340.魔導武具見学
食事を終えると、四人で屋敷の裏へと移動する。
スカルファロット家の魔導師が、魔導ランタンでダリヤの足元を照らしてくれた。
屋敷の灯りで周囲はそれなりに明るいが、初めての場所、夜目の利かぬ自分にはありがたいことだ。
見上げる冬空には、すでに星が瞬いている。
ダリヤはコートを羽織っていたが、ヴォルフ達は上着だけでそれぞれ武具を手にしていた。
ヴォルフは氷翅刃の魔剣――とはいえ、柄だけだが、グイードは氷蜘蛛の短杖、ヨナスは魔剣闇夜斬りである。
「さて、では私からいこう」
ダリヤ達から少し離れ、グイードが氷蜘蛛の短杖を右手に持つ。
伸縮性のそれをすうと伸ばすと、指揮棒のように一度振った。
「え?」
瞬時に伸びたのは、真っ白な刃。
氷でできたそれは、王城で見る長剣のように整っていた。
短杖が長剣に変身したかのようだ。氷の持ち手が冷たくないのかと心配になったが、グイードは平然としている。
そのまま剣を両手で構えると、刃の周囲に白い氷がするすると伸びていく。
それは見事な流線を描き、花弁のように剣を飾った。
「蓮……」
氷でできた大きな蓮は、ため息が出る程に美しい。
しかし、鑑賞する時間はそれほどなかった。
グイードは剣を振ると、あっさり氷の花弁を散らせてしまう。地面に落ちたそれは粉々になってしまった。
そっと外せばそのまま飾れそうだったのに――ついそう思ってしまったとき、再び白く氷が伸ばされた。
もこもことした白い氷は、前世、写真で見た樹氷と似ている。
違うのは細かく枝分かれし、カスミ草の花束のようにふわりと広がっていくところだ。
「こんなところかな」
声もなく見入っていると、グイードが再び剣を振る。
氷の小花は純白の氷片となって地面に舞い落ちた。
「もったいない……」
思わずつぶやいてしまい、青い目が楽しげに自分を見るのにはっとする。
「ロセッティ殿、いつでも咲かせるので言ってくれ」
「す、すみません、つい……」
おかしなことを言ってしまった自分を恥じた。
氷の蓮もかすみ草も飾っておきたいきれいさだったが、それは氷蜘蛛短杖の本来の使い方ではないだろう。
でも、攻撃には向いていなくても、グイードらしい優雅な使い方だと思えた。
「次は、氷続きでヴォルフかな」
「はい!」
名を呼ばれたヴォルフが、グイードと場所を取り替えるかのように移動する。
「いきます!」
明るい声で言った彼は、氷翅刃の魔剣を持つ。
先日ダリヤと共に作ったそれは、柄しかない。しかも、氷蜘蛛短杖とは違い、魔力が弱い。
比べれば貧弱に思えるそれを、グイードの後に見せてもらうことが少しだけ申し訳なくなる。
だが、ヴォルフはとても楽しげに、柄に両手を添えた。
「氷翅刃」
詠唱ではなく、確認の声。それなのに、強めの魔力を感じたのは気のせいか。
青白く発光した柄から、するすると透明な刃が伸びた。
まさに虫の羽根を思わせる薄さのそれは、とても脆いはずだ。
たちまちに伸びていく刃に、いつ折れるかと見入ったが、呆気なく長剣ほどの長さとなった。
「ほう、だいぶ伸びるのが早くなったね」
感心したらしいつぶやきが、自分の隣からこぼれる。
弟の魔剣を見つめるグイードは、なんとも楽しそうだ。隣のヨナスは、確認するかのように錆色の目を細めていた。
雲間から出た半月の光が、伸びていく透明な刃を淡く光らせる。
音もなく伸びた刃は、ヴォルフの身長を軽く超えていた。
折れもせず、途中で太くも細くもなっていないところを見ると、一定の魔力をきっちり入れ続けることができている。それは魔力制御がなかなかうまいということで――だからヴォルフは天狼の腕輪が使いこなせるのだと納得した。
「これ以上は自重で折れてしまうかな……」
少しばかりもったいない表情をしつつも、ヴォルフは伸ばすのをやめる。
そして、安全の為であろう、氷の刃を根元からパキンと折り、地面に寝かせた。
「ずいぶん長く伸ばせるようになったんですね」
「うん、ここで練習したから」
いい笑顔で答えられた。
確かに、氷翅刃の魔剣を王城内で使っていたら目立ちそうである。
「次はヨナス先生ですね」
「わかりました」
今度はヨナスが同じ場所に立つのかと思ったが違ったらしい。
ヨナスはグイードやヴォルフのいたところより、さらに遠くへ歩いて行った。
「では、ダリヤ先生、ご覧のほどを」
「あ、はい!」
いきなりの名指しに、どきりとしつつもうなずく。
ヨナスが赤い鞘から魔剣闇夜斬りを引き抜くと、ふわりと魔力の波が広がった。
剣を持った右腕をまっすぐに天へ伸ばすと、赤みのある金の刀身に火が灯る。
暗褐色から深紅、明るい朱、鮮やかな橙、白に近いまぶしい黄――見事なグラデーションの火柱が、天を目指すかのように高く伸びた。
「……っ!」
ダリヤは震えそうになった手をぎゅっと握りしめる。
ヨナスがこれほど距離を取った理由を理解した。
炎の熱さも多少あるが、何より魔力の揺れが大きい。構えていても目眩を起こしそうなそれは、高魔力の者ならではだ。
煌々たる炎の輝きは、月よりも明るい。
「そこまでだ、ヨナス」
グイードの制止に、ヨナスが剣を下げる。それと共に、火柱が一気に消えた。
まるで今のが夢であったかのように、あたりの闇が一段濃く感じられる。
「ちょっと冷えてきたね。風邪をひかぬよう、皆、お湯割りで暖まるとしよう」
グイードの言葉に、ヴォルフがうなずく。
魔剣闇夜斬りに炎が灯った時間はそう長くない。ヨナスは無表情なままだが、まだ余力はありそうだ。
ダリヤが魔力酔いをしないようにと、気を使ってくれたのかもしれない。
「もうちょっと見ていたいところではあるんだが、焼けた髪はポーションでも戻せないからね」
「え、ヨナス先生の髪が――大丈夫でしたか?」
確かに凄い火柱だった。真下にいればかなり熱いだろう。
ヨナスは魔付きであり、その右手にウロコがあるから耐熱もそれなりにありそうだ。
しかし、その頭は当然髪の毛があるわけで――燃えて火傷でもしたら大変である。
「ダリヤ先生、問題ございませんでしたのでお気遣いなく」
「危なそうになると、兄が頭から水をかけるから大丈夫だよ」
同時に告げる二人に、言葉と顔に困る。
迷ってグイードに視線を向けると、優雅に微笑まれた。
「あれ以上になるなら、ヨナスにカツラを用意するつもりなんだ。この際、熱に強い魔導具的なものもいいかと思っていてね。そのときはロセッティ殿にも相談するよ」
笑んだ兄弟ととても無表情の仕事仲間の前、ダリヤは曖昧にうなずくしかなかった。