315 希望の帰宅
吸血っ子の落とした特大の爆弾のせいで、転生者たちは大騒ぎだ。
吸血っ子の脅しも効果がないくらい、みんなザワザワとしている。
地球に帰れるかもしれないというのは、それだけ衝撃的だったんだろう。
けど、残念ながらそれはできない。
たしかに、私は前に吸血っ子に地球に帰るかということを聞いた。
でも、それは全てが終わってからの話としてだ。
システムが崩壊したあとの話。
システムが健在の現在の話ではない。
転生者たちは地球に帰ることはできない。
なぜならば、n%I=Wのスキルがあるから。
初めは謎だったこのスキル、その効果は転生者をこの世界のシステムに紐づけるというもの。
転生者はもともとこの星の住人ではない。
本来ならば特殊なこの星のシステムの影響はなく、通常の輪廻の輪に戻るはずだった死者。
その魂を無理矢理システムの中に押し込み、第二の生を与えた。
それが転生者。
そして、転生者の魂をシステムに括りつけているのが、n%I=Wのスキル。
このスキルがあるから、転生者はよそ者であるにもかかわらず、スキルやステータスといったシステムの恩恵を受けることができる。
それと同時に、完全にシステムに馴染み切らないように制御しているのも、このスキルだ。
転生者は死ねば、元々のこの星の住人とは違い、通常の輪廻の輪に戻るようになっている。
システムに馴染み切ってしまうと、この星で延々転生し続ける無間地獄に捕らわれちゃうからね。
そうならないように、n%I=Wのスキルは転生者にシステムの恩恵を与えつつも、完全にシステムに取り込まれないように管理しているというわけ。
転生者はあくまでも、システムにとって、この世界にとって一時的な客人なのだ。
とまあ、転生者にとって超大事なn%I=Wのスキルだけど、今回の場合そのスキルが邪魔となる。
スキルとは、魂に付随したもの。
そして、そのスキルの中でも転生者にとって特に重要なn%I=Wのスキルは、ガッチリと魂にホールドしている。
そしてそして、n%I=Wのスキルは転生者とシステムとをつなぐ架け橋。
つまり、システムと繋がっている。
これを切断することはできない。
つまりつまり、転生者をシステムのあるこの星から連れ出すことはできないのだ。
システムが崩壊すれば、そんなしがらみはなくなる。
だから、終わった後の話として私は吸血っ子と鬼くんに地球に帰りたいかどうか聞いた。
それを吸血っ子は拡大解釈して、今すぐにでも帰れるんだと勘違いしたっぽい。
実際、私は既にスキルの影響下にないので、地球との行き来もできる。
けど、それはスキルのない私だからできることであって、転生者を連れ出すにはシステムを崩壊させるか、私と同じようにスキルをなくしてもらわなければならない。
一応、スキルをなくすスキルというものは存在する。
スキルの力を捧げる方法が。
しかし、夏目くんが先生にその方法を応用してスキルを奪われた時も、n%I=Wのスキルだけは残った。
それだけn%I=Wが重要であり、切り離しが難しいってことでもある。
まあ、システムの影響を伝えるための端末なんだから、システムの内側の力で切り離すのは不可能だろうね。
となると、それを切り離す方法は、私と同じく神になるしかない。
何そのムリゲー。
ないわー。
じゃあ、私の力でn%I=Wを切り離せないかというと、ムーリー。
だってあのDの作ったものでっせ?
私ごときがどうにかできるわけないじゃん。
魂に関するあれこれは凄い高度な技術が必要なんだよ。
神様歴たかだか十数年のペーペーがどうにかできるものじゃない。
ムリして手を出したら、魂ごとアボンさせちゃいそうで怖いもん。
ということで、結論、帰るのはムリです。
なんだけど、さて、それをどうやって説明するか。
あ、イヤ、別に詳しい原理を説明しなきゃいけないってことはないんだし、ムリって一言言えばいいだけなんだけどさあ。
工藤さんはじめ、転生者の何人かはものすごい期待に満ちた目でこっち見てるし。
この空気の中ムリですって言わなあかんのか。
「本当に、帰れるの?」
工藤さんが感極まったみたいに涙ぐむ。
あー。
うわー。
うん、まあ、地球に未練があるなら帰りたいよね。
それに、エルフの里で軟禁生活送っていた彼らにしてみれば、辛い生活から、郷愁の念が強くなってもしょうがないやね。
この空気で否定しなきゃいけない私の気持ちも考えろ!
くそう!
吸血っ子め!
余計な爆弾を落としやがって!
言いよどむ私の様子にいち早く気づいたのは、吸血っ子と鬼くんの二人。
吸血っ子は「あら?」って感じで首を傾げ、鬼くんは私のほうをチラチラと見て、目を泳がせている。
二人とも、私の微かな動揺を感じ取って、できないということを悟ったようだ。
そして、そんな二人の様子から、徐々に他の転生者たちも様子がおかしいことに気づいていく。
帰れるという希望に満ちた驚愕が、だんだんと不安で落ちていく。
一番喜びをあらわにしていた工藤さんなんかは、すがるかのような視線で私を見つめている。
あー。
吸血っ子は、ホントに余計な爆弾を落としてくれやがったよ。
だって、初めから帰れるなんて希望を持たせなければ、そんなこと考えもしなかったはずだもん。
初めから希望がなければ、失望もまたない。
変に希望を持っちゃうから、それが幻だとわかった時の失望は大きくなる。
「ムリです」
私は意を決してその一言を口にした。
その直後、何とも言えない空気が発生する。
吸血っ子が何かを言おうと口を開きかけたところで、私は邪眼を発動させて強制的に静止させる。
たぶん、「え? 前は帰れるって言ってたじゃん」とかそんなことを口走ろうとしてたんだろうけど、これ以上余計なことを言わないでほしい。
たしかに、システム崩壊後ならば、帰れないこともない。
けど、私はシステムが崩壊した後のことまで面倒を見るつもりはない。
Dとの契約もそこまでは含まれていないのだから。
それに、システム崩壊後に私がそれをできるかどうかは、保証できない。
吸血っ子と鬼くんの二人ぐらいならば、事前に準備をしていれば何とかなるかもしれないと思ったから、前はそう提案した。
けど、転生者全てに対してそんな準備をしている暇もエネルギーもない。
できて二、三人。
今、それをバカ正直に告げたら?
その席の奪い合いが発生するに決まっている。
全員を帰すことが不可能ならば、全員を残したほうがいい。
少なくとも、それなら席の奪い合いで争うことも、不平等による怨嗟もない。
痛いほどの静寂。
その中で、工藤さんがストンと席に座りなおした。
座ったというよりかは、力が抜けて倒れこんだ先に椅子があったというほうが正しい気がする。
それくらい、工藤さんの表情は力の抜けたものだった。
そのまま何も言えず、うなだれる。
工藤さんの他にも、失望を隠しきれない顔をした人が何人もいた。
ごめん。
余計な希望を持たせて。
さすがの吸血っ子も、この空気は居心地が悪かったのか、気まずげな表情をしていた。
それを見て、私は吸血っ子にかけていた邪眼を解除する。
「今日は、これくらいにしておきましょう」
私はそう言って立ち上がった。
これ以上説明会を開く空気じゃなくなってしまった。
転生者たちにも少し考える時間が必要だろう。
私は凍りついた空気から逃れるように、足早に外へと向かった。
吸血っ子と鬼くんが慌てたように私の後に続いた。
去ろうとする私たちを誰一人として止めようとはせず、私たちはツリーハウスの外に出る。
閉まる扉が、私たちと転生者たちとを隔てた。