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覚醒前夜

 覚悟を決めるターン


 一人、部屋に籠る。

 夜になれば静寂が一層広がる。

 みんなが心配してくれていると分かっていても、その気づかいすら煩わしさを覚える。

 どうして、上手く行かないのだろうか。

 どうして、大切なモノがなくなってしまうのだろうか。

 どうして? どうすればいい? 自問自答を繰り返す。

 ずっといい子にしてきた。聖人君子のような完全な『善人』とは言えないけれど、人に優しく朗らかであろうとしていました。

 未来が怖いという下心が大いにあったのは否定できない。ヒロインのグッドエンディングに伴う制裁が怖かった。だから『悪い子』にならないように気を付けた。『悪役令嬢』と同じ轍を踏まないようにしていました。

 キシュタリアを虐めませんでした。

 セバスやジュリアスやアンナといった使用人の扱いも気を付けました。

 ジブリールやミカエリスに優しくしました。

 お父様に嫌われないように努力しました。

 勉強や習い事も真面目にやったし、我儘だって控えていました。

 本当は外で駆け回りたいし、馬車で遠くに行きたい、パーティで綺麗なドレスを着てダンスを踊ってみたいし、お友達はいっぱい欲しいし、恋だってしてみたい。

 わたくしの言葉で、行動で誰かが迷惑をするし、時には死に追いやられることが安易にあると理解していたから。

 ニコニコ笑っていなきゃ。

 怒ってはダメ。

 悲しみ過ぎてはダメ。

 辛い顔なんてしてはいけないの。

 幸せなのよ。本当よ。でもちょっと息苦しい。

 『悪役令嬢』になってはいけない――そうすればきっと、わたしくしだって幸せになれるわ。

 大好きなお父様、ラティお母様、キシュタリアやジュリアス、ミカエリスやジブリールとも一緒にいられるの。

 嘘つきなアルベルティーナ。みんなの望む虚像の令嬢はこうやって作り上げられた。

 わたしの中になんて白と虹色に輝くきらきらしたものなんてない。赤黒くてドロドロしたものを、きつく強く閉じ込めているだけ。

 だって、そうすれば、そうしなければみんないなくなっちゃう。

 何もないアルベルティーナなんて見向きもされない。だって、誰も気づかないのだから。

 時折、お父様がアクアブルーの瞳に狂気を宿して私の目を覗き込む。

 自由に、勝手に、奔放に心のままに生きればいいと――アルベルティーナは特別なのだから。

 でも、わたくしの体はアルベルティーナでも、心は違う。別のナニカ。

 あの狡猾なほど賢いアルベルティーナですら、最後は失墜した。己の罪に沈んでいった。

 愚かなアルベルティーナ擬きはどうすればいいか分からない。

 だれも、本当の意味で愛してくれることはないのだと突き付けてくる気がする。でも、それはわたくしが誰にも本当の意味で心を開かなかったからでもある。

 前世の記憶があることについて口をつぐんだ。

 お父様にすら――打明けることができなかった。

 お父様の傍は恐ろしい。居心地が良くて、優しくて、その罪悪感を拭うようにもっといい子であろうとした。

 わたくしは、お父様に依存していたのです。

 お父様はとても『アルベルティーナ』に甘かったから、本当にこんなポンコツ娘でも許されたのです。

 でも、お父様はもう死んでしまった。どこにもいないのです。



 ………『いい子』なんてもうしなくていいじゃない。



 お父様はわたくしに幸せになれといいました。

 お父様がいないのに、どうやって幸せになれというの?

 わたくしの願いは、本当の夢はとっくに腐り落ちた。あの日、あの場所で。

 お父様に認められた方と共に、お父様に祝福されて、好きな人と結婚したかった。そして、お父様とクリスお母様の様に愛し合い、ラティお母様の様に協力し合って人生を共にできる人が隣にいたら……

 現状はどう?

 好きでもない、それこそおがくずでも頭に詰まっているような男を選ぶのを余儀なくされている。

 あの男の横暴さは、きっとどこかでわたくしが言葉以上の反抗ができないと嘲笑っている――だからこそ、こちらの都合も顧みずに粗暴で浅はかな言動をしているのでしょう。

 王家なんてどうでもいい。あんな男に、わたくしの大事なラティッチェ家を、残された家族や使用人たちを損なわれるのは許しがたいこと。

 マクシミリアン親子は、わたくしに横柄な態度は取れてもどこかに捕らえたりすることはできないでしょう。まだ、婚約者候補でしかないのですから。

 わたくしは魔力を練り、気配を探る。

 薄い気配を感じる。良く知ったそれは、常に一定の距離を保ちながらついてきていた。

 たまにいなくなることはある。……おそらく、気取られることを危惧して影に徹するためにも行ける場所と行けない場所があるのでしょう。

 この前の王宮図書館はいなかったのかしら?


「……レイヴン、きて」


 静寂にすら飲まれそうな、わたくしの声。


「貴方にしか頼めないことがあるの――ただし、わたくしのために死ねる覚悟があるなら姿を現しなさい」


 思いのほかあっさりと、するりと出た言葉。

 音もなく、毛足の長い絨毯に黒い靴が踏み出された。

 ベッドに転がった状態で、魔石のライトのうすらぼんやりとした明かりに照らされた部屋を眺める。闇夜に紛れてしまいそうなほど暗い一人分の人影は、恭順を示す。

 膝をついて深く頭を垂れる。


「魔法の契約……スクロールに使う紙と、その契約魔法に関する書物を持ってきて。

 王宮魔術師が持っているわ。そうね、ヴァニア卿とか忙しくしていそうですし、今研究していない分野なら書物の管理も甘くなっているわ。

 契約用の紙は多めにもってきて。明日までには用意できる?」


 こくり、僅かに動く頭。


「レイヴン、こちらにおいでなさい」


 そういえば、少し躊躇った後真っ黒な人影は立ち上がってこちらに踏み出す。

 レイヴンだと思っていたそれは、背が高かった。おや、と思ったが光を吸い込むような黒髪と暗闇に溶けるような浅黒い肌、そして少し彫りの深い顔立ちはレイヴンだった。

 ほぼ無表情だが、目だけはやや戸惑ったようにこちらを見ている。

 上半身だけ起こし、ネグリジェのままでさらに傍にくるように促す。ベッド際まで来たところで、すっかりと少年から青年に変わっていた顔を両手で挟む。

 その黒い瞳を覗き込む。真っ黒な瞳は赤子のように澄んでいる。この目を恐れる人もいるらしいが、わたくしは恐怖よりも巻き込むことの罪悪感を飲み込むのに苦心する。


「大事なお使いだから、誰にも気づかれないようにちゃんとやるのよ?」


「……はい」


「いい子ね」


 額にキスを落として、少し硬めの髪を撫でる。少しだけ、質が悪くなったような気がしますわね。

 辛い生活をさせていたのかもしれない。わたくしにずっと張り付いていたはずだ――この子以外、結界展開中は入れなかった。そのあと、フォルトゥナの護衛をはじめとするものたちに気取られない様に動き続けてきたのだ。

 一人で、ずっと。

 何度か呼ぼうと思ったが、レイヴンは『影』なのだから呼べるはずもない。本当に、危ない時の最終手段。レイヴンはわたくしのよりどころだった。

 アンナは信頼しているし、信用している。でも、アンナとレイヴンのできる仕事と得意分野は違う。


「マクシミリアン侯爵家を潰すわ」


「はい」


「あの愚か者たちだけは許さない。どんなことをしてでも、地獄の底へと叩き落としてやるの」


「仰せのままに」


「殺すだけじゃ足りない。殺しても殺し切れないほど憎い。憎くて、憎くて仕方がない。

 許せないわ。謝ったって許さない。容赦しない。死んだって許さない。

 私は、わたくしは何だってするし、なんにだってなってやるわ」


 誰に嫌われてもいい。

 どうなってもいい。

 悪魔にだって魂を売る。

 悪役令嬢アルベルティーナにだってなってやる。

 お父様を貶めたことを、後悔させてやるわ。



 読んでいただきありがとうございましたー!

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