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駒選び1

 お呼びでない人がまた来ました。



 数日後、性懲りもなく先触れなくヴァンはやってきた。

 もちろんわたくしは招待などしてもいない。それでも通れたのは、彼の空気を読まない横暴なほどの強引さ、前回のわたくしの様子からあまり邪険にしきれない理由がなにかあるのは周囲も察してしまったのでしょう。

 そして、ヴァンは全く空気も読まないポジティブシンキングのようで、なぜか嫌がっているわたくしが『恥ずかしがっている』や『素直になれない』などと解釈しているようです。

 どの世界にも、勘違い男というものは絶滅しないのですね。


「……体調が良くないの。お引き取り願えるかしら?」


 ですが、少し待たせている間にメイドの中でも若く可愛らしい部類のフィルレイアが目を付けられてしまったようです。

 あまり仕事もできず、しょっちゅうキシュタリアたちに浮足経っていますが……何か大それたことをできるような肝胆の持ち主ではないので一応は、様々な面目を立たせるために置いているそうです。

 ここは娼館でもないし、メイドは娼婦ではないのです。なのに相手をしろとふんぞり返っているヴァン。わたくしが先日した忠告は、意味をなさなかったようですわ。

 よくもまあ、こんな男をわたくしに差し向けようとしましたわね、オーエンは。

 女性軽視が分かりやすい男尊女卑の典型ともいえるヴァンは、メイドや女騎士たちの顰蹙の買い方が凄まじい。

 隣に座らされて半泣きのフィルレイアと、ヴァンの前に立ちふさがるベラ。


「アルベルティーナ殿下は体調がすぐれません。またの機会に。今日はお帰り下さいませ」


「ん? では見舞うとしよう。なんだ、なにか出ないのか? 小腹が空いたんだが」


「ご理解ください。先触れを出すようにと、前回もお伝えしましたが」


「俺はマクシミリアン侯爵家の人間だぞ?!」


 騒がしいヴァンの声はよく響くし、ベラの芯のある声は通る。

 近づいてはいけないと周囲はいうのですが、心配なので少し距離のある場所から覗き見中ですわ。

 ベラの訴えていることは常識的だ。義弟のキシュタリアや、クリフトフ伯父様ですら守っている当たり前のこと。

 わたくしの身分を考えれば、当然のこと。


「身分を称すならば、それに見合った言動を伴いなさいませ。まるで殿下の婚約者や恋人のように振舞っているとお聞きしますが、勘違いもここまで来ると不愉快です。

 殿下の瑕疵になるようであれば排斥するのもわたくしたちの役目です」


「あ!? ババアごときが俺に指図するのか!?」


 簡単に言えば『このドラ息子一昨日きやがれ。てめぇの妄言のせいでウチの姫様に余計な噂がついたらどうしてくれる』ってところでしょうか。

 確かに、着ているものは貴族風ですがやっていることはチンピラ。

 ……もう見ていられない。

 アンナたちは出てはいけないとは言っていましたが、このままでは使用人たちを殴りつけるのも時間の問題よ。

 わたくしの宮でいつまでも不作法を働くあの男には、いい加減頭にきておりますわ。


「何しているんだ?」


 ヴァンが振り上げた腕をねじりあげられて呻いていた。

 かなり大柄なヴァンではあるが腕をとられてそれ以上動けないのか、顔を真っ赤にして相手を睨みつけていた。


「キシュタリア!」


「マクシミリアン侯爵家のドラ息子が殿下の離宮で不作法を働いていると聞いてね。

 ラティッチェ公爵家の分家を名乗って暴れるのならば、それを諫めるのも私の役目だからね」


「ふざけるな! 娼婦の息子が、何が公爵子息だ! 穢らわしい下民を継嗣などと認めるものか! お前なんて今に追い出してやる!」


「へえ、その割には金がないってしょっちゅううちの援助の願い出をしているようだけれど……父様の次は、母様に相手にされないってわかったら次は王太女殿下?

 都合のいい話ばかり信じて、現実を見ない。恥という言葉を知らない連中だな」


「ハハハ! そういっていられるのも今の内だ! アルベルティーナ様を呼んで来い!」


「気でも狂ったのか?」


 公爵令息仕様のキシュタリアは冷然と吐き捨てます。そしてちょっとだけ腕を動かすと、ヴァンは悲鳴を上げて床に転がった。大袈裟なほど暴れて悲鳴を上げる姿に、周りから失笑が漏れます。

 アクアブルーの瞳には氷のように冴え冴えとした冷たさと鋭さがある。

 そうしていると、やはりキシュタリアはますますお父様に似ている。……わたくし、あのようになれますかしら。いいえ、ならなくては。

 ですが、身を乗り出してしまったわたくしにキシュタリアは気づいた。

なんといっていいのか一瞬まごつくが、なんとか笑みを作る。


「いらしていたのね。来てくれてありがとう……余計な方もいらしていたようですが」


「これはお騒がせしてすみません、王太女殿下。登城させていただきましたので、是非ご挨拶をと思いましたら……この恥さらしがいたのでお灸をすえていました」


 とても優雅で洗練された一礼。ヴァンがいるからか、慇懃で他人行儀のキシュタリア。

 その態度に、家が変わったという事実がズシリと今更のしかかる。キシュタリアの行動は間違っていない。正しいのです。


「ええ、わたくしもキシュタリアの顔が見られて嬉しいわ」


 よくできました、といっているような笑みを返されて複雑ですわ。

 義弟が優秀過ぎて辛いですわ……


「我が君! コイツを追い出してください!」


「ヴァン・フォン・マクシミリアン侯爵子息……でしたかしら? 誰の許可を得て、口を開いていますの。目上同士の会話に割り込むのは、余りに不躾ではなくて?」


 コイツって誰よ。このどこに出しても恥ずかしくない自慢の義弟のことを言っていますの、この脳みそ筋肉は。一度入れ替えて出直してくださいませ!

 キシュタリアの笑みがわたくしへの微笑ましいモノから、酷薄なモノへとすっと変わります。

 わたくしはそっとヴァンとキシュタリアの間に立つ。


「俺と姫の間に割り込んできたのはこいつです! 俺を助けるならもっと早く……」


「使用人に暴力を振るう貴族がいると聞き、様子を見に来ただけですわ……まさか、貴方がそこまで品位のない方とは」


「使用人の癖に、俺に楯突いたんですよ! この女をクビにしてくれ!」


「冗談も過ぎれば不愉快でしてよ。ベラは仕事に忠実であっただけですわ」


「なんだよ! 話が違う!」


 どんな説明をしたの、オーエン・フォン・マクシミリアン!

 ヴァンは既に言葉も選ばずわたくしに食って掛かります。既にかなりの興奮状態で、今にもわたくしに掴みかかりそうです。

 キシュタリアは相変わらず笑みを浮かべておりますが、聞こえていないはずがない。


「お話になりませんわね……一度お引き取り下さいまし」


「なっ!? どうして! どうしてですか、姫! 俺は貴女に会いに来たというのに! 貴女を救えるのは俺だけなのに! この前だってそうだ! すぐに帰れと……!」


「……キシュタリアも一度帰ってくれるかしら?」


「ええ、承知いたしました……お大事に、アルベル」


 最後だけ落とした声で囁く。

 心配そうな瞳が覗き込んでいた。非常識に散々晒されたあとの、キシュタリアの真心が酷く染みる。

 キシュタリアは子供のように暴れるヴァンを引きずって帰ってくれました。

 その後、わたくしの体調はもっと悪化して部屋に籠ることとなりました――キシュタリアが黙って引いてくれたのは、わたくしの体調を優先してくれたからなのだと理解させられます。

 二人が帰るのを見送ると、どっと疲れが出た。

 思わずため息が漏れてしまう。周りから心配そうな視線が刺さりますわ……そうよね、今までヴァユの離宮の来客は厳選しまくっていたもの。そのなかに、いきなりアナーキー過ぎる分家の小倅がぎゃーぎゃーと……わたくしが嫌いそうなのに、わたくしから手紙を出しているし、入るのを許可している……

 しかも、わたくしが会うたびに判り易く疲れ切って困っているのだから訝しがらない方がおかしいでしょう。




読んでいただきありがとうございました!

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