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7章 1話

7章始まります!

俺がヘラン領に戻ってからの話をしよう。


領民からやたらと歓迎をうけること数日、なんだか身に覚えのない賞賛ばかりでむず痒い思いをしたのが最初の一週間だった。

そんな思いをするのはすぐに終わった。しばらくトップが不在だったため、ヘラン領には処理すべきことが山のようにあり、アイリスとラーサーが手伝ってくれても夜な夜なまで仕事に明け暮れる日々が続いた。


デスクで仕事をしていて、限界がきてそのまま寝てしまったことも数回ある。起きると俺の承認待ちの書類がほほにひっつき、涎まみれになっていたこともあった。

領民はこの書類を心待ちにしているのに、涎付きの承認サインをつけて帰したらなんと思われるだろうか……。領主さぼってんじゃねーよ、と思われること必死!!

俺は証拠隠滅に動いた。暖炉の前に書類をかざして、必死に涎を乾かす。しかし、乾いたものの、書類は波打ち、涎がこぼれた場所はカッピカッピに質感を変えていた。必死に引き延ばす。絶妙な力加減だと思っていたが、びりっと嫌な音がした。見なくても何が起きたのかわかる。

絶望に打ちひしがれているその刹那、更なるトラブルが飛び込んだ。暖炉の火が一瞬飛び散り、書類に引火。ちょうど乾ききったこともあり、書類は俺の目の前に勢いよく燃えた。「あつっ」と手放したが最後、足元で大事な書類は灰と化した。

背中方面から誰か近づいてくる音がする。……足元の灰を黙って踏みつぶした。フローリングは後で俺が磨いておくとしよう。


「アニキ、朝早いですね。昨日もあんなに夜遅くまで働いていたというのに」

「まぁね。仕事は山のようにあるんだ。やりがいがあるってもんだ」

「さすがです、アニキ! 領主の鏡!! 」

胸を突くような痛い言葉をもらってしまった。

領主の鏡は焼けた書類を隠滅するだろうか? いや、しない!!

まぁやってしまったものは仕方ない。ようは挽回すればいい訳だ。


はて、あの書類一体なんの承認待ちだったかな? たしか読む前に寝落ちしてしまった気がする……。まずい、これじゃ書類の偽造もできないじゃないか。あっ、待てよ。たしか申請者の名前を憶えている。すごく山みたいな名前だった気がする。何だったかなー。もう少しで出てきそうなんだけど。


「アニキ、朝から考え込まないでください。エリーさんが美味しい朝食を作っていますから、食べた後にまた仕事のことを考えましょう」

「それもそうだな」

ラーサーの言うことが正しく思えて、その場は素直に従った。


屋敷のリビングルームに行くと、テーブルの上には野菜中心の朝食たちが並べられていた。奥に見えるキッチンではエリーが忙しそうに残りの料理を仕上げているところだった。

テーブルは丸テーブルだ。全員の顔がよく見えるので、俺がこのテーブルを希望した。領民の方が作ってくれたんだよな。確か、山みたいな名前の人……。って焼いてしまった書類の申請者じゃないか!! あー、だれだっけ。

「クルリがまた朝から悩み事してる」

遅れてリビングにやってきたのは、これまた眠そうな顔したアイリスだった。彼女もヘラン領に残り夜遅くまで仕事を手伝ってくれている。非常にありがたい存在だ。

「悩みがあるならもっと私たちに相談してくれたっていいんだよ」

席に座りながらそんな天使みたいなことを言ってくれる彼女。本当に癒されます。


「悩みってほどじゃないんだけど、この丸いテーブルを作ってくれた領民の名前って何だったかなーって」

「んー、なんか山っぽい名前だった気がするよ? 」

「そう! 俺もそこまでは出ているんだよ。でもその後が……」

「あっ私もなんとなくなら覚えていますよ。確か結構壮大な山って感じがする名前です」

ラーサーもそこまでは出ているのか。壮大な山? もうダメだ、これは当分出てきそうにないな。


「サンミャーさんよ」

どんとテーブルの最後の料理を運んできたエリーが正解を言った。

全員の眠かった顔に笑顔が指した。あー、山だわ。壮大だわ。サンミャーね。しばらく忘れそうにないわ。


「さっ、たべましょ」

エリーはきっちりと俺とアイリスの間に座って、今日の食事に感謝を述べて、食べ始めた。

エリーの料理は本当にうまい。体調が悪い日でも食が進む。エリーいわく、愛情が入っているからだそうだ。愛情は美味しいらしい。しかも何にでもあう。マヨネーズみたいなものかもしれない。


エリーはこうしてこの屋敷を一人で支えてくれている。料理に掃除も今のところ全部彼女が一人でこなしている。いずれ人を雇うつもりだが、今のバタバタ具合じゃ、信頼できる人を探すのも一苦労だ。彼女は問題ないというので、今は任せっきりだ。仕事がひと段落したら、アイリスやラーサーだけじゃなく、彼女にも労いの印となるものを送ろう。


「書類の山は今日中に全部吐き出せそうだな」

サラダを口に運びながら、俺は今日の大体の予定を口にした。

「そうですね。昼には終わると思いますよ。そうしたら、ようやくアニキの腕の見せ所ですね」

「腕の見せ所? 」

なんか怪しい響きだ。

「今までは全部領民からの要望や、領の最低限必要な事ばかり目を通してきましたが、ここからはようやくアニキのしたいことができるのです。以前のヘラン領のようにしてもいいし、もっと斬新なアイデアでこの領も盛り上げもいいのです。すべてはアニキの思いのまま。きっと領民の皆さんもしっかりと協力してくれると思いますよ」

重圧乗りすぎ問題、というやつだ。サラダを食べているのに、揚げ物ものを食べたかのように胃がずしんとした。

「クルリなら楽勝だよ」

アイリスからの追い打ちも胃に響くぜ。

「そうね、この人なんでもできちゃうから」

エリーのとどめの一撃が急所にあたったところで、この話は終わりとなった。


朝食を終え、いよいよ書類の山ともおさらばという段階になったので、俺たち三人の仕事のペースはすこぶるよろしい。

執務室に籠っていたここ数日の陰鬱な空気もきれいさっぱり吐き出されていた。窓から指しこむ眩しい光もその一助になっていたかもしれない。


窓からちらりと外をのぞいた。

体長が2メートルほどまで成長したプーベエがそこに見えた。王都で貰ったライドドラゴンの卵から生まれた俺の相棒だ。空気を吸って、膨らんだ体を浮かばせて飛ぶ変わったドラゴンである。今日みたいに眩しい光が指す日なんかは、一日中空に浮かんでいたりする。領民はそんなプーベエを見て、あっ今日は一日晴れるなっていう天気予報的な使い方をしていると聞いたこともある。

プーベエがわざわざ地上に降りてきたということは、あれだろう。


ほら、エリーがプーベエの好物である食材をたっぷり持って屋敷から出てきた。プーベエは自分で餌をとってきたりもするが、お腹が空いたときには地上に降りてきてエリーから餌をもらうこともあった。規則性はない。結構自由なやつなのだ。


さて、余所見はこのくらいにして、仕事仕事。

そんな感じで時間はサクサクと進み、気が付くと屋敷に人がくる時間になっていた。来客は基本エリーが対応してくれる。

今来たのは、ロツォンさんだ。

俺の記憶がなくなる前からヘラン領で働いてくれていた有能な人だ。一時期戻ってくることを拒まれていたが、わがまま言ってなんとか引っ張ってきて今現在忙しく働いてもらっている。


「領主様、おはようございます」

執務室までやって来た彼は、いつもの礼儀正しいあいさつをした。

「おはよう、ロツォンさん。書類は今日中に片付く。これでしばらくはゆっくりとした生活ができそうだ」

「それは良かったです。領主様の働きには感服いたします」

「どうも。ところでロツォンさん、サンミャーさんという方の家をご存知でしょうか? 」

しばらく考え込んだロツォンさんは、はい、と答えた。

「大工のサンミャーさんですね。行かれるのでしたら、詳しい道順を記した紙をお渡ししましょう」

「話がはやくて助かる」

ロツォンさんは俺の手となり足となり働いてくれる方だ。しかもこんな感じで領民にも詳しいし、人望もある。使い勝手のかなりいい人材だ。


書類の山が片付いた昼頃、ゆっくりしたいというラーサーとアイリスを置いて、俺はサンミャーさんの元を訪れた。

気持ちよさそうに漂っていたプーベエに乗って、あっというまにサンミャーさんが済む地区に流れ着いた。流れ着いたといったのは、プーベエがあまり飛んでいる感じがしないからだ。ぼーっとして、風に流されているような感じなのに、しっかりと方角が定まっているし、スピードの体感以上に出ている。プーベエは隠れて高性能をもつドラゴンだった。俺の自慢である。


目的地に着き、高度を下げたプーベエから飛び降りた俺は、サンミャーさんの家の扉の前に立った。

いきなり現れた領主に、住民たちは驚いていた。これは申し訳ない。

扉をノックする。木造の日当たりのいい家である。扉も木目を加工せず、質素なつくりだ。流石は大工。


「ほーい、どなたかの? 」

出てきたのは身長が低く、横に広いタイプで40代くらいの中年男性だった。

「あれ、領主でないか? 」

「そうです。中に入ってもよろしい? 」

「も、もちろんです! 」

快く迎え入れられ、家の中にいた似た体系の奥さんにも笑顔で迎えられた。俺の評判はすこぶるいいらしい。書類に涎垂らした挙句、燃やしてしまって申し訳ないと改めて思う。


「それで、領主様、一体どのようなご用件で? 」

奥さんがお茶を運び終わると同時に、旦那さんからそう切り出された。

「えーと、あれだ、あれ。あなたの出した書類だ。その話をしに来た」

「はぁー、わざわざご足労いただいて申し訳ないです。呼んでくださればこちらから行きますのに」

「まぁそんなに畏まることはない。領主だってたまには外出したいものだ。プーベエもいることだし、広いヘラン領の移動も苦にならない」

とか言っているけど、申請書を燃やしてしまった罪悪感が本当の原動力です。


「お心遣いありがとうございます。やはりあの申請は少し無理があったでしょうか? 」

……、どうしよう。

「そうでもない。いい案だと思ったぞ」

「そ、そうですか! いやー、妻とも仲間たちともよーく話したんでさぁ。それで、この内容ならクルリ様なら認めてくれるんじゃねーかと。私はここいらの大工をまとめていますので、皆にいい報告ができるかどうかここ数日不安でして。いやー、よかった」

まずいよ、まずいよ。承認した流れになっているよ。内容も知らないのに。


「まぁ早まるな。いい案だが、まだ承認はしていない。こうして直接会いに来たんだ。もう少し具体的な話がしたい」

「ああ、これはこれはすんません」

苦笑いの旦那さんに、もうっと笑いかける奥さん。そして冷や汗を流す俺!


「ことの始まりはクルリ様が帰って来てからです。やはりクルリ様にあこがれている若者が多く手ですね。その勢いをわたしらだけじゃ受け止めきれなくて、それでクルリ様に助成を頂こうと」

まずいよ、まずいよ。全く内容が見えてこない。

俺にあこがれている? プーベエ乗っているのとか? ライドドラゴンを増やして欲しいとかって話なら無理なんだけど。全然いい案じゃないんだけど。

「あこがれているのは何人くらいなのだ? 」

「本気かどうかわからないのも含めて、ざっと300名はいます」

300人も!? おいおい、一体何するつもりなんだ? いよいよ話が見えてこないぞ。


「300人分も物資を用意できるかどうか……」

「その面は問題ないんでさぁ。要は腕が大事ですし、ものはワシら職人が集めれば不足はしませんと思うんです」

腕が大事??


俺にあこがれてて、300人もいて、腕が大事。

ああ、これはあれだ。鍛冶職人になりたいんだな。鍛冶職人だけでなく、職人になりたいが正解かな。絶対そうだ。俺の作った剣はクルリシリーズとして、この国ではかなり有名になっている。伝説の鍛冶職人と呼ばれているくらいだしな。そりゃ憧れても仕方ないというやつだ。


「はっははははっ!! 」

「きゅっ急にどうされました? 」

いやね、内容が分かったのと、憧れの人ってところが心をくすぐるんですよ。


「300人もの若者が職人になりたいと! で、まとめ役の君が職人たちに相談されたと! しかし現状では受け入れる施設も金もないと! だから申請書を出したんだな! 職人を増やせる環境を整えてくれと! 」

「は、はい……」

何を当たり前なことを今更? みたいな感じの目をしているが、俺はうれしさが止まらない。


「ようし、決めた! このヘラン領は職人天国にしてみせる。そうだ、この資源豊かなヘラン領において、資源に頼っていくことは簡単だ。しかし、そうじゃないだろう。男なら手に職持たなきゃ! サンミャーさん、今よりあなたをヘラン領職人天国化計画の総責任者に任命する。若者を育てよ、鍛え上げよ! そして築け、生産王国! 10年後、クダン国のありとあらゆる品物の裏側に刻んでやる、メイド イン ヘランとな!! 」

「は、ははぁー。大役に任命していただき、まことに、まことにありがとうございます! 」

「俺の知識も、人員も、資金も回そう。さぁ突き進むぞ! 」

「はい!! 」

旦那さんも奥さんも、俺を輝いた強い視線で見つめる。その視線の先には開かれたヘラン領の未来が見えているのだろう。

でも、それはそうと彼らに言わなくてはならないことが一つある。


「じゃ、申請書、今の内容を書いてもう一回出してね」

「申請書? あっ、はい……」

「んじゃ、よろしく」

さてさて、書類を燃やしたこともこれで処理できたし、未来のビジョンも立った。

我がヘラン領の未来は明るい。

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[一言] サンミャーさんのところで、若手が多く手となっています。多くてと修正したほうが良いかと
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