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うわっ…私の明順応、遅すぎ…?

挿絵(By みてみん)

 



――ここは、灯りのついていない薄暗いお部屋です。

 

 ふと目に入った窓の外には映るものは何もなく、今まさに夜の帳が下りようとしていることを告げておりました。



「……はぁ……」


 廊下から漏れ入る光を眺めながら、(わたくし)はただただ溜め息を零すばかりです。



「……手持ち無沙汰ですの……」


 空虚な私の声はこの殺風景な部屋の中を幾度となく反射して宙を彷徨い、次第に色艶を失っていきます。これといった障害物がないのです。


 目の届く範囲にはたいして目立つような調度品もなければ、お洒落で女の子らしい小物なんかもございません。もちろん暇を潰せそうな小道具なんてあるわけがないのです。



 そっと目を閉じ、そのままばたりと後ろに倒れ込みました。ここはベッドの上です。高品質なマットレスが程よい弾力で柔らかく跳ね返してくださいます。


 瞼の隙間からうっすらと見えるのはベッドの天蓋(てんがい)でした。吐息の当たるシルクレースの覆いは私をあしらい笑うかのようにその身をヒラヒラと揺らしております。


 宙に手を伸ばしてみても状況は何も変わりません。身に纏う黒のネグリジェと一体化して、私自身がこのベッドの一部になってしまったかのようです。


 肌に触れるシーツをやおら撫でてみても無機質でサラサラとした感触が返ってくるだけでした。寝返りを打ってもそれはあまり変わらず、私の身体をふわりと包み込んでくれるだけですの。



「……正直、退屈でございますわ……」


 個人のお部屋をご用意していただいているばかりか、こんなに広くて素敵なベッドの上でご主人様の〝ご寵愛〟を受けられるだなんて、普通に考えたら大変に喜ばしいことなのです。


 頭を空っぽにして心から喜ぶべきことなのです。


 今日がそのご寵愛dayだったらどんなによかったことか。

 お生憎、その恋しい日ではございません。


 悲しいことに今からその時を思って一人身を焦がすような気分にもなれませんの。こんな囲い者のような女にも節度というものはございます。雰囲気というものもございます。


 オンとオフのスイッチで例えるならば今はオフの気分。



 この点いつでも見境なくお猿さんになれる同期の茜さんが羨ましく思えますわね。モチロンああはなりたくはないのですが。だって万年発情期なんですもの。


 疲れも飽きも知らない身体に調整していただいているとはいえ、毎日毎日あのお盛んなご様子ではさすがに疼くものも無くなりそうなものですのに。


 それにほら、背徳的な行為とは、溜めに溜め抜いたからこそ、こう……下半身によりグッとくるものでしょう?


 あらやだ、私ったら、なんてはしたないっ。



「……くすっ」


 思わず口から微笑みが溢れてしまいます。はしたないなんて言葉では到底足りないくらいに、まして淑女というにはあまりに汚れすぎてしまったといいますのに。


 おっと、いきなりの回想は置いてけぼり感満載になりそうですわね。後々に温めておいた方が美味しく熟しそうな気がいたしますの。



 私はもうお利口な犬ではありません。清き魔法少女ではなく、今はワガママを覚えてしまった、ただの哀れな雌猫。


 勝手気ままに毎日を貪り暮らす一人の女なだけですの。


 それほどまでに私は〝自由〟に染まりきってしまったのです。また以前の生活に戻ってよいと告げられても、私には間髪入れずにお断りさせていただく自信がございます。



 そう。私は自らこの生活を選んだのです。


 例えこの自堕落で何もない毎日がこれからも続くのだとしても、私はこの世界で生きていくと心に誓ったのです。



 ……いや、それでもですね。言いたい文句は出てきますの。だってワガママなんですから。


 この生活において、ご主人様のご寵愛以外に本当にすること成すこと何も無いというのは流石に如何なものでございましょうか。


 ぼけーっと待ちぼうけしていられるのならそれでよいのですが、かといって寝落ちするまで何もしないというのも人間難しいところがありますの。


 今だって、眠りに入るにはまだまだ到底早い時間です。



 ああ、そうですわ。こんな気分のときは散歩に出るのはいかがでしょう。


 別に出歩きを禁止されているというわけでもありません。


 ここから逃げ出すだなんて気はもちろんありませんし、他の方々からも猫の額ほども思われていないことでしょう。



「……まぁでも、遅くなる前に帰ってきませんと」


 ご主人様を心配させてしまいますからね。


 

 半ば一体化していたベッドから抜け出し、床を引きずりそうなネグリジェの裾をたくし上げながら、部屋の扉へと歩みを進めます。


 ドアノブに手にかけまして、捻りまして。

 おっと。溢れる光が目に眩しいですの。



 うわっ、私の明順応、遅すぎ……?



 うふ、冗談です。部屋の外はまだまだ明るいようで。まったく夜を知らないのかしら。ちょっと散策してみましょう。



 何を隠そうこの施設は悪の秘密結社のアジトの最奥部。


 決して表舞台には上がらないアングラ中のアングラ空間。


 そして私の住むここは、その人員たちの待機域、通称「上級社員寮」なのでございます。

 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 悪堕ち魔法少女…だと…推せるッッ!!
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