8章 閑話特別編
今後の展開を広げられるようなストーリーを書いてみました。
8章はこれで完了です。今後どうなるかまだハッキリとは決めておりません。気長に付き合って貰えると助かります!
それと誤った投稿ごめんなさい!
報告してくれた方々、大変助かりました!
変な汗がドバっと出ました。今後は気をつけます!
マリア・クダンは自由人である。
その自由奔放な行動力には国王様でさえ手を焼いており、お目付け役である爺が腰を痛めてからはいよいよ野に解き放たれた獣のごとく手が付けられなくなり、挙句諸国を彷徨う旅へと出ていった。姉さん、待って! という声が城に響いた日から幾日がすぎたことか。今や、彼女の行方を知る者はいない……。
「……ううっ、寒いわね。本当にここは人が住む場所なのかしら」
マリアは雪が深く積もる北の国まで来ていた。城を出た時の服装では体の丈夫な彼女でもさすがに耐えることは敵わず、道中狩った熊の毛皮でその身を包んでいた。熊の頭の部分がすっぽりと頭を覆っており、全身を茶色い熊の毛皮で包まれている。一度水面に映った自分のダサさに驚愕した彼女は湖の畔で拾った綺麗な石を自分の手でネックレスに仕立て上げて、身に着けていた。それで幾らかはダサさが抑えられた。
熊の毛皮は暖かかった。それでも、歩くたびにずぼずぼと埋まる足元から体力を奪われる。足の底から体温が抜けていく感覚もあった。早いとこ熊の冬眠場所でも見つけ出して潜り込みたかったのだが、この地はどうやら熊でさえ拒否するレベルの凍える地だったようだ。熊の家への居候がかなわなかったマリアは、とうとう深く積もる真っ白な雪の上に倒れることとなった。
「も、もう一度だけ……魔導列車に無賃乗車したかった……屋根の上で……」
風が気持ちいいのよね。という言葉は最後まで言うことができなかった。国では爺やとラーサーが健気にマリアの身を案じているのに、死に瀕した時でさえ、マリアの頭の中は自由奔放であった。
目を覚ましたのは、ほんのりと明かりが行き届く薄暗い洞窟内であった。木で作られた硬いベッドの上に寝転がっている。死んだと思っていたのに、どうやらマリアは誰かに助けて貰ったらしい。どこまでも運と生命力の強い女だった。
起き上がって辺りを見てみると、壁に寄りかかってこちらを伺う子供が二人いた。二人は驚いた様子で目を見開いていた。驚いたのはマリアも同じだった。女の子二人の頭の上には犬と猫の耳がそれぞれついていたのだ。
近づいて、触れて、引っ張ってみる。
「不思議ね、本物っぽいわね」
「本物だよ」
少女は健気に言った。そして続けてこう言う。
「怖くないの? 」
「怖い? どうして? わたくしの方が強いのに」
「そういう問題じゃ……」
「じゃあどういう問題なの? 」
「いや、それは……」
困る少女たち。互いに顔を見合わせるが、この人の相手は相当手間取ることを感じてもう言葉を発しなかった。そして、彼女が起きたら大人を呼ぶように言われていたことを思い出し、二人は洞窟の奥へと走り去っていった。足音の響き渡る感じからして、存外かなり広い洞窟のようだった。
しばらくして、闇から現れたのはだいぶ年老いた男性だった。後ろに先ほどの少女ふたりを伴っている。彼の頭の上にも可愛らしい猫耳があった。
可愛らしい耳と、しわくちゃな顔。マリアは言わずにはいられなかった。
「ミスマッチね! 」
「初対面でそれを言いますか。一族の皆はいろいろ気を使って言わずにいてくれているというのに。でもハッキリという御仁は嫌いではないです」
「しかも、きもいわ! 」
「……それは言いすぎじゃ」
「わたくしは、マリア。旅の身よ」
マリアが挨拶に差し出した手に老人は戸惑う。
「いや、すんなりと自己紹介に入るの。きもいって言われた後に握手って、初めての経験じゃわい」
と言いつつも老人はマリアと握手を交わした。
「ワシは、ゴウロウ。見ての通り魔族であり、ここら一帯に住む者たちの族長をしておる」
「ふーん、それよりも何か食べ物はないかしら? お腹が空いたわ」
「ふーんって。絶対興味ないじゃないか。魔族じゃぞ!? まぁ、食べ物は用意してあるから待ってなさい」
マリアはベッドに座りなおし、素直に待つことにした。
「魔族って何よ。わたくしの生まれたクダン国では聞かないわね」
熊の毛皮を被りなおしながら聞いた。
「それはまた随分と遠くから来たものですな。ここらじゃ魔族を知らない者はおりません」
「何よ、無知って言いたいの? 否定はしないわ! 」
「いや、別にそういうことじゃ……。否定はしないんかい」
族長までもがマリアに困らされている頃、とうとういい匂いを発するスープが運ばれてきた。運んできたのは妙齢の美しい女性だった。彼女も頭に可愛らしい犬の耳が付いている。彼女の登場に喜んだのはマリアだけではないはずだ。マリアの相手をしていた族長も間違いなくホッとしている。
早速スープに手を伸ばして味わうマリアだった。具は未知の木の実と何かの植物の根、味付けは薄口の塩味だった。しかし手の加え方が良いのか、コクがあり美味しいスープだった。半分ほど食べたところで、マリアは自分に向けられた視線に気が付く。少女たちの者欲しそうな視線に。
空気の読めないマリアでもその意味は分かった。
「何よ。もしかして食べ物足りてない系一族なの? 」
「……恥ずかしい話ですが、簡単に言ってしまえばそういうことです」
「全く……あげないわよ! 」
この気まずい空気の中、ガツガツとスープ飲みつくすマリア。彼女にしかできない芸当である。
「ふう、美味しかったわ。ありがとう。それにしても食べ物が足りていないのになんでわたくしを助けたのよ」
当然の質問であった。
「あなたが精霊石を身に着けていたからです」
精霊石とは、どうやらマリアがダサさ回避の為に付けていたネックレスに付いた綺麗な石のことだった。まさかそんなものだとは知らず、若干戸惑うマリア。
「その石は精霊に愛された者の前にしか現れないものなのです。精霊を慕う我々が精霊に愛された者を見捨てるわけにはいきません」
「精霊? 」
「何か心当たりはないのですか? 精霊に愛されるきっかけを」
愛されるきっかけ。マリアは記憶をたどってみた。そういえば、旅の途中、不思議な出来事があった。おかしな木の実を食べて生死の境を彷徨っていた時に、掌に乗るくらいの可愛らしい小人が口に水を運んでくれたのだ。その後も動くのがきつかった間、使いっぱしりにしていた。食べられるものを運んでくれていたから本当に便利だった。あれがよかったのかしらね? 愛されるっていうよりも、愛するきっかけっぽいけど、とマリアは思った。
「覚えてないわね」
この回答が無難な気がした。
「そうですか。とにかくその石があなたと共にある限り我々はあなたを拒絶致しません」
「そう。食べ物が足りていないなら南に行けばいいじゃないと思ったけど、もしかして行かない理由はその精霊にあるのかしら? 」
「……そうではないのですよ」
どこか言い淀む族長だった。
「じゃあ、なんなのよ。こんな寒い地域じゃ禄に作物も取れないじゃない」
そのとき、洞窟の暗闇からもう一人現れた。逞しい体つきの男性だった。頭にはウサギの耳が付いている。またもミスマッチだった。男は鋭い犬歯と激しい剣幕でマリアと族長に答えた。
「女、さっきから聞いていれば。こんな奴に優しくしてやることなんてないぜ、族長! 食べ物も少ないのにわざわざ人間に分け与えて! だいたい精霊石が何だってんだ。俺たちに何をしてくれた! こんなやつ外で凍え死ねばいいんだ」
「そう言うな、ダイモ。精霊様はいつも我々のことを考えてくださっておる。きっと彼女をよこしてくれたのにも訳があるはずじゃ」
興奮するダイモという魔族を族長が必死になだめた。
「そんなことよりも、なんで移住しないのよ。説明しなさいよ」
口を挟むマリア。
「女! 黙っていろ! それ以上勝手にわめくなら俺が強制的に外に連れていくぞ! 」
「あんたに聞いてないのよ。話が進まないじゃない。で理由は? 」
「わからねーやろ……」
「うっさいのよ! 」
再び口を開いたダイモに、マリアが一瞬で距離を詰め、左側面から脚を一閃。顎に直撃した一撃はダイモを伸びさせるには十分だった。
パンパンと手を払い、マリアは族長に話の続きを促した。なぜか少女二人はマリアに感嘆の声と拍手を送っている。どうやらダイモはあまり子供に好かれていないらしかった。
「おっおほん! み、見事ですな、マリア殿。ダイモの非礼は詫びます。この通りです」
頭を下げた族長に、そんなのいいのよ、とマリアは適当に言ってベッドに座りなおした。長い脚を組んで、どうぞ話を続けて、とふる。だんだんと垣間見えてくるマリアのカリスマ性に、目を輝かせる少女二人。ファンになる日は近いと見える。
「魔族を知らないとおっしゃっておりましたが、どうやら我々を取り巻く環境もご存知ないようで」
「あー、やな感じね。そこまで無知をつつく? 死体蹴り良い趣味ー」
「いやっ、そういうわけでは。じゃあ説明します。この付近の国では、ワシら魔族は忌み嫌われておるんです。それも半端ではない嫌われようでして。それ故ダイモのように人間を恨む者も多いのですよ」
族長の顔には悲壮感が漂っていた。彼らを取り巻く環境の厳しさがそこには映っていた。
「何かやったの? 悪いことでも」
「いいや」
族長の返事はそれだけだった。
「耳が違うだけで嫌われるって、嫌な世の中ね」
「耳が違うほかに、我々は身体能力が人間に比して強い傾向があります。それに魔力も人間のそれとは遥かに強さも量も違う」
「ならやっつけちゃえばいいじゃない。人間」
人間側とは思えないマリアの発言に驚く族長。視線が加熱する二人の少女。
「そうもいきません。人間の賢さ、数の多さの前に我々は無力に等しい。こうして隠れ住んでいるのが関の山です」
「ふーん」
相変わらず興味なさそうなマリアの反応に若干がっかりする族長。
何も考えていないようで、実のところマリアは何かを思考しているようだった。顎に親指を添えるそのポーズを、少女二人は無意識にそれを真似していた。魔族の間にマリア二号、三号が誕生する日が来るかもしれない。
「そうね。じゃあこうしましょう」
マリアは三〇秒で考えた自分の考えを口にした。
「与えられたスープを分けてやることはできないけれど、その恩を返すのがこのマリアよ。わたくし、こう見えても一国の王女。クダン国にわたくしに逆らえる者はおらず、その権力や膨大! 」
「ほ、本当ですかいな? 」
族長の目には強い疑念の色が浮かんでいた。
「失礼ね。確かに王族を証明するものは何も持ってきていないけど、行ったらわかるわ。手紙を書いてあげるからそれを見せないさい。そしたら住む場所を貰えるはずよ? 」
「ほ、本当ですかいな? 」
族長の疑念は薄まらない。
「あー、でもパパはそういうところ頭硬そうだなー。弟のアークも肝っ玉小さいし。手紙だけでいいのかしら? ラーサーっていう聞き分けのいい弟もいるにはいるんだけど、あんまり権力持ってないのよねー」
「クダン国のことは知っておりますが、詳しい人物までは分かりません。本当の話なら凄いことなのですが……」
「しつこいわね。本当よ」
まだ疑う族長の肩に手が置かれた。振り向いた彼が見たのは目を輝かせた少女二人。マリアが王女だと聞いてすっかりとファンになった彼女たちだった。
「マリア様はそういう方よ」
と謎の理解を示し、そう言われた族長はいよいよマリアの話を信じることにして、その続きを聞くことにした。
「あっ、いいこと思いついたわ。最近うちの国で自治領ができたのよ。そこの領主がなかなかいい男だし、きっと受け入れてくれるわ。そうしましょう。あなたたち、ヘラン自治領に行くのよ。そこで新しい生活を手に入れないさい」
「そこは我々のような魔族を受け入れて下さるのでしょうか? 」
不安気に族長は尋ねた。
「手紙を書いてあげるって言ったでしょ。安心しなさい」
こうして、精霊が連れてきた彼女は、魔族たちに新しい道を示した。
マリアはしばらく洞窟内で暮らした。日に日に垣間見える圧倒的カリスマ性と、行動力。精霊とマリアに感謝をする人々が増えた。マリアの影響力は魔族たちの間でも日に日に高まり、英雄扱いする人も増えだした。少女二人を筆頭に。
そんな折、魔族たちの北の地での生活も限界が近づき、一行の移住の計画も大詰めになったころだった。マリアが姿を消した。
彼女の自由奔放さは、この地に来ても消えることはなかった。
興味が向いたままに脚を進めるスーパー自由人。マリアを思い続ける魔族たちだが、マリアの頭の中では次の未知へ向っている。もう彼らのことを思い出すこともないかもしれない。それがマリアなのだ。
同行してくれると期待していた魔族たちの絶望は深かった。
しかし、約束通りクダン国への手紙は置いてくれていた。
『ラーサーへ。お姉ちゃんのマリアよ。この人たち困っているから住める土地を分けてあげなさい。あなたと仲のいいクルリに頼みなさい。姉の命令よ! 』
手紙を読んだ魔族たちの絶望はより一層深まった。
北での生活はもう限界だったこともあり、彼らは旅立つほかなかった。
わずかな希望と、圧倒的な絶望感を携えて。道中は辛いかもしれない。しかし、その先に待ち受けるのは、そう悪くない未来だとすぐに分かるはずだ。彼らには精霊が味方をしている。
マリアはどこにでも現れる。しかし、マリアの行方は、誰にもわからない。