300.炭酸水の乾杯と約束
ご感想と応援をありがとうございます。
おかげさまで5巻、本日発売です。どうぞよろしくお願いします。
「お二人とも、すごい付与でした……」
「ああ。俺は魔導具についてくわしくないけど、すごいと思った……」
レオーネ達を見送った後、ダリヤとヴォルフは作業場で一息ついていた。
夜も遅いので、グラスに炭酸水を注ぎ、軽くグラスを合わせる。
ノンアルコールだが、魔剣と短杖完成のお祝いの気持ちを込めてだ。
渇いた喉には、しゅわしゅわとした炭酸水がとても心地よく通った。
作業用テーブルの上、最後に確認したのは二つの箱。
一つは、レオーネの持ち込んだ濃紅色の箱だ。砂蜥蜴の革製で飾り張りのあるそれは、なかなかに凝った造りだ。
その中に魔剣闇夜斬りを入れると、そっと蓋を閉める。
剣はもちろん、この箱も、ヨナスによく似合いそうだ。
もう一つは、氷蜘蛛短杖を入れる濃い青のケース、そして小型の鞄だ。
こちらはフェルモに依頼した。
ケースは出し入れしやすいよう、内側が滑りのいい魔蚕の青絹、外側が革である。
小型の鞄は、布とクッション材による『割れ物入れ』の造りで、外側が革、端や持ち手のつなぎは銀の金具で仕上げてあった。
どちらも青の植物染料で三度染めた魔羊の革だと聞いている。
その深い青に、ヴォルフが『きっと兄に似合う』と弟の顔で喜んでいた。
それぞれ、中身はもちろん、ケースも気に入ってもらえることを願いたい。
「ダリヤの付与もすごいけど、魔導具師によって、ずいぶんやり方が違うんだね」
グラスを半分ほど空けたヴォルフが、付与に関する話題を続ける。
ダリヤはそれにうなずいて答えた。
「そうですね。私もここまで違うのかと、ちょっと驚きました」
「ダリヤも?」
「ええ、私は学院の頃と、父と兄弟子の付与しか見てこなかったので。最近になって、オズヴァルド先生や王城の方々の付与を見せて頂けて……先輩方の付与は、とても勉強になります」
高等学院卒業後は、他の魔導具師の付与魔法を見る機会はあまりない。
大きな魔導具制作工房や王城のように、多くの仲間がいる環境であれば別だが――それでも、己の技術や付与方法は秘密にすることが多いのだ。
本日、レオーネとオズヴァルド、二人の魔導具師の付与を見せてもらえたのは、本当に貴重で、ありがたいことだと思う。
「先輩と言えば、ベルニージ様達が魔物討伐部隊に復帰して、見習い隊員になったよ」
「お披露目の日に伺いました。ベルニージ様達が見習い隊員だと、ヴォルフ達は……」
対応が大変ではないか、そう言いかけてやめる。
ベルニージ達復帰騎士は、任務に一生懸命なはずである。もちろんヴォルフ達、隊員もだ。
「正直、対応に迷うよね。見習い隊員と言われても、大先輩なわけだし」
ヴォルフの眉間に皺が寄る。
隠さぬ困り顔に、ダリヤはその大変さをはっきり感じた。
「その、話しかけづらいとか、鍛錬で義足や義手が気になるとかがありますか?」
「いや、それはない。その、見習い隊員としてのやる気にとても満ちあふれていて……試験で魔物に関する学科の点数がよくなかったとかで、昔と今の魔物の違いについて、隊長を呼んで、全員で補習を受けてた」
「全員で補習……」
自分達から補習を願うとは、なんと真面目なことだろうか。
確かに新しい魔物が発見されたり、年代によって数や生息地が変わることもある。
また、変異種が生まれることもあるので、隊員は常に追加で覚えていかなければならない。
「隊長が質問攻めで疲れ果ててた。その後、この前のワイバーンと赤熊の話をよく聞かせろって、俺含む赤鎧が全員捕まって……」
「本当に、やる気に満ちあふれていらっしゃったんですね……」
遠い目になった彼に納得する。よほど事細かに根掘り葉掘り尋ねられたに違いない。
「質問に全部答えたら、『実技も一通り補習を!』って言われたんだけど、対人戦はベルニージ様達の方が慣れてるから、完全に補習じゃないよね。しょうがないから基礎鍛錬からっていうことにしたんだけど、一緒の新人達が固まるくらいの勢いで……」
「それは新人さん達がかわいそうです……」
「だから、『今日はほどほどで』って隊長が言ったら、皆で馬の世話をしに行ったって」
「馬の世話、ですか?」
自分の乗る馬にブラシでもかけるのだろうか? そう思ったとき、ヴォルフが続きを話し出した。
「ベルニージ様達の頃は、新人が馬の世話を手伝ってたんだって。今は馬場の担当がいるんだけど、自主的に馬場の掃除をしようとしたらしくて、『あの方々を止めてください!』って馬場の人達に願われた」
「それはそうですよね……」
担当者のいる仕事を横から奪ってはいけない。
何かあったときに責任問題になってしまう。
「そうしたら、次は魔物討伐部隊棟のトイレ掃除と窓ガラス拭きを始めて、掃除係が副隊長室に駆け込んだ……」
「ああ……ベルニージ様達の頃はそうだったのかもしれませんが」
昔の魔物討伐部隊は、設備も人員も足りなかったと聞いたことはあった。
だが、当時でも、新人隊員がそこまでしているとは思わなかった。
「副隊長は『何か仕事を、雑用を!』って強く願われたから、鍛錬場の地面確認をお願いしたんだって。地面の硬さのことなんだけど、ベルニージ様達は草むしりだと思ったみたいで……」
ヴォルフの眉間の皺が深くなる。
大先輩方にそういったことをさせるなと、苦情でもきたのだろうか。
「『冬でそう草の数もなく、丈も短いので、むしるより根ごと高温で焼いた方がいいだろう』って結論になったらしい。第四鍛錬場の地面を『中域火魔法』で焼いたって」
「うあぁ……」
わからなくはない、わからなくはないが、どうして極端に振り切るのか。
確かに草一本、いや根まできれいに焼け消えるだろう。
本当に、やる気に満ちあふれすぎである。
「第二騎士団の一部が窓から飛び出してきて、その後に魔法探知した魔導師も来たって。横で水魔法使いも待機しているから大丈夫だって言ったそうだけど、そのまま全員で、隊長も含めて会議室行きで……俺が帰るまで誰も出てこなかった」
騎士団の皆様にも、グラート隊長にも、同情を禁じ得ない。
それにしても、どうしようもなく真面目な大先輩である。
お目付役でもいないと大変そうだ。
ただ、そのお目付役自体、ワイバーンの胃薬が必要になりそうな気もする。
「明日にでも、兄とヨナス先生の予定を聞いてくるよ。二人に一緒に渡す形でいいかな?」
「はい。同時に渡したら驚かれそうですね」
受け取る二人を想像して、ちょっとだけ楽しくなる。
そして、思いついた。
「グイード様に闇夜斬りを、ヨナス先生に氷蜘蛛の短杖をお渡しして、そこからそれぞれ手渡ししてもらうのはどうでしょうか?」
「それがいいね。それぞれ依頼主なわけだし。時期的には冬祭のプレゼント交換みたいだけど」
冬祭のプレゼント交換――一番は恋人同士、そして友人、家族でもやることはある。
学院時代、イルマと髪飾りとコーヒーカップの交換をしたことを思い出し、とてもなつかしくなった。
「ダリヤ、なにか楽しい思い出?」
いつの間にか顔に出ていたらしい。
イルマとの思い出を話すと、ヴォルフに笑みが伝染した。
「楽しそうでいいなぁ。俺の場合、ランドルフとドリノと酒の交換で、飲んで終わるという……」
それは飲み会であって、冬祭のプレゼント交換ではない気がする。
元々は今年を無事過ごした記念に、形に残る物をお互いに渡すもので――
そこで、まだ慣れずにじんわり痛い耳朶を感じる。
金色に光るのは、ヴォルフから贈られた雪の結晶のイヤリング。
作業のため、長く伸びる鎖は外しているが、鏡や窓に映る度、そのきらめきに目がいく。
「あの、冬祭のプレゼント交換って、この前したことになるんじゃないでしょうか? ヴォルフはこのイヤリングをくれたじゃないですか。私は仮眠ランタンですが――」
そこまで言いかけて、迷う。
イヤリングに対して仮眠ランタンとは、アクセサリーに対して実用家電的なものである。
ロマンチックさが欠片もない。
いや、それはなくていいにしても、プレゼントとして釣り合いはとれるのか――
「……あ、そうだね! ちゃんと冬祭のプレゼント交換だ」
黄金の目が輝いた後、ぱっと表情が明るくなった。
「あの仮眠ランタン、すごくいいんだ。余計なことを考えず、すっと眠れて。これで夢も見なくなれば……」
不意に、ヴォルフがきつく唇を結ぶ。
魔物との戦いを夢見て起きてしまうのか、それとも母であるヴァネッサを亡くす夢をまだ見るのか――
ダリヤはそれを尋ねられず、そっと話題を変える。
「ええと、ヴォルフは、今年の冬祭はどうするんですか?」
「夕方から王城で待機だね。独り身がなるべく警備に残るから。昼は何も。ダリヤは?」
「特にないので、塔の掃除をして、料理の作り置きでもしようかと」
前世の年末年始を思い出しつつ答えると、ヴォルフが唐突に言った。
「ダリヤ、俺と一緒に冬祭に行かない?」
「え……? ヴォルフと一緒に冬祭ですか?」
思わず聞き返し――しばし、二人で無言になった。
オルディネの冬祭。
それは恋人同士で行く、あるいは恋人を探す場として有名である。
よって、『一緒に冬祭に行かないか』と尋ねるのは、恋人として付き合うかの問いかけとして使われることがあり――
待て、自分、それはない。
ヴォルフは友人である。
彼が冬祭に恋人を探しに行くとは思えない。
それに夕方からは王城で待機と言っていた。
冬祭は家族や友人と行くこともある。屋台や出店での買い物が目当てだ。
幼い頃、自分も、父とイルマと西区の屋台を回ったことがあったではないか。
ぐるぐると回る思考を懸命に整えていると、ヴォルフがおずおずと口を開いた。
「ええと、その、一緒に屋台を回らない? 冬祭はめずらしい食べ物や酒の屋台が多いって、ドリノが」
「いいですね! ぜひ行きたいです!」
「じゃあ、冬祭は一緒に屋台をハシゴしよう!」
とても明るく言うヴォルフに、ダリヤも笑ってうなずく。
なお、最初からそう言ってもらえれば、とんでもない想像をしなくて済んだのだが――それは言いがかりというものだろう。
炭酸水を飲み終えると、ヴォルフは黒いコートを羽織って帰り支度を始める。
塔を出る前に慣れた手つきでかけられるのは、ダリヤの作った妖精結晶の眼鏡だ。
父に似た緑の目になった彼も、すっかり見慣れた。
「ヴォルフ、遅くなってすみませんが、そろそろその眼鏡のスペアを作れればと。今の魔力数値にも慣れてきましたので……年明け、時間があるときに付き合ってください」
「ありがとう! 助かるよ。あと、魔物料理の店の予約がとれたから、来週行こう」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
その魔物料理の店では、ワイバーンのステーキや、クラーケンのムースなどが出てくるらしい。
大変に興味深い。
それにしても、年末の予定が一気に増えた。
グイード達に魔導具を渡しに行くのも、魔物料理の店に行くのも、冬祭の屋台巡りも――どれも楽しみだ。
そんなダリヤの向かい、黒髪の青年はなぞるように言った。
「約束がいっぱいで――とても楽しみだ」
・活動報告(2020/09/24)にて、5巻のご感想を頂く場を作りました。よろしければご利用ください。どうぞよろしくお願いします。