頼がありますが、伯父上様であらせられるクリフトフ様はまだまだでしょう?」
この伯父バカは可愛い姪っ子にメロメロだった。
姪っ子殿下の好みを知るためには、使用人に頭を下げるという珍事が起こるほどに。
クリフトフはアルベルティーナをそりゃあもう可愛がっているが、鬱陶しがられている。それは周知の事実だった。
だが、アルベルティーナの様子が蛇蝎の様に嫌っているのではなく少々の威嚇程度なのだから、ますます可愛くて仕方がないのだろう。
ましてや最近まで聳え立っていた最大障壁は魔王公爵である。それ相手にすらバチバチ嫌悪の火花を散らせていたクリフトフにしてみれば、大抵が可愛く見えるだろう。
やや偏屈といわれていたフォルトゥナ伯爵の、拗らせたシスコンからくる姪コン。クリフトフの嘆きと醜態は概ね生暖かく見守られている。
「ムカつく男だ……だが、アルベルティーナの為だ。仕方ない。
……不愉快だが、その通りだ。アルベルティーナが欲しがった本を取りに行った際、入り口までは許されたが入室を拒まれたところがあった。
通路の狭さだの、緊急の点検だのと理由はつけられたそうだ。不自然な事だから調べた。
そして、その日に普段図書館など利用しないマクシミリアン侯爵の出入りも確認がある。ご丁寧に、魔法使い付きでだ」
「あからさまに怪しいですね」
「あそこは領地運営が焦げ付いていたと聞く。ラティッチェ公爵家の分家だからお前の方が詳しいかもしれんが……
その打開策を調べに来たという名目で利用したという形にはなっている」
「その後の入館記録は?」
今の主な収入資源の鉱山を新たに活用するか、それとも別の物を考えるか。
いずれにせよ、王宮図書館は一般開放区間だけでも一度きりで調べられる程度の蔵書量ではない。
「ない。ついでにその魔法使いは王宮魔術師ではなく、あそこのお抱えらしい。サンディス王国ではなく、他国からの流れ魔法使いだ」
「はぁ……それで、アルベル様の奇行は?」
「奇行というより脅されている気配がする。嫌がっているし怯えているのに、断ったり拒否することすらできない。あれほどの立場にいるのに強く出られない……あの子の気性から怒りやすい性格でもないのに、かなり苛立っていると聞く。そして、マクシミリアン侯爵家がそれほどの不作法を繰り返しているのに抑えている。
わかりやすいが、あの子が誰にも言わない……というか、私の父が耐えきれなくて部屋の近くをうろうろしていたら怒られたそうだ」
フォルトゥナ公爵も気にしているのだろう。表情は解りづらかったが、非常に気を揉んでいるのが判る。
アルベルティーナはフォルトゥナ公爵が視界に入るたびに激しい威嚇を繰り返しているそうだ。珍しくちゃんと攻撃的な威嚇が見れる貴重な瞬間でもある。
「はぁ……騎士将軍と呼ばれたサンディスにこの人ありといわれた勇士がボロクソですね」
「いってくれるな。あの人は昔っから母にも妹にもとことん弱い。どうひっくり返しても、あの子には二人の面影が強すぎるんだ」
「その割には泣いて嫌がるアルベル様を、随分と強引に誘拐してくれたようですが?」
ジュリアスは鋭く刺した。クリフトフは苦虫を口いっぱいに噛み潰したような顔をする。
クリフトフの歓心のために猫を被って能力を隠すより、ズバズバ自分の意見と能力を売り込んだ方がいい。いざとなった時、戦力外通告されては堪らない。
ジュリアスには長期戦で構えて悠長に信頼を得ている暇はなかった。
いくらアルベルティーナに気に入られているとはいえ、ジュリアスが持っている爵位は一代目の成り上がり子爵。王太女付きの使用人としては爵位が低く、歴史も浅い。
アルベルティーナが王太女となってから、自分を指名して使ってくれたのだ。チャンスを使わない手はない。次があるとは限らないのだ。
相手は四大公爵家の一つフォルトゥナ。アルベルティーナとも今後関わり合いが増えるだろう。良好な関係を作りたい。そして、ジュリアスはフォルトゥナ公爵家が持っていない、欲しくてたまらないカードを持っている。
アルベルティーナからの信頼という、極めて稀少で取得が難しいカードだ。
「初めて見た孫娘が理想の姿を体現していて流石の父もパニックを起こしたのだろう。
賊の荒らしまわったあんな危ない場所にいさせられないのと、安全な場所に移動させたい、そして王家にも報告しなくてはならないという三重苦。
抱き上げたのはあやそうとしたんだろう。それくらいしかやり方を知らん人だ」
「あやすって……アルベル様は十七歳ですよ?」
「あの人の中では会えなかった幼少期、会えるはずだった五歳の印象が強いのだろう。生まれたとの報告を聞いただけ。もっている絵だって赤子の頃の、ほんの小さな指先位のサイズの肖像画を後生大事に持ち歩いているような状態だぞ?」
「……もしやと思いますが、あのアルベル様の部屋のぬいぐるみは」
ジュリアスはどちらかと思っていた。
というより、あのファンシーなぬいぐるみの群れを思い出せば、まだクリフトフのほうが想像してきつくなかったので敢えてどちらかとは追求しなかった。
あの厳格と筋肉でできたようなフォルトゥナ公爵がどんな顔をしてあのメルヘンの塊を選んで購入したとか知りたくない。
「全部父だ。身に着けるものは嫌がられるし、口慣れぬものは手を付けない。
花以外に贈ったもので唯一手元に残したのはああいったものだったのは意外だが……まあ、緑のドングリトカゲを可愛がっているようだし動物や丸いものが好きなのだとは思っていたが」
「ああ、あのどんくさいのですか」
「そうだ、三日に一度はアンナにシバ……いや、叱られているときくぞ」
「あれはアルベル様の寝台に上るんですよ。あのクソバカチビが。ついでに、ぬいぐるみの間引きを定期的にしているのもあのチビです」
「……それはいいんじゃないか? ほっとくと父からのぬいぐるみで溢れるぞ」
「止めて下さいよ」
ジュリアスの個人的な意見だが、アルベルティーナが気に入っているのもややムカつく。
あのお姫様は認めたがらないが、お子様嗜好が多い。甘い物や可愛いものが大好きで、柔らかくてふわふわしたものが好き。綺麗より可愛いに弱い。
「いや、しかし……」
言い淀むクリフトフに、ジュリアスに「は?」と圧のある言葉がかかる。
ラティッチェ公爵家の従者で子爵が取っていい態度ではない。
読んでいただきありがとうございましたー!