6章 14話
アイリス様と遭遇した日以来、王都には俺の手配書が出回った。
しかも、日ごとに内容が更新される気合の入り方。
ある時はアイリス様からのメッセージ。
ある時はアーク王子からのメッセージ。
更にある時はラーサー王子からのメッセージまで。
なんと壮大な演技力。王子の名を語ってまで俺を捕えたいか。この手の入れよう、これは捕まったら本気で地獄を見ることになりそうだ。
あれからぼろ宿で何日か過ごして、ほとぼりが冷めるのを待っていたのだが、事態はどんどんと悪くなる。
一体誰が泊まるんだというようなボロ宿にですら手配書が回る始末。顔を隠しているかもしれないという注意書き付き。
商人たちの立ち話から見えてきた話なのだが、王都は今厳重に封鎖されているらしい。出る者も入る者も顔を厳しくチェックされるとのことだ。ターゲットは俺らしいのだが、これを機に不正な人物を一斉に炙り出そうという魂胆もあるとか。悪事を働く皆さん、迷惑かけて申し訳ない!
俺がセクハラをしたばかりに。
ネズミ一匹逃すなという厳戒態勢らしく、正直今王都から抜け出すのは厳しすぎる。自殺行為といえるだろう。
しかも、悪いことは更に重なる。
ギャップ商会の連中が王都の憲兵隊と手を組んで俺を追っているという情報も得た。セクハラごときで大げさじゃないですか。いいや、あのアイリス様にセクハラしたんだ。これくらいの報いは当然かもしれない。
とにかく、今は逃げねばならぬ。
手配書は日に日に減るどころか、更に枚数が増え、懸賞までかけられだした。
有力な情報提供者には結構な額が支払われると書かれている。
驚いたことに、手配書には俺が自分から王城に出向いた際には褒美を出すという内容まで書かれていた。
あっちの手配書にはご馳走を用意すると。あっちの手配書には金貨を用意すると。更にあっちの手配書には名剣を用意するとも。
くっそ、こちらの欲しがる物を全て的確に捉えていやがる。かなり手ごわい策士がいると見た!
正直もうお手上げだった。
王都は抜け出せないし、宿には入れない。
食料の調達もそろそろ厳しい。俺はあきらめて王城へ向かう決意をしだしていた。
しかし、事件は起きた。
王都の広場、目立つ場所でレイル・レインが刑の執行を受けていた。
騎士に囲まれた彼は、くたびれた様子でプラカード掲げていた。
『クルリ君、もう出てきて。僕のためにも出てきて』
という内容が書かれた重たそうなプラカードを一日中持っていたのだ。
ああ、哀れ。
きっとセクハラ野郎の俺を突き出す仕事を放棄したことがバレたのだ。
それでアイリス様か、王子に罰せられている途中だと容易に想像がつく。
申し訳ない、彼が腹に収めてくれた大事な情報を、俺は自分の安易な行動によってぶち壊してしまったのだ。
すまぬ、レイル! このお詫びはいつかかならず。
はやくエリーのとこに戻りたい。そして静かな暮らしをしたい。
セクハラのお詫びは長い目で償うので、どうかこの場は勘弁して。
と、そんなに甘くはなく、俺はとうとう憲兵に見つかってしまった。
直ぐに騒ぎになり、憲兵の連携した追い込みが始まった。
土地勘のある向こうのほうがやはり強く、次第に状況は悪くなる。
そのうち、馬や小型の灰色の鱗を持ったドラゴンを操る騎士たちまでも出動しだした。
屋根伝いに逃げていた俺も、飛行が可能なドラゴンの目からは逃げることができない。
「いたぞ!」
なんて気合の入った声で威圧されたときには、あっこれ終わったなって思った。
貼り付けにされてアイリス様にボッコボコにされる未来が一歩近づいた。
屋根から屋根へ飛び移り、なんとかぎりぎりで騎士たちの追跡を交わしていった。
しかし、とうとう本当の限界がやって来た。
このあたりで一番低い屋根に飛び移ってしまった俺は、小型のドラゴンに乗った10数名の騎士たちに頭上を囲まれた。屋根から飛び降りれば、下には100人を超す憲兵が待っている。
上も手詰まり。下はもはや隙間もなし。
どうせ捕まってもろくな未来は待っていまい。ならば、最後の時くらい華やかに散ってやろうではないか。
俺はライフドラゴンの鱗で作った剣を抜いた。ふう、最後に打った剣と共に散れるなんて、結構ロマンチックじゃないか。
切り結ぶのを嫌ったのか、ドラゴンを乗りこなした騎士の一人が代表して俺の視線の先まで高度を下げてきた。
相手は武器を手にしていない。どうやら交渉の余地はありそうだった。
「クルリ・ヘラン様ですね。どうかお話を聞いてください」
「話は聞こう。了承するかどうかは別だが」
「ありがとうございます。アイリス様は、いや、この国自体があなた様を正式な客として王城へと迎え入れたいと考えております。ですから、どうか抵抗せず我々についてきていただけませんか」
俺を正式な客として俺を迎え入れる? セクハラ野郎を?
バカな。ありえない。
罠だ。これは甘い罠だ。セクハラ野郎が客になりえるはずがない。
「俺の罪状はなんだ? 騎士クラスなら知っているんじゃないか?」
「罪状だなんて、まさか! あなた様には怪我を一切負わせるなと言いつけられております」
なるほど、ピカピカのままを痛めつけたいと? 過激な趣味ですな、アイリス様。
最悪自害も考えねばならない。
だがしかし、この10数名の騎士たちを切り倒せばまだ逃げ切るチャンスはある。善人を斬るのは忍びないが、この償いもまたいつか! 覚えていたらな!
「はあああ!!」
助走をつけて、まずは目の前の騎士に斬りかかる。
すぐさまドラゴンを操作して上空に逃れようとし彼だが、乗っていたドラゴンの思わぬ抵抗にあい、その思惑を果たせなかった。
急いで剣に手を伸ばすが、その時にはすでに俺の剣が彼の首元へと届く。
もちろん殺す気なんてないから、側面を打ち付けた。
激しく打たれて意識を飛ばした騎士はドラゴンから落ちた。
しめたっ! これは勝鬨ではないか!?
すぐさまドラゴンの手綱を奪った。
馬に乗る時の感覚でドラゴンを飛ばそうとするのだが……動いてくれない。馬とは操作の勝手が違うのか!?
腰をキュッキュッしてもウンともスンともしない。その間に騎士たちにきれいに陣形を固められた。しかも憲兵たちが建物に登って来ているのも見えた。
もーう! 動いて! 動かないと斬るよという威圧を込めて剣を振り回すと、ようやくドラゴンは空を飛んでくれた。
バランスを崩しかけたが、飛び出してからは乗馬とそう感覚が違わないことに気づき体制を立て直した。
騎士たちが俺の側を囲む。宙に舞い上がったはいいものの、空は全く自由に飛べるスペースがなかった。
やけくそに剣を振り回す。来たら斬る!
しかし、誰も突撃してくることはなかった。犠牲を恐れたわけじゃない。
全員がドラゴンの制御を失っていた。そして、俺たちの視線の先にスペースができる。包囲はなぜか解かれた。
そんな絶好なチャンスを逃してやることもなく、俺は隙間から飛び立った。
ドラゴンってやつは結構なスピードが出るな。
あっという間にさきほどの建物から離れっていって、もうかなり小さく見える位置まで来ていた。
ふう、公開処刑は免れたかな。
このドラゴンなら王都の厳戒態勢も突破できそうだ。災い転じて福となす、ドラゴンさん本当に感謝しております。
飛びながら、俺はさきほど騎士たちに起きた異変を顧みた。
考えられる可能性、ていうかこれしかないよな。
俺は手に握られたライフドラゴンの剣を見た。こいつを振り回した途端乗ってたドラゴンが従順になったし、他のドラゴンたちが乗りてより俺の意志を優先した。
これも偶然な幸運だったが、この場は存分に活用させてもらう。なぜそうなったかは、無事に脱出した後に知ればいい。
俺は久々に降り注ぐ日の光を全身に浴びながら、ドラゴンを飛ばせ続けた。
王都の端が見えた! 地上の厳しい検問所を見た。空にいる俺には関係のない場所だ。
あはははっ、ビバ王都脱出! ……かと思いきや。
なんか天候がおかしい。
急に曇ったぞ。
ちょっと怖いのだが、頭上を見上げた。
うわっ!? 最悪だよ。
俺の乗っているドラゴンの倍くらいのサイズのドラゴンが、真上の更に高いところを飛行していた。普通に考えて、誰か操作しているよね。
真っ赤な鱗をもったその大きなドラゴンは、精一杯のスピードで飛ぶ俺のドラゴンを楽々と追い抜いた。
そして、風を切る鋭い音を出しながら、道を塞ぐように目の前に舞い降りた。
背にはやはり操縦者がいた。
先ほどの騎士たちとはどこか雰囲気が違う。
なんというか、気品があり、高貴で高潔な存在。一瞬でそんな感情を抱いた。
そして、若い。顔を見てわかったのだが、先ほどの騎士たちは全員俺より年上だったが、目の前の男は俺よりも年下に見えた。
「3年ぶりですね、お久しぶりです。アニキ、随分と探しましたよ」
「アニキ?」
まさか。俺にこんな高貴な感じの弟がいたのか?
ごめんなさい。ダメな兄ちゃんで。お兄ちゃんは現在、セクハラの罪から逃れるため、精一杯逃走中でございます。
「アニキ、私を覚えていらっしゃらないのですか? ラーサーですよ! 」
「すまん。覚えていない。顔は似ていないから腹違いの弟か? 兄ちゃん今忙しいから見逃してくれ。捕まったら、まずいことになる」
「アニキ、話したいことが山のようにありますけど、とりあえず逃がすという選択肢だけはあり得ません! とにかく大人しく捕まってください! 」
「嫌だ! 貼り付けの刑は嫌だ! 」
「なんの話ですか!? 」
話はもう充分だ。
俺はラーサーと名乗った男の乗るドラゴンにむけて剣を振るった。
「……」
「……」
ぶんぶんと空を切る音だけが響く。
あれ? あれあれ? これでドラゴンが道を開けてくれるはずなんだけどなー。おかしいなー。
効かないドラゴンもいる!
すぐさま頭を切り替えて、俺は自分の乗るドラゴンを操り相手の腹の下に潜り込んだ。
そのまま一気に加速して、突き放す。
しかし、すぐにまた俺の頭上に雲がかかる。上を見上げれば綺麗なスタートダッシュで突き放したはずの赤いドラゴンの姿があった。これはダメだ、スピードじゃ勝ち目はゼロだ。
ドラゴンの手綱を思いっきり引き、顎を上げさせた。加速、加速を重ね、一気に上空にいる赤いドラコンのもとへ近づく。衝突するという間際まで近づき、最後の地点て体をよじり赤いドラコンの上に飛び立つ。この高度は俺の乗るドラゴンには厳しいみたいで、そうとう息を切らしていた。
けど、役目は終わりだ。
俺は赤いドラコンの上に飛び乗る。剣を振って、乗って来たドラゴンに帰るように伝えた。俺の指示は正しく伝わったようで、乗って来たドラゴンは騎士たちがいる方向へと飛び去って行った。
赤いドラコンの上に乗る俺と。腹違いの弟であろう、ラーサー。
「アニキ、どういうつもりです? 」
「あのドラコンじゃ逃げ切るのは厳しいと判断した。弟と戦うのはいささか気が引けるが、この赤いドラゴンを奪わせてもらう」
「全く。アニキはいつも無茶ばかり。でも、せっかくの機会ですし、戦ってみましょうか。今のアニキは力づくじゃないと王城までひっぱっていけそうにないですし」
うっ、やる気満々だよ。こちらが剣を構えると、ラーサーも剣を構えだした。
弟を傷つけたくないけど、下手に手加減したら逆襲にあいそう。結構強いよ、この子。なんとなくだけど、わかる。
「あのさ、俺記憶喪失で色々忘れているけど」
「記憶喪失? 全くやっかいなものに」
「自分が強いってことは知っているよ。たぶん相当」
つい先日もダンジョンで暴れたし。
「アニキが強いのは知っています。けど、この3年間で私も死ぬほど修行を積みました。ふふっ、さてあの頃は足元も見えなかったアニキの実力ですが、果たして今はどうでしょう? 」
3年前は俺のほうが強かったのか。
けど俺はほとんど寝てたみたいだし、ラーサーは死ぬほど修行を積んでいたと。
まずい、これは憧れだった人が気が付けば自分よりかなり弱くなってしまい落胆して、あっあなたもういいです。とか言われて斬り捨てられるパターンのやつ。
くそっ、ここまで来て斬り捨てられるなんて嫌だ!
「ここを凌いで元の生活に戻る。魔法も遣わさせてもらうけど、恨むなよ」
「元の生活ですか。何があったのか洗いざらい話してもらいますよ」
斬りかかって来たのはラーサーからだった。
袈裟斬り、同斬り、払い、付き、頭上からのまっすぐな一閃。
流れるような美しい剣技に、俺は防御しかできなかった。強い、間違いなく強い。
しかもかっこいい。ちょっとむかつく。
「アニキ、気を引き締めないと一気にいってしまいますよ」
すさまじいスピードで距離を詰められる。かろうじてすべての技を受けきれる。しかし、反撃の手が出せない。
ならば、空いた片手で炎魔法を発動させて、それをラーサーの胴ではじけさせる。
やけどはするだろうけど、このくらいは勘弁して。
魔法の威力でラーサーは後ろに弾き飛ばされた。
しかし、すぐに立ち上がる。ダメージはなさそうだ。体から蒸気を放っていた。
なるほど、俺の魔法に合わせて水系統の魔法で中和させたのか。
「すごいな。完璧なタイミングで打ったのに、あれを魔法であわせるとは」
「言ったでしょう? 3年前の私とは思わないことです」
3年前を知らんけど。
間髪入れず、ラーサーは剣術で攻めてくる。
一連の流れを見て想定できること。おそらく剣術はほぼ互角。ただ、ラーサーは普段から鍛えているのだろう。体力には自信がありそうだった。長期戦になればこちらが不利。しかし、魔法に関しては俺のほうが上手。だからラーサーは距離を常に詰めてくる。これでは大魔法は出せない。
しかも何が厄介って、ラーサーの使う剣だ。ラーサーの剣術自体が相当厄介なのに、使う剣の圧力が更にまずい。剣を打ち合うごとにこちらの手が痺れるほどの衝撃を与えてくる。
「この剣、恐ろしいほど斬れますよ」
「俺のもいい剣なはずなんだけどな」
そうなのだ。俺の剣もそうとう厄介な代物なはずなのに、どうも押されてしまう。
なんなんだよ、この剣は。
「ふふっ、覚えていないんですね。まぁ記憶喪失ですしね。これはアニキが姿を消す前に打った最後の剣です。相当気持ちを込めたものだったんでしょうね。神剣エクスカリバー、この剣に与えられた名です」
俺の打った剣!? まさか、こんな化け物みたいな剣も造っていたのか。それが本当なら、俺がこの剣を打ったときは一体どんな精神状態だったんだ。こんな化け物を生み出すなんて。そうとう研ぎ澄まされていたんじゃなかろうか。
「あのさ、さっきからだんだんとその剣の圧力が増していっている気がするんだけど。神剣っていうくらいだから、勘違いじゃないんだろう? 」
「気づいちゃいましたか」
切り結びながらラーサーは茶目っ気たっぷりに笑った。
「エクスカリバーは成長し続ける剣。相手が強ければ強いほど急速に進化します。たとえば、アニキなんていう強敵は絶好の成長日和です! 」
それはもう厄介というか、もはや反則だ。
体力も相手が上。剣の圧力は加速し続ける。
このまま切り結べば、まちがいなく捕らえられる。その先に待つアイリス様からの壮絶な復讐。
「ラーサー、お遊びはここまでだ」
「決着させようというわけですね。いいでしょう、こちらもとっておきを見せます」
まずはラーサーが両手で握り閉めた剣を天にかざした。神剣エクスカリバーがそれに呼応して光り輝く。
「どの魔法とも違います。アニキが残したこの剣を持つことで使える特有の魔法『光の剣舞』。これを食らえば一週間は目を覚ましませんよ。3年も待ったんです、それくらいいいですよね? 」
優しい笑顔で恐ろしいことを言いのけるラーサー。
そして、恐ろしいほど魔力が集まり凝縮されていくエクスカリバーの剣先。
これはまともに受けるとやばいな。
仕方ない、あれをするしかない。犠牲は出るが俺があれを受けるよりはいいか。
ラーサーの剣先に集まった神々しい魔力たちが、ついに剣の形に収まった。ラーサーが剣を振り下ろすと、真っ白の剣の形をした魔力が俺をめがけて飛んでくる。
「当たるまで追い続けますよ! 次に会うときは王城のベッドの上です! 」
「そう、うまくいくかな? 」
俺の秘儀を見せる時が来た。胸元に忍ばせていた、先日ギャップ商会のボスからもらった薬草を取り出す。
『目覚めよ、魔法生物!』
なぜか使えるとわかっていたこの魔法。剣術を忘れていなかったのと同じくらい自然にこの魔法を行使で来た。
空間に闇が生じた。薬草だったそれが闇に包まれ、魔法生物が飛び出した。
「うぃー!! 」
元気よく大根みたいなやつが飛び出した瞬間だった。ラーサーから飛んできた剣の魔力によって、大根はおろしになった。
さらば、大根。
尊い犠牲に感謝する。
不思議だ。なぜか罪悪感がみじんもない。そして、なんか初めてじゃない気もする。彼らを犠牲にしたのは……。
自分の究極魔法を俺の生み出した大根に防がれたことに、ラーサーは大きな衝撃を受けていた。
一瞬、彼の驚きが作ったわずかな隙を見逃しはしない。
この度は俺の番だ。両手をかざし、まだ大根たちを切り刻んで空中に残っている魔力を両手に吸い込む。ぐーんと渦上に吸い込んだ魔力を体内にため込む。
『使役する天然の魔力』
吸い込んだ魔力をそのままラーサーにお返しした。本来はそこら辺にある魔力を吸いこめば事足りるのだが、せっかく美味しそうな魔力があったので使わせてもらうことに。
超速で飛んでくる魔力を、ラーサーはエクスカリバーを盾にしながらも、その体でほとんどを受けきった。
ラーサーの体が後ろにはじかれる。意識が飛んだようだ。これでドラゴンを奪って逃げられる……。はずだったのに、俺の魔法を受けたラーサーがドラゴンから落ちて、宙に身を投げ出した。
このままいけば、ラーサーの体は地面にたたきつけられる。
先ほどまで好勝負をしていた相手を無様に死なせたくはなかった。しかも、あれは俺の弟らしいし。
ドラゴンの手綱をひいた。うんともすんとも反応しない。ライフドラゴンの剣を振っても相変わらずダメだ。
くそっ!
逃げるはずだったのに。逃げ切れるはずだったのに。
気が付けば、俺は赤いドラコンの背から飛び降りていた。
魔法を放ち、加速しながら落ち行くラーサーに追いついた。その身を抱き寄せ、ガンガン迫りくる地面の恐怖を味わった。
あと数秒で叩きつけられだろう。かたい地面に。
それは嫌だ!
今持ちうる限りの魔力を使って、地面に風魔法を打った。
風が地面に強烈に吹きかかる。地面と魔法の風がぶつかり合う反発した力が落ち行く俺たちの体をなんとか支えた。
しかし、やっぱり落ちる力が強かったらしく、ラーサーを抱きしめた俺の体は地面に若干強めに叩きつけられた。
それで十分だった。
疲れ、魔力は枯渇し、最後に地面にたたきつけれる。俺が動けなくなるには十分だった。
こうして俺は憲兵たちに担がれ、王城へと運ばれることとなる。
薄れゆく意識の中、馬車に乗せられたのだとわかった。王城への直便ですね?
逃走劇失敗。ああ、失敗。