6章 12話
いつも読んで下さりありがとうございます。だいぶ間が空いてしまいましたが、戻ってきました!
牢獄生活一日目。
ここでは無料で食事が出されます。ベッドもあります。地下なので日が入らないのが不満です。
たまに知り合いが顔を見せに来ます。
ヌーノさんです。彼が来て嬉しいことは、明かりを持っていることです。それだけです。本当、それだけです。
「昨日、あのまま戦っていたら俺とお前、どっちが勝っていた?」
彼の話は面白くないです。
ベッドで寝転がりながら、つまらない話をしに来たヌーノくんの相手をします。
「俺だね。お前ごとき勝負にならない」
「なら倒してボスに会いに行けばよかっただろ」
「だから戦いに来たわけじゃないの。会いたかっただけだから」
「そうか。お前の処遇はまだトリスターナと話し合っている段階だ。脱走なんて考えるなよ。脱走したらその時は問答無用で始末する」
「へっ。お前ごときでできんのかよ」
ここはだいぶ心が廃れます。
ヌーノくんが帰った後、真剣に脱走を考えようと思いました。
牢獄生活二日目。
今日も食事はちゃんときた。結構おいしいので、脱走はまだ勘弁してやるつもりだ。
話のつまらないヌーノは今日まだ来ていない。
その代わり、なんか背の低い男が来た。
階段から降りて来た時、わずかな光で見えたが、コート着込んでフードをかぶっていた。
彼はヌーノと違い明かりを持ってきていない。足元も危ういほどの暗さなのに、大丈夫だろうか。
それにしても何をしにここへ?
彼は牢の前に座り込んだ。
「何してんの?」
「うっわっっっ!!?!?」
声をかけたら死ぬほど驚かれた。
「人? いたのか」
「ああ、昨日捕まってここに入れられた。その声、ヌーノでもトリスターナでもないね」
「ん? ああ、どちらでもない。あいつらに捕まったのか。暗殺者か?」
「いや、違う。ただ保留的な感じでとりあえず閉じ込められている」
「それは迷惑かけるな。暗殺者が多くて警戒せずにはいられないんだ。恨まないで欲しい」
「恨んでない。飯が美味しい。本当に嫌になったら脱走するつもりだし」
「ふんっ、すごく頼もしいな。おっと、話をしている場合じゃない」
「あれ? 俺に会いに来たわけじゃないの?」
「その通り。別に用事があるのさ」
彼は牢から離れ、この地下をゆっくりと進んでいく。
すこし離れるだけで、彼の姿は一切見えなくなった。上の階から漏れている光だけではちょっとの距離でもこの通りすぐに見失う。
「もしかして牢の前で目を慣らしてた?」
「その通り」
少し離れたところから声が届いた。
見えはしないが、声はよく響くので問題なく届いた。
「明かりを持ちいらないのには何か理由が?」
「それも正解。ここの商会が何をやっているかは知っているだろう? 」
「いや、知らん」
「えっ? ああ、そうなの? それは珍しい」
姿は見えないが、彼が戸惑っているのはわかった。すまないな、世間の常識は俺には通用せん!!
「うちは薬草を売ってんだよ。その他健康食品とかもね。最近はもっと手広くやってたりもする」
「ふーん」
「あんまり興味なさそうだね。まぁいいや。この塔では各階でその商品を開発してるんだよ。あと取引所としても機能している。量産はまた別の場所だけどね」
「ふーん」
「本当に興味なさそうだね。で、ここの地下だけは例外。そもそも日が指しこまないから薬草を育てようにも出来やしないからね」
「だから牢獄か。あと物置にもなってる感じ?」
「そう、ただ最近新しい品種の改良に挑んでいるんだ。日が必要ないどころか、日を嫌う種をね。これがうまくいけば、もっといろんな土地で量産が可能になる」
「すげーなそれ」
「おっ? ようやく興味が湧いてきた?」
お互い声だけしか聞こえないのだが、なんだか面と向かって会話を楽しんでいる気分だった。こいつとは気が合う。なんとなくそう思えた。
「不思議だな。僕は基本人嫌いだけど、なんだか君とは自然に話せる」
「それ俺も思ってたところ」
「早く疑いが晴れて外に出られると良いな」
「そうだけど。なぁここのボスってどんな人か知っているか? 俺はそれが知りたくてここに来たんだ」
「……。まぁ知ってるっちゃ知っている」
「どんな人?」
「どんなって……。人嫌いかな」
「ボスも人嫌いかよ。商人としてどうなのよ、それ」
「た、確かに」
ボスも従業員も人嫌いで、武闘派の従業員も多数。ここは大丈夫かよ。
「他は? 何か知っている?」
「うーん、逆にどんなことが知りたいの? 僕ボスのことに詳しいから何でも答えられるよ」
暗闇の先から予想外な言葉が飛んできた。
これは思わぬラッキー。人嫌い同士が意外と気が合い、幹部になっちゃた系と予想。
「あー、そうだな。そうそう、なぜヘラン領の領主になりたいのか。それを聞きに来たんだ」
「ヘラン領ね。どうしてそんなことを知りたいか知らないが、まぁ答えてあげよう。あそこはボスにとって大事な土地だからね」
「大事な土地? ダータネル家が欲しがっているからその当てつけとかじゃなく?」
「まさか。そんな下らない理由じゃないさ。あそこは……。そうだ、ヌーノとトリスターナもあそこ出身だよ。3年前のあのとき……って君は多分知らないよね」
うぬ。すっかり世間知らずだと思われた。
けどそれは最近知ったんだよ。
「ヘラン領で騒動があったんだろう? 知っている」
「へぇー意外。そう、その時ヘラン領の民は苦しんでいてね。僕はその時に商会を立ち上げたんだ。利益が出るたびに寄付をしていたら、ヌーノとトリスターナが僕の元を訪れた。僕の寄付に感謝を示したいから、側においてほしいと。それ以来彼らはずっと僕を守り続けているんだ」
「いい話だな、それ」
「だろう?」
コートの男は照れ臭そうに笑っていた。声だけだが、なんとなくわかった。
それにしても、大事なことを知ることができた。
ギャップ商会のボスはダータネル家に対抗したいたわけじゃない。そんな前からあの土地に住む人々を支えていたんだから。
なら、彼に会う必要はもうないかな。そんな男が領主になるなら、いずれ領民は納得してくれることだろう。
「ありがとうな。これで俺の目的は達せられたよ」
「今ので?」
「ああ、ヘラン領の領主になる動機を聞きに来たんだ。ここのボスにやましい気持ちがないのなら、俺が彼に言うべきことはない。そういうことだから、さっそく脱走させてもらうよ」
「脱走宣言とかしていいのかい? 僕がヌーノたちにチクったらどうするんだよ」
「そこは黙ってて。せっかく仲良くなったし」
「それもそうか。数少ない話相手ができたし、勘弁しよう。じゃ、ちょっと待って。今この薬草を少し摘んで君に持たせるよ。風邪とかに効くから患ったら飲んでみて。そして機会があれば経過の報告を頼むよ」
「そんなにすごいものを、なんでこんなにコソコソと。もっと大掛かりにやればいいのに」
「こういう楽しいことは人に譲れないよ」
「なんだそれ」
コートの男が薬草を摘んでいる。姿は見えないが、随分と楽しそうにしていると思う。
この男、入って来たときから思っていたのだが、多分相当薬草のことが好きだ。俺と話をしている間も薬草をいじる手を一切止めていたなかった。そして、この地下室に今現在充満している匂いは薬草の匂いだ。日々触っているから、彼の体には相当しみ込んでいて薬草の匂いがなかなか取れないのだろう。
そういう人間は好きだ。
こういう場所で会っていなかったらきっと友人になれていたかもしない。
さて、別れは残念だが、そろそろ脱走させてもらう。
俺は魔法で生み出した風の刃で、牢を切り裂いた。
最後にいい出会いがあったし、ここでの二日も無駄じゃなかったな。
牢を出た後、側に人が近づく気配があった。コートの男だ。
彼は俺の手を取り、薬草を握らせる。
「擦りつぶして飲むんだよ。多少苦いが、それがまたいいでしょ?」
「確かに」
薬は苦ければ苦いほどいい。なんかそっちのほうが効きそうな気がする。
「じゃ、俺行くわ」
「元気で」
顔の見えない相手と別れの挨拶を交わした。
彼はまた地下の隅へと移動していった。俺が脱走した後も変わらず薬草をいじるのか。どこまで好きなんだ。
地下から一回へ通じる扉をくぐるとき、最後に一つ聞いておこうと思った。
「あんた名前はなんて言うんだ?」
「僕は……トリスターナには名乗るのを禁止されているんだけど、なんだか君になら名乗ってもいい気がしてきた」
「え? なんて?」
「気にしないで。僕はトト・ギャップ」
トト・ギャップ……。あれ? ここの商会の名前は……ギャップ商会。偶然?
「もしかして、ボスの親族か何か?」
「いいや、僕がここのボスだ」
「ああ、なるほど」
これは驚いた。ずっとボス本人と話していたわけか。顔を拝んでおきたいが、脱走もせにゃならん。うーん、顔はあきらめるか。
「ヘラン領の話、あれは信じていいんだな」
「間違いなく。あれは僕の気持ちさ」
「そうか。本名を名乗ってくれたお礼に、俺の本名も名乗っておくよ。俺の名前はクルリ・ヘラン。鍛冶屋を営んでいる。じゃあ、な!」
俺は扉を開いて走り出した。
地下から現れた俺に従業員たちは驚き戸惑っていた。俺は走りに走った。
ここのボスがいいやつだとわかったから、彼らには暴力を振るいたくなかった。
走ってたら外に出ることができた。
振り返ったらヌーノとコート着込んでフードをかぶった男が見えた。地下にいたボスかもしれない。
けど、ここでお別れた。
俺は塀のわずかな凹凸を利用して駆け上り、彼らに笑顔で手を振って別れを告げた。
さて、次は王城を目指すか。