6章 16話
俺がヘラン領に戻る話は一旦アーク王子が預かってくれることとになった。3年も姿を消しておいて急に領主やります! なんてすぐに通る話でないことは想定で来ていたが、やはり相当に面倒な手続きがこれから待ち受けるらしい。
場合によってはやっぱりこの話はなしで、ということも覚悟するように言われている。その場合はアーク王子を罵ってやるつもりだ。
という訳で、しばらく時間ができた。
失った記憶は仕方ありません、これから新しい思い出をたくさん作っていきましょう。というラーサー王子の明るい呼びかけのもと、今日俺とラーサー王子とアイリス様はともに過ごすことになった。
「なんでそんなに縮こまっているの? 」
うっ。共に朝食をとっているとき、早速アイリス様からツッコミが飛んできた。俺はどうやら萎縮していたらしい。確かにさっきからサラダばかりぼそぼそと食べている。心が完全に草食動物と化していたな。
「アイリス様もラーサー王子もいるので、どうもそわそわします」
「前はいつだって一緒だったけど、そんな態度一度も見たことないよ」
「本当ですか? いや、なんだかラーサー王子とはまだ話しやすい感じはありますが、アイリス様とは住む世界が違うと言いますか。なんか一緒にいるとカチカチになってしまいます」
「アイリス様だって。ぷふふっ、おもしろい」
アイリス様は俺の呼び方がどうもおかしかったらしく、しばらく笑いが止まらなった。ラーサー王子もどこか微笑ましくこちらを伺っている。
「クルリは覚えていないだろうけど、わたしが貴族の学校に入ったころ一番身近で助けてくれていたのがクルリなんだよ? 身分差があるのに、いつも気兼ねなく接してくれてたじゃない」
身分差を忘れ、気兼ねなく接していただと!? 馬鹿な!? 俺はそんなにも無謀な男だったのか!?
「大変失礼いたしました。昔のことなので許してください」
「なんでそうなるの。失礼してたのはわたし。もー調子狂うなー」
アイリス様の機嫌を損ねてしまった。あとで殴られるかもしれない。
「ねえ、また昔みたいにアイリスって名前で呼んでよ」
「あっ、私のことも昔みたいにそのままラーサーでお願いします」
二人のことを呼び捨てか。もちろんやろうと思ってできないことではない。けど、やはり抵抗が大きいな。
とくにアイリス様のほうほ。アーク王子相手なら平気でできそうなのだが、この人はどこか格が違うというか、凄みを感じてしまう。
「……アイリスとラーサー。よろしく」
「ふふ、よろしく」
「よろしくお願いします。アニキ! 」
ああ、よかった。結構自然に言えた。それにしても、この呼び方――なんか悪くないかも。
「今日はどこ行こっか。クルリが好きそうな所なら何軒か知っているよ」
「あっ、私もです! きっと気に入る場所がいくつも」
二人して楽しそうに相談しだしのだが、俺としてはもう行きたいところがあった。というより、すごく興味深いものが。
「あのさ、二人とも楽しそうなところ悪いんだけど、俺から希望を言わせてもらってもいいか? 」
「えっ? 当然だよ。てっきり王都のこともすっかり忘れたものと思ってたから」
「そうなんだけど、一つ興味を惹かれたものがあって。ほら、ラーサーや騎士たちが乗っていたドラゴンについて」
「「ああ」」
どうやら二人ともあのドラコンたちの存在が当然すぎて頭から消えていたらしい。でないとあんなに魅力的なもの、まっさきに教えてくれるだろうから。
「あれはね、隣国のクロッシ王女が有効の証に贈ってくれたものをクダン国で繁殖させたものだよ。そういえば、輸入されたのは2年前だから、クルリは存在すら知らないのか」
「そうなりますね。もはや当たり前の存在だったので、説明していませんでした。あれはクロッシ王女の側近になったヴァインさんが改良したドラコンなんですよ。我が国に贈ってくれたのだって、アニキへの感謝も込めてだったのですから」
「ふーん。クロッシ王女にヴァインね。もしかして知り合いだったりする? 」
「ああ、そうか」 「そうでした」
アイリスとラーサーが二人して落ち込んだ。俺が忘れていることを忘れていたらしい。
「二人とも学友だった人たちだよ。訳あって帰国しちゃったけど、それはそれは深い仲なんだから」
感慨深げにアイリスが説明してくれた。
隣国の王女さままで知り合いだったとか、俺はどんな人生を歩んでいたのだろうか。一歩間違えれば足元からぶっ飛ぶくらい危うい人生だったりしないだろうか。
「あれ? そういえば先日、ライドドラゴンを乗りこなしていませんでした? 」
ラーサーたちから逃げていた時のことか。あれは必死だったからな。
それに……。
「これこれ。この剣を抜いて振り回していたら指示に従ってくれたんだ」
腰につけていた剣を鞘に入れたまま、アイリスとラーサーに見せた。
ラーサーとは切り結んだから、一度目にしているものだ。
「ドラゴンの鱗から造った剣でな、もしかしたらそのあたりが関係しているかもしれない」
「なるほど。ありえますね」
わたし達のことは忘れていたのに、鍛冶職のことだけは忘れなかったんだねーとアイリスが剣を見ながらぼやいていた。
そこを突かれると、素直にごめんなさいとしか言いようがなかった。
「ドラゴンという生き物は生まれ持った階級で完全に立場決まってしまう生き物なのです。おそらくこの剣の材料に使ったドラゴンは騎士たちが乗っていたドラゴンより格上。しかし、私のドラゴンとは同格かもしくは隠しただったのでしょう。それで指示が通らなかった説明が付きます」
説得力のある説明をありがとう。たぶんそれだ。
とすると、気になることが出てくる。
「ラーサーのドラゴンって他のとは違ったよな。見た目も大きさもスピードまでもが」
「その通りです。あれは特別な一頭ですから」
「この国に存在するライドドラゴンで最上の一頭だよ」
最上の一頭か。確かにそれだけの存在感は放っていた。スピードも一級だったし、武器を装備した男が二人腕暴れてもびくともしなかったからな。
この国で最上の一頭ということは、輸出してくれたクロッシ王女がいる国はもっとすごいのがいるのかもしれない。期待していいはずだ。
「他にどんなのがいるんだ? 」
「クダン国で確認されているのは全部で5種です」
どうせならちゃんとしたものを持ってくると言って、ラーサーはしっかり綴られた本を持ってきてくれた。
現在確認されている種類は5種。
一番格下から、灰色の鱗。先日俺が騎士から奪ったのがこれだ。
次が、黒色の鱗。
三番目に、黄色い鱗が。ちなみにレイルが所持しているライドドラゴンはこの鱗らしい。
4番目が、青い鱗。これはアイリスとアーク王子のライドドラゴンなどが代表的だ。
そして、今現在確認できている最上、赤い鱗のライドドラゴン。これはクダン国にわずか一頭しかおらず、その乗り手はラーサー・クダンだった。
ちなみに呼び方は鱗の色を名前の前に付ける呼び方が一般的だ。
レッドライドドラゴンとはこの国ではラーサーの所持する一頭を指す。
「ライドドラゴンの特徴として、一人に一頭というペアが基本となります。騎士たちで特殊な試験を突破した者にライドドラゴンの卵を授けます。およそ一週間肌身離さず持っていると孵化します。その人の力量といますか、まだ法則性の確認はとれていませんが、人により付加するドラゴンの種類が変わります」
「それでラーサーは赤い鱗を持っていたと」
「その通りです。初めての例でしたので結構慌てましたよ。もう一年も前のことです」
なんともワクワクする話じゃないか。欲しい、欲しいぞ! ライドドラゴン。
「最近は貴族の間でもライドドラゴンを所持し始め、ドラゴンの格式によって自分のステータスにしようという動きまでありますよ」
「貴族ってそういうの大好きだな」
「まったくです」
王都でそれほどに広まっていたものを俺は知らなかったのか。3年間眠り続けた代償は大きいな。
「俺もその特殊な試験を受けられないのか? 」
「アニキなら顔パスですよ。すぐにでも卵を用意させましょう」
顔パスとかいいのか? 騎士連中に嫌がらせとか受けないよね? 共同で預かってもらってる時の俺のドラゴンだけ餌をもらえない陰湿な嫌がらせを受けたり!
「そうだ! クロッシ王女から2年前にクルリ専用の卵も貰っていたんだった。他と違う訳じゃないけど、クルリ個人に贈られたものだから」
この上更に特別待遇だと!? これは俺のドラゴンが同世代のドラゴンたちから壮絶な嫌がらせを受けるパターンのやつ! お前のことを俺が守るぞ! まだ見ぬ俺のライドドラゴン!!
「そんなものがあったのですか。じゃあ、さっそく取ってきます」
使用人がたくさんいるのだから、彼らを使えば良さそうなものだが、アイリスもラーサーも自分のことはほとんど自分でやりたがる質と見た。
早速取ってくると言ったラーサーだが、城は相当広い。一人で大丈夫なのか? ているか卵はどのサイズなのだろううか。一週間肌身離さず持つと言っていたから、そう無茶なサイズではない気がするけど。
しばらく待つと、少量の汗をかきながらラーサーが大事そうに卵をかけて戻って来た。白い色で頑丈そうな殻をもった卵のサイズは、ラーサーが両手で抱えてやっと持てるほどの大きさだった。
結構大きいなこれ。
「持ってくる道中こけて落としそうになりましたよ」
と楽し気にラーサーが言ったが、おい! それは笑えないぞ!
「こんな重たそうなものを一週間肌身離さず持つのか? 」
「専用の帯がありますので、それで体に巻き付けておきましょう。背中側にします? それともお腹側? 」
そんな当然のように聞くことなのか。どっちが一般的なのだろう。
「じゃあ背中側に結び付けようかな。そっちのほうが動きやすいし」
「わかりました。縛りますので、じっとしておいてくださいよ」
ラーサーが緩んで落ちることのないように、俺の背中に卵を固定してくれた。
乳飲み子をあやすお父さんみたい!
「よし、話したいことも一通り済んだことだし、出かけましょう」
この姿で!?
俺の動揺など気にしてもらえるはずもなく、こうして俺はアイリスとラーサーに釣れ出された。良くこうして一緒に出掛けたと言われて腕を組まれたが、本当なのだろうか。まぁいいか。
ちなみに、城の中には俺と同じように体に卵を縛り付けた人物が何名かいた。
あっ、あなたもですね。なんて親近感のある視線を飛ばされたりした。
……産まれたらうちの子と友達になって貰おうっと。