329. 人工魔剣制作8回目~氷翅刃の魔剣
「今回は実験です。実用性に乏しい、あくまで見た目を追求した魔剣を作ってみたいと思います」
「ええと、それはどのような魔剣で……?」
一階の作業場で、隣のヴォルフが思いきり混乱している。
ダリヤ自身おかしいことを言っている自覚もある。
だが、このところいろいろと忙しく、実用性と安全性があると思える魔剣設計ができていない。
よって、本日は今後のための実験ということにする。
もっとも、氷の魔石を使う練習として、ダリヤはそれなりに引いたことのある魔導回路の流用だ。
「こちらを使って実験します」
作業テーブルの上に用意したのは、ほんのわずかだが、氷龍のウロコの粉、そして、長剣の持ち手だけ、小型の氷の魔石二つ、そして、青銀の輝くミスリルの小さな薄い板である。
「ダリヤ、刃がないんだけど?」
「それはヴォルフに作ってもらいたいと思います」
「俺が、作る?」
自分の言葉に、彼がさらに混乱している。
無理もない。
ダリヤも今世、刃のない剣というのは見たことがない。
前世は映画で光るビームの剣はあったが、これから作るものとはまったく違う。
「はい、氷で刃を作る実験です。説明しながらいきますね。最初に柄の内側に氷魔法制御の魔導回路を引きます。氷龍のウロコの粉がほんの少しあるので、氷魔法の安定のために使います」
言い終えると、太めの柄を二つに開く。
この柄は、行きつけの武器屋の主が取り寄せてくれた品だ。
刃が要らず柄だけと伝えると不思議がられたが、魔導具の実験用と言って納得してもらった。
鈍い銀色のそれは、まだ持ち手の革紐も巻かれていない、金属のままだ。
すでに回路図は頭に入っているので、完全に同じものを二度、スプーン五分の一ほどの氷龍のウロコの粉を付与し、細い線を組み合わせた魔導回路を引いていく。
わずかに水色を帯びた自分の魔力が、細い針金のように柄の内側を進むのは、なかなか楽しい。
しかし、強い魔力はいらないが、隣の回路線とくっついた時点でやり直しである。
ダリヤは慎重に魔導回路を引いていった。
「ダリヤ、大丈夫?」
柄の魔導回路を二つとも付与すると、真横のヴォルフに声をかけられた。
「ええ、大丈夫です。魔力はそれほど使わないので。ただ、回路が細いだけなんです」
「それ、すごく細かいよね。神経はすごく使いそうだ」
「オズヴァルド先生の立体魔導回路に比べたらなんてことはないです。この回路の線の長さ、あの半分もないんですよ……」
思い出すのは、この前、氷蜘蛛短杖を作ってもらったときの、オズヴァルドの付与。
銀の蜘蛛の糸のような魔力で空中に引かれていく、精密な魔導回路。
魔導具師の見本のようなそれを思い出せば、自分の技術の足りなさが痛いほどわかる。
ダリヤは、オズヴァルドのように空中での魔導回路作成はできない。
このため、柄を分解したものの内側に魔導回路を二面で引くことにしたのだ。
幸い一回で成功したが、柄のスペアがあと三本、棚にあることは秘密である。
「では、次にミスリルの板を、柄の鍔の内側に合わせて、輪に加工します。ここから氷を通す形です」
「なるほど、その間を通して、氷の魔石から出てくる氷を刃に整形するんだね」
ヴォルフも魔導具についてはかなりくわしくなっている。理解が早かった。
「ええ、そうです。では、加工していきますね」
ミスリルの板は、手元のミスリルの工具を使って輪とし、少しだけ片側を細く詰める。
手に当たっても切れぬよう、丸みもきちんとつけ――フェルモから教わった、輪の隙間の遊びも入れた。
これで多少の衝撃を受けても大きく歪むことはない。
「これは柄の根元につけて、氷の魔石を二つ、内側にセットして、直列でつながる形にします」
以前作った『凍えし魔剣』とは違い、金属の刃はない。
刃側の鍔の裏にミスリルの輪をつけ、柄の中央に小型の氷の魔石をセットする。
だが、この柄には、紐もボタンもない。発動は術者の体内魔力の揺れである。
「氷をですね、こう――まっすぐ伸ばしながら作ります」
ダリヤが軽く魔力を通すと、柄がわずかに青白く発光した。
わずかに白さのある半透明の氷が、鍔の部分、ミスリルを輪とした隙間から少しだけ伸びる。
とても薄い氷だが、無事、魔導回路は動作するようだ。
「氷の剣だ!」
見開かれた黄金の目はきらきら光り、短い氷の刃に釘付けだ。
「攻撃力はないですからね、ただ氷だけの刃ですから」
ただの薄い氷なので威力はない。
テーブルにぶつけただけでもパリンといってしまうほど、薄く脆い。
「すみませんが、ヴォルフが使うように紅血設定をお願いします」
「謝らなくてもいいよ、ダリヤ。むしろ俺だけの魔剣になるんだからうれしいし」
指に刺す針を手に、彼は屈託なく笑う。
しかし、ダリヤにとっては、魔導具の紅血設定とはいえ、指に針を刺すというのはどうも慣れない。
唾液でできないのかと父に聞いたり、こっそり試したりしたこともあるのだが駄目だった。
指先に赤い球を浮き上がらせるヴォルフを見ていると、王城の魔導具師か錬金術師に他の方法を研究して頂きたいと切実に思う。
「あとは、魔力をゆっくり入れる感じで……伸びすぎると自重で折れると思いますので、ほどほどで」
「わかった、じゃあ、やってみる……!」
まるで戦いに赴くように真剣な顔で、ヴォルフが長剣を両手で持つ。
数秒後、彼の意志に応え、薄氷の刃がするすると伸びた。
ダリヤのときよりもはるかに速く、その刃は長い。
たちまちにヴォルフの表情が明るく――とても楽しげなものに変わっていく。
「すごいよ! 母の氷剣みたいだ! 俺にもこんなことができるなんて!」
興奮で大きくなった声が、塔の石壁に反響する。
その手には、通常の剣と同じくらいの長さの、氷の剣ができていた。
先日、氷の短杖を作ったときから、ずっと考えていた。
ヴォルフが自分の意志で伸ばせる氷の剣があれば喜ぶのではないか、と。
だが、ダリヤの魔力量では、丈夫な長剣に、氷龍やその他の氷魔法効果のある魔物素材を付与するのは無理である。
また、過去のデータもないので相性や効果もわからない。
このため、安全であると判断した内容での実験だったが、ここまで喜んでもらえるとは思わなかった。
「氷剣……本物の氷の剣だ……」
気がつけば、ヴォルフが氷の刃に頬をぺたりと当てていた。
すぐ止めようとしてその恍惚とした表情に思いとどまる。
刃の形状ではあるが、横に勢いよく引かない限り、指は切れない。
いや、身体強化をしたヴォルフであれば、それでも傷はつかないかもしれないが。
なお、ダリヤはお試しで指先の皮を削ってしまったが、絶対に内緒にしておくことにする。
「あの……ヴォルフ、頬が赤くなってきてます。続けていると手も冷えますから……」
ちょっとの時間を空けたが、どうにも心配になって声をかける。
うれしがっている彼をみるのもうれしいが、あくまで氷である。
「俺は冷え性じゃないから大丈夫! 床がぬれるとまずいようなら、これからちょっと庭で使ってくる」
「やめてください、外は寒いのに風邪をひいたらどうするんですか?」
そう言った瞬間、ヴォルフの顔の横、ぱきりと氷の刃が折れた。
「ああ! 俺の剣が!」
ヴォルフが嘆きの声を上げつつも、床に落ちる前に手でつかんだ。
すぐ伸ばせるのだから、そんなに悲しそうな目で氷を見ないで頂きたい。
「その折れた氷は捨ててください。二階の温熱座卓に入ったら、好きなだけ氷を出していいですから」
横に氷を受け止めるバケツを置けばいいだろう。
ヴォルフから柄を取り上げるのはかわいそうだし、とにかく風邪はひかせたくない。
「捨てるなんてもったいないよ! あ、これをグラスに入れて乾杯しよう! 氷がなくなったら、またこれで出せばいい」
氷の魔石そのものがあるのに、なぜそれにこだわる必要があるのか?
むしろ、刃の形状は飲むときに危ない気がするのだが。
手が冷えるのもかまわず、刃型の氷をしっかりつかむヴォルフは少年のような笑顔で――
もしかすると、母であるヴァネッサの思い出を重ねているのかもしれない。
そう思えたダリヤは、そのままうなずくことにした。
「……わかりました。でも、あんまり長いと、グラスからはみ出ますよ」
「なら、今日は折って、次はこれに合わせた幅で、高さが思いきりあるグラスを特注するよ」
「それ、飲むのに大変じゃないですか……?」
ダリヤの脳裏を前世のメスシリンダーがよぎる。
高さのあるあれで酒を飲むのは、ちょっと苦労しそうだ。
「大丈夫! そうだ、この魔剣は、どんな名前にしよう?」
無邪気に笑うヴォルフに、実行しないことを祈りつつ、魔剣の名前を考える。
グラスに入れられたなら、酒の中、からんと音をたてて揺れるであろう、氷の刃。
「素直に言うなら、『刃型製氷魔剣』ですね」
「うん、ダリヤ……本当にその通りなんだけど……」
そのかわいそうな子を見る目をやめていただきたい。
機能的に正しく言っただけではないか。
「魔剣の名付けは、ヴォルフに譲りますよ」
「じゃあ――虫の翅を思わせるこの美しさに、『氷翅刃の魔剣』というのはどうだろう?」
「なるほど……いいですね!」
同じ氷ではあるのだが、確かに昆虫の翅を思わせる見た目だ。
『氷翅刃』の響きもいい。
「これで俺も、兄の横で氷を出す練習ができそうだ」
「グイード様と練習ですか?」
不意のヴォルフの言葉に、つい聞き返す。
グイードが魔導師として氷を出す練習に、弟のヴォルフも付き合っているのだろうか?
「ああ、うちの兄が短杖に魔力を回して、屋敷の裏で大きな花型にする練習をしてる。義姉上とグローリアに見せたいんだって。氷の薔薇の形にしたいらしいけど、まだどう見ても蓮っぽいんだよね」
グイードの短杖の使用方法が、芸術的方向に進んでいるらしい。
その氷の花をちょっと見たい。
「ヨナス先生はまっすぐ上に伸ばして、色変えの練習をしてる。赤からオレンジだけじゃなく、より白に近くできないかって。色が変わるのが面白くて、『大道芸人みたいだ』って言ったら、その後の打ち合いがひどいことになったけど……」
ヴォルフが苦笑しつつ教えてくれた。
だが、ヨナスに対して地雷を踏み抜く発言をしているので、仕方ないだろう。
それにしても、ヨナスの剣はただの照明から、灯りによる芸の域になっているらしい。
こちらもちょっと見せて頂きたいところだ。
だが、その二人の武器に比べて、脆く薄いただの氷というのはどうなのか、それが気がかりだ。
魔物討伐どころか、練習の打ち合いにも使えない。
「やっぱり、ヴォルフは威力のある魔剣がほしいですよね? 私だと威力も出せないですし、魔物討伐用に早めにほしいとかはありませんか?」
「いや、時間がかかってもかまわないよ。ダリヤのおかげで魔物と戦うのにもいろいろと便利になったし、弓騎士と魔導師も増えるから、危ないことも減りそうなんだ。それに何より、毎回こうして作るのを見せてもらうのが楽しいし」
「それならいいんですが……」
「それに、ダリヤの作る魔剣はだんだん強くなってるじゃないか。俺達二人とも白髪になる頃には、竜を倒せるくらいの魔剣ができているかもしれない……」
夢見るまなざしとなったヴォルフに、ふと考える。
二人とも白髪になる頃とは、一体、何十年かけて魔剣を完成させる気なのだ?
あと、いくらなんでも竜を倒すのは無理ではないかと思う。ワイバーンでも難しそうだ。
だが、長い時間をかけて、ヴォルフと共に魔剣を作っていくのはきっと楽しい。
魔剣の完成が延びれば、それだけ彼と共にいられる時間が長く――いや、魔剣が完成しても、こうして会えるとは思うのだけれど。
「ごめん、ダリヤ。女性に白髪の話をするのは失礼だった……」
ヴォルフの声に、はっと我に返る。
黙っていたので、気を使わせてしまったらしい。
東酒とワインで、思いの外、酔いが回っていたようだ。
「いえ、次の魔剣のことを考えていただけです。お互いが白髪になるまでには、強くていい魔剣を作りたいですね」
ダリヤは内で祈りをこめ、明るく笑った。
お読み頂いてありがとうございます。
『魔導具師ダリヤはうつむかない』6巻、『服飾師ルチアはあきらめない』書影が出ました。
活動報告(2021年3月31日)にてご紹介しています。