315.冬の寝間着とクッションリス
(区切りの関係で短めです)
年が明けて三日。
新年初日、王城魔導具制作部長のウロスから借りた魔導書――それをひたすら書き写して徹夜した。
魔導回路の短縮化はなかなかに奥が深く、夢中になってしまった。
二日、昼過ぎにルチアが差し入れを持ってやってきた。冬祭りや仕事の話をしつつお茶を飲み、のんびりと話をした。
帰り際、ルチアは『ダリヤが前に言ってた冬の寝間着試作!』と笑って、大袋を置いていった。
そして、今日は三日。
魔導書の書き写しをした後、仕事場で、魔封板に開けた穴に魔力を通す訓練をしている。
これは父に教わった魔力制御の基礎訓練で、休みに関係なく続けていた。
魔封板の小さな穴の先、髪の毛より細い魔力がまっすぐ進む。
しかし、その魔力を少し曲げることはできても、二つに分けることはできなかった。
父のように魔力を枝分かれさせられるようになるのは、まだまだ先らしい。
先日、この仕事場で商業ギルド長であるレオーネ、そして、ゾーラ商会長であるオズヴァルドの付与を見た。
王城の魔導具制作部でも、先輩魔導具師達に付与を見せてもらった。
残念に思えるのは、自分の魔力の少なさ。
つくづく認識したのは、技術のなさだ。
かといって、魔力制御の訓練を闇雲にやっても、上達する訳ではない。
以前、父に制御のコツを聞いたとき、『意識と時間と工夫』と答えられた。
きっと、ダリヤにはどれもまだ足りないのだろう。
額から流れる汗をふくと、練習用の魔封板を片付ける。
机の上には、魔導具製作用の赤い作業用手袋、そして、硬質化付きミスリル工具がある。
前者は王城魔導具制作部のウロスにもらったもの、後者は商会で買ってもらい、先輩職人であるフェルモとお揃いである。
こうして見るだけでも勇気づけられる品だ。
父に見せたかったと、ちょっとだけ思ってしまうが。
「あ、もう夕方……」
手元に魔導ランタンを置いていたので、気づくのが遅れた。
窓の外はすでに完全な紺色だ。
ヴォルフは本日まで王城、明日四日からようやく休みだと聞いている。
今日のうちにお肉をタレに漬け込んでおくのもいいかもしれない――そう思ったとき、ノックの音がした。
「こんばんは、ダリヤ」
「え、ヴォルフ?!」
休みは明日からだと聞いていた。
本日は来客予定はもちろん、新年なので届け物もないと思った。
だから、化粧もしておらず、髪は一本結い、服装はルチア製作の寝間着試作品。
ようするに、起きがけとほぼ一緒。
身繕いをしてくるべきだろうが、寒い中、玄関前にヴォルフを待たせておきたくはない。
あわあわしていると、遠慮がちな声が響いた。
「すまない。差し入れを届けに来ただけだから、ダリヤの都合が悪いなら、ここに置いて帰るよ。また明日――」
「いえ、大丈夫です!」
思わずドアを開けていた。
大きな布包みを持ったヴォルフは、急に開いたドアに目を丸くし――その後に自分を見て、さらに目をまん丸にした。
「……ええと、ダリヤ……それは……王都の、流行?」
困惑のにじみまくる声を聞きつつ、彼を中に招き入れる。
「ルチアからもらった、暖かい夜の服の試作です。背中に、携帯温風器を背負っています」
厚めの毛布の生地で作られたそれは、上下一体、このまま眠れるよう、ゆるめの作りだ。
首、袖口、足首部分は任意で開けるか閉めるかをボタンで調整できる。
これを着て携帯温風器を背負えば、いい感じに身体の周囲に風が回り、部屋が寒くても平気だ。
塔のあちこちを移動するダリヤには、大変便利でありがたい一着である。
「うん……とても、暖かそうだね……」
実際、ぬくぬくと暖かい。
ただし、一番暖かい毛布と同じ生地を使用したので、色合いは少し薄めのキャメル――ラクダ色。
形は歩くのに支障はないが、たっぷりのドルマンスリーブ、つまりは腕から足にかけ、かなりゆとりがある。
なかなか服としては見ない形だ。
「ヴォルフ、遠慮なく正直にどうぞ。どう見えますか?」
わざと両手を上げて言うと、彼は素直に答えた。
「……『クッションリス』……ごめん! 女性に対して言うことじゃないよね、あくまでその服のことであって!」
「大丈夫です、私もそう思いましたので」
クッションリスは、前世のモモンガやムササビではないかと思える動物である。
前脚から後脚につながる飛膜を広げて滑空するのは一緒だ。
飛ぶ姿がクッションのようなので、クッションリスと名付けられたらしい。
ダリヤは棚から大袋を取り出すと、机の上に置く。
「ルチアからもう一枚もらっていますので、試着ご協力をお願いします! 背の高い成人男性用です。暖かいですよ!」
「あ、ありがとう……」
ヴォルフに会うのに、新年最初にこの格好はどうだとか、見た目があれだとか、いろいろと思うところはあるが横に置く。
携帯温風器をよりよく使うための試作である。
ヴォルフも着せて巻き込めば――訂正、同じ服装をすればまったく恥ずかしくないはずだ。
大袋から取り出した服を渡せば、彼は素直に着始めた。
ルチアは背の高い成人男性用と言っていたが、どう見てもヴォルフのサイズぴったりである。
黒いコートを脱いだシャツの上、キャメル色の寝間着。
モモンガ仲間になるはずが、ヴォルフが首回りを指で整えると、なかなかいい感じに見える。
世の中はまったくもって不公平である。
「これ、隊の遠征で使っている『着る寝袋』よりいいかも……」
ヴォルフが手を動かしつつ言う。
以前、魔物討伐部隊の遠征では、寒い時期、手足が出せてそのまま歩ける毛布を使っている、ちょっとだけごわつくのと、それでも寒いという話を聞いた。
それならばもうちょっと動きやすい『着る毛布』のようなものがあればと思ったのだが――ルチアに動ける寝具や寝間着を知らないかと尋ねたところ、それを超える服を作ってきた。
厚めの生地なのに、着ているのを意識しなくていいほどの動きやすさ。
服飾魔導工房の魔導師によって、軽量化魔法が付与されているからだ。
ダリヤは温風の回り具合優先で付けていないが、腰や肩のベルトを締めるとさらに動きやすくなる。
「このままでも動けるし、寝られるね。寝るときには横向けで寝て、あ、背中から前に携帯温風器を持ってくるのもありか……」
「寝るときは低温だけにして、火傷をしないように気をつけないといけないかもしれません」
「そうか。これ、冬の遠征には絶対いい! 屋外だから、もうちょっと丈夫な生地の方がいいかもしれないけど……あ、いつから販売予定なんだろう?」
「ルチアに聞いてみないとわからないですが、作るのはそんなに時間がかからないと言っていました」
試作は大変だったのではないかと尋ねた自分に、ルチアはドレスやスーツと違って、そんなに時間はかからない。片手間で縫ったと笑っていた。
流石、服飾魔導工房長だと思う余裕だった。
「そうなんだ。だと、隊長に相談してから服飾魔導工房にお願いしてもらう形でいいかな?」
「ええ。ルチアもきっと喜ぶと思います」
ダリヤは友の明るい笑顔を想像しつつ、うなずいた。
この二日後、服飾魔導工房に魔物討伐部隊の使者が向かうことになる。
服飾魔導工房長であるルチア・ファーノは整った笑顔で礼を述べ、依頼を請け負ったという。
そのしばらく後、赤髪の女の名が悲鳴のごとく叫ばれたが――工房内だけの秘密である。
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