表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/331

ジェイルの憂鬱

レナリアさん、お久し振りです。


 珍しくご機嫌なレナリアを伴い、ジェイルはオークション会場に来ていた。

 その会場は取り扱っている商品も高額なだけあり、観劇をするような非常に高級感あふれる場所だった。

 すり鉢状に一階席があり、二階にも席がある。舞台に一番近い一階席と二階席は特別席らしく、誂えが少し違う。間隔が置いてあり、専任の給仕付きのテーブルセットがあった。二階席はアンティークな作りの遠視魔法が掛かったオペラグラスを貸出ししている。

 希望するなら、購入することもできる。こういったオークションの常連は持っていることが珍しくない。

どの椅子も一つ一つは臙脂の天鵞絨張りで、ゴユラン独特の幾何学的な刺繍の施された掛け布がある。スポンサーや商人の意向もあって装飾されているのだろう。

 取り扱いは盗掘した魔道具や宝石、古文書と多岐に亘るが今回の目玉は奴隷だと聞く。

 一応、ジェイルは護衛ということにはなっているが、大体は予算を大幅にオーバーして買いあさるレナリアのお目付け役に近い。

 富裕層の特別会員しか招待されない特別な催しである為、来場者は一見すると紳士淑女といわんばかりのものが多い。その中で、雑な振る舞いと派手な露出のドレスで少し浮いているレナリア。


「ねえ、セルケーはいるかしら? オッドアイ、好きなのよね。できればねぇ、それぞれの目が全然違う色がいいわ。

 赤と青とか、金と銀とかがいいわね。あとね、若くなきゃイヤ! 男で絶対十代後半から二十代よ。商品カタログとかないの?」


 少数民族セルケー。セルケー人、セルケー族ともいえる。

 色白で左右の目の違う端正な顔立ちの多いセルケーは、高級奴隷の一つである。

 セルケーは基本少数民族なので謎に包まれているものが多いが、薬学や錬金術、魔法学、新しい技術などに興味を示して稀に集落から出て街で生活していることがある。

 奴隷商業国家ゴユランが近いとはいえ、奴隷制度がないサンディスにはやってくることが比較的多い――といっても、かなり稀少であるが。

 セルケーを求める人間は完全に観賞用や愛人や愛玩としての購入目的が多い。

 労働や戦奴などの目的は獣人や月狼族が多い。

 それらは一般的な人間とは一線を画した筋力や瞬発力、五感を持っている。

 耳や尻尾といった動物を思わせる身体的特徴を持った獣人を嫌う人間は月狼族を購入する傾向がある。また、珍しい金に輝く瞳のコレクター目的で購入するのもいる。


「ピンクと水色とか、オレンジと黄緑、紫と緑、あ、真っ黒と真っ白か銀の瞳もいいわね」


「あのな、生きているセルケーは高いぞ。色違いを収集したいなら頭部でも競り落としておけ」


「いやよ。ほとんどがホルマリン漬け状態じゃない。

 綺麗に目が開いていなかったり、あんまり明るいところに出しちゃダメとか管理が面倒なのよ。

 ずっと飾ってられるならいいけど、暗いところじゃ魅力半減じゃない」


 人間の生首を陳列するのはいいのか。

 レナリアにとっては美しい鑑賞物でしかないのだろう。確かにそういった趣味のコレクターは一定存在する。レナリアは蒐集家というより価値あるもの、美しいものを好むのだ。そして、それを手に入れる為ならモラルや常識などすぐに投げ捨てる女だ。

 金銭感覚はイカれているが、付け込む人間を見定める目は確かだ。

 こういったオークションを含めて裏の社交界でふらついては上客を引っかけて、骨の髄まですすり上げる。

 レナリアはアルベルティーナを悪女だと謗るが、はたから見ればレナリアのほうがよっぽどのものだ。

 最近聞いたアルベルティーナの報で目ぼしいものは、義弟キシュタリアを擁護するために、商会や使用人、職人たちといった伝手に直筆の手紙を送ったというものだ。

 レナリアによればキシュタリアはアルベルティーナに長年虐められており恨んでいると言っていたが、寧ろ姉弟の親愛や友愛を超えた恋慕を持っているというのがもっぱらの噂である。

 多忙を極める合間を縫って、離宮に足しげく通っては歓迎されていると聞く。

 たまに薔薇の伯爵と呼ばれる、異性関係にはかなり潔癖なミカエリス・フォン・ドミトリアスも何度も足を運んでいることもまた話題になる理由の一つだ。

 アルベルティーナの交友関係はかなり狭い。だが、そのミステリアスさが王宮雀をはじめとする噂好きたちの格好の話題だった。

 王太女の離宮へ足を運べるのが未婚なうえ美麗な貴公子なのも多い。


「はあ、奴隷もいいけどたまには貴族のいい男がいいのよね。

 スマートにエスコートしてくれる、あの仮面の方みたいな人いないかしら?」


 仮面の方とは、最近レナリアがお熱な男だ。

 マスカレードパーティや仮装パーティ等に熱心に足を運ぶ理由は、それが理由の一つだろう。その手の催しによく出てくるのだ。

 そのたび「同じドレスを二度着ろっていうの!? なんでそんな恥ずかしいことしなきゃなんないのよ! あの方に貧乏人だと思われたらどうするのよ!」と新しいドレスを新調するのは嫌気が差す。

 レナリアの甲高い絶叫はよく響くのだ。

 貧乏人も何も、犯罪者でダチェス姓を名乗れなくなったレナリアはただの平民だ。男爵令嬢ですらない。外を歩けば立派なお尋ね者。そんな女が、まともな貴族が相手をするはずはない。

 それすらもレナリアは分かっていないのか、平気で不相応な事を要求する。

 今日のレナリアの装いを見ればわかる。

 高級なビスチェとバッスルスカートのワンピースドレス。目が覚めるようなネオンブルーは艶やかな生地で黒いレースとフリルが胸元や裾で揺れている。

 これだけならまだいいが、かなり独特な形をしていた。剥き出しの両肩に半端にかけられた白ミンクのストールが申し訳程度に肌を隠している。しかもスカートが前の部分が太ももの半ばで終わっている。後ろはそれなりの長さがあるが、一応はフォーマルファッションが基準のこの場であそこまで足をむき出しにするなんて奴隷か娼婦くらいだ。おまけに、履いているのが太い網目の黒タイツと、凶悪なピンヒール。品がないにも程がある。

 ジェイルは生粋の貴族ではないものの、ある程度の知識はある。少なくともサンディス王国でははしたないといって過言ではない。特に肩と足。

 未婚の女性の服装ではない。

 レナリア曰く『ゴシックパンク風のドレス』らしい。

 恐らく、ローズブランドのドレスが手に入らなかった腹いせに作らせたのだろう

 欲しがったのも確かビスチェ風のベストとバッスルスカート風の乗馬ドレスが似たようなデザイン――といっても、あれは下にパンツスタイルなのでドレッシーな燕尾服風ともいえた。

 少し薄手のパンツと華奢な編み上げのブーツを合わせることによりカジュアルでありながらフェミニンで上品だった。

 乗馬服として使えるがモノによっては騎士服風でもあり、狩りや乗馬をする女性が婚約者や恋人がいる場合はお揃いコーデでデートをするのもトレンドらしい。

 滅茶苦茶人気で、夫婦や婚約者同士、恋人同士、友人同士でも贈り合ったりする。

 他の店も似たようなものを出しているが、ダントツでローズブランドが人気だ。あそこのトップデザイナーは未だに謎に包まれている。社交界に茶会や夜会、小規模なサロンですら顔を出したことが一度もない。


「あら、今日はヴァレンシュタットの元貴族が目玉商品なの?」


 周りの顰蹙や失笑の気配に気づかないレナリアは暢気に品目を見ている。

 一部、若い女の肌に鼻の下を伸ばしているのもいる。


「なんでも王族の隠し子だと。魔法の研究の素材にするからそれを落とすのが仕事」


「ふうん、研究前に遊んでいい? 生きてればいいでしょ?」


「薬漬けにするつもりだろう。ダメだ。この辺の王族は特殊な魔法持ちが多いんだ。

 使える可能性は低くても、劣化したモンじゃ話にならないんだよ」


 もしその王族が女ならレナリアは薬漬けにしなくとも、男奴隷の嬲り者にするだろう。

 美しい容姿をしていれば一層悲惨な目に遭うだろう。

 可愛らしい見た目をしているが、レナリアは非常に苛烈で冷酷な人間だ。

 そして、自分の利益の為なら平気で誰でも蹴落とすし陥れる。悪辣に富んだそんな性質が好まれ、死の商人の幹部たちに面白がられて身を置くことが許されている。


「そういえば、グレアムはどうした。最近見てないが」


「あんまり暴れるから、実家に戻したのよ」


「は?」


 なにを考えているんだ、この女。

 ジェイルは耳を疑いレナリアを見た。


「ちゃんと袋に入れて、猿轡もかませて勝手に死なないようにしたわよ? 最近、本当に正気じゃなくて困っていたのよ。

 アイツ、私のお気に入りの奴隷を殴ったのよ? しかも顔! ちょっとグレイル様に似てたからすごく気に入ってたのに捨てる羽目になったわ!」


「おい、金蔓だろ。あれは宰相子息のれっきとしたお坊ちゃんだぞ? 余計なことを話したらどうする!?」


「平気よ。ほとんど正気じゃないし、最近お金の出が悪くなってたんだもの」


 レナリアは「ちゃんと家に帰してあげる私って優しい」といわんばかりだ。

 ジェイルには意味不明だが、時々レナリアは『優しい自分素敵』といわんばかりに振舞うことがあるのだ。

 いい人ぶった言動は、大抵はレナリアの自分勝手な独善を晒すだけとなっている。偽善にすらなりきれないお粗末なものだ。

 レナリアの悍ましさは己を善であり、正義だと微塵も疑っていないことだ。

 狂信者の様に、己の正しさを主張して周囲にも求める。

 オークションが始まると、盛り上がる前からガンガン競り落としていくレナリア。

 これではきっと本当に欲しいものは手に入らないだろう。レナリアの資金は限られている。本命一本に絞れば行けたかもしれないが、そんな考えなど最初から持っていないのだろう。

 生憎、今日のジェイルは任務があるからビタ一文貸すつもりはない。



 結局、ジェイルの踏んだ通りレナリアは後半に出てきた美麗なセルケーを競り落とせなかった。支払うべきものがなく諦めることとなった。

 繊細で端正な美貌をした、けぶるような銀髪に青と緑の双眸が印象的な青年だった。

 飛び入りの目玉商品だったらしくあっという間に競売額は競りあがっていき王都の一等地に屋敷を立てられるほどの金額となった。


「ジュリアスに似てたから欲しかったのにーっ!」


 ぶすくれているレナリアだがジェイルは首を傾げた。

 ジュリアスとは、ジュリアス・フラン子爵のことだろうか。

 年齢は近いが、ジュリアスは漆黒の髪と紫の双眸だ。端正な顔立ちは知的であり野心家のその性質の滲む表情もある。もしくは、精密で冷徹な人形を思わせる顔立ちだ。

 その性質はあの奴隷のようなお人形のようなものではない。獰猛な肉食獣のようなものだ。

 大事な姫君の前では礼儀正しいお人形をしているが、裏で何をしているかわかったもんじゃない。あんな危険な男を欲しがるレナリアの気が知れない。

 手に入れられないものほど欲しがる悪癖。レナリアの欲しがり癖は収まる気配が全くない。


「ねえ、ジェイル」


「なんだ?」


「アンタ、殺しが得意なんでしょ? 競り落とした奴殺して、さっきの奴隷を持ってきてよ」


「まだ荷物を納品してねえんだから無理。お前も買った奴をちゃんと部屋に入れておけよ」


「はいはい。あーあ、なんだか競り落としたら急につまんなくなっちゃった」


 レナリアに競り落とされた奴隷は絶望の表情を浮かべてびくびくと身を寄せ合っている。

 長くはもたないだろうな、とそっと嘆息したジェイルは『納品』するために御者を呼んだのだった。

 飽きたレナリアによって懇意の貴族や仲間に下げ渡されるなら、まだ希望がある。

 変態趣味の輩も多いがレナリアが気まぐれに見せる加虐的な性質にずっと付き合い続ければ、薬漬けや虐待死が待っているだけだ。




 きちんと『納品』を終えたジェイルは、煙草をふかしながら夜空を見る。

 くゆる煙越しでも分かる星空。


「はぁ……とっとと仕事を終わらせて『ひぃさん』んとこにいきてぇな。『旦那』からの指示はまだこねえぇし、さっさとこの仕事を終わらせてずらかりてぇ」


 満天の星空すらジェイルの心を癒さない。

 かつてを思い出して腹が一瞬くちくなるような気分になったが、現実を思い出すと一気にスカスカと虚しいものが去来する。

 煙草をぐしりと石床に抑えつけて火種を潰す。

 立ち上がり、緩慢であるが隙の無い肉食獣を思わせるしなやかさで移動していく。驚くほど物音を立てない。

 遠くからヒステリックな声が途切れ途切れに廊下から響いているのに気づき、ジェイルはげんなりする。

 部下や奴隷が粗相をしたか、はたまた思い通りにいかないことがあったのか。レナリアの激怒のスイッチはそこら中に転がっている。

 知らずに眉間にしわが寄る。もとより近寄りがたい程にきつめの顔立ちが、その端正さを失うほど凶悪になりつつあった。


「兄貴ぃ……」


「あ? って……ビーンかよ。なんだ」


「例の女が、ベルナ姐さんの男に手ぇだしたみたい」


「で、この騒ぎか? あの女は何度いったら乱痴気騒ぎをやめんだよ」


 ビーンと呼ばれたそばかすの少年は「あとこれ」とメモを渡す。痩せてみすぼらしい体躯であり、その辺によくいる平民の子供だ。その特徴の無さと勘の良さ、耳聡さを買って情報収集や、ちょっとした小間使いとして使っている。

 メモを受け取って一瞥した。深いため息と共にジェイルは女の修羅場に足を踏み入れる羽目となる。









読んでいただきありがとうございました。

取りあえず自称ヒロインの生存報告。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ