299.魔剣闇夜斬りと氷蜘蛛短杖
(区切りの関係で短話です)
オズヴァルドが近くの椅子の背にかけていたレオーネの上着をとり、彼の背中側から着せる。
当たり前のように上着を着せられ、カフスを留め直すと、レオーネが口を開いた。
「さて、この二つとも、それなりに目立つものとなるだろう。『魔導武具のロセッティ』として名を揚げ、子爵以上を目指すつもりはないかね?」
その問いかけに、隣のヴォルフが動きを止めたのがわかった。
ダリヤは営業用に整えた表情で答える。
「ありません。私は生活向けの魔導具を作るのが仕事だと思っております。今回は制作自体を内密にということで、グイード様、ヨナス先生ともお話ししております」
「そうか。では、名は隠す方向でこちらも動こう。短杖の方は商業ギルド経由として任せてくれ」
「ありがとうございます。どうぞお願い致します」
「この片手剣の方は、仲介者に了解をとってある。付与した剣も、暁――あちらの名では『ファジュル』の作として広めてよいとな」
「あの、ファジュル様に、ご迷惑はかかりませんか?」
知らぬ間に自分が魔剣制作者になっていたら、怖い話になってしまう。
「すでに亡くなっている。オルディネに来たがっていたが、有能な鍛冶師なので国外に出ることは許されなかった。いつかオルディネで己の作った剣に魔法をかけてもらい、『闇夜も斬り裂ける剣』を作りたいと言っていたそうだ」
砂漠の国にも、魔剣を作ろうとしていた鍛冶師がいたらしい。
その方がオルディネに来ていれば、怖い魔物に負けぬ、素晴らしい魔剣が作れたかもしれない。
「では、これで、ファジュル様の、『魔剣闇夜斬り』が完成したわけですね」
「『魔剣闇夜斬り』……!」
オズヴァルドの言葉がツボに入ったヴォルフが、目をきらきらと輝かせている。
スカルファロット家での呼び名が完全に確定した気がする。
暁、ファジュル様の眠る砂漠の国の方角へ、お詫びの祈りを捧げるべきかもしれない。
だが、自分が最初に作った紅蓮の魔剣とは最早別物だ。名前も違う方がいいだろう。
何より、あの片手剣はとても美しく――まさに闇夜も斬れそうだ。
「せっかくです。この短杖の方にもいい名前をつけて頂けませんか?」
「それは楽しそうですね」
ヴォルフの提案に、オズヴァルドが楽しげにうなずいた。
凝った命名というのは、特定の男性に人気らしい。
ダリヤ的には『氷魔法四面短杖』でもいいと思うのだが、ちょっとひねりがなさすぎるだろうか。
「……『氷蜘蛛』の短杖か」
レオーネがとても低くつぶやいた。
ダリヤにぎりぎり聞こえるほどだったが、耳のいいヴォルフが聞き取れぬわけはない。
「氷蜘蛛短杖! かっこいいです! 兄に似合うと思います!」
「待て、ヴォルフ殿! ただの言葉の綾だ! 氷龍短杖か、月狼短杖と呼ぶ方が正しいだろう」
「レオーネ様、それはそれでどうかと……」
ヴォルフはいたく乗り気で、提案したはずのレオーネは懸命に止めている。
オズヴァルドにいたっては、ちょっと困惑しているようだ。
三者三様の短杖イメージがあるのだろう。
本当に魔導具と武具の名付けは難しい。
「ダリヤはどう思う? 俺は氷蜘蛛短杖だと、兄も気に入りそうな気がするんだけど」
「氷蜘蛛……」
氷蜘蛛。
地を氷が埋め尽くすほどの極寒の北国で、銀色の網を氷上に張り、獲物を捕まえるという伝説の魔物だ。
伝説と言われるのは、正確に確認した者がいないからである。
氷蜘蛛は、常に氷の中に隠れているか、隠蔽にとても優れているのではないかとされている。
冒険者いわく、仲間が氷の上で動けなくなり、氷霧の中、いつの間にか消えていた。
仲間の悲鳴後、長靴の片方だけが残り、周囲を見てもまったく影も形もなかった。
魔物辞典にある記述は、最早、怪談に近い。
伝説でなければ、一度網に捕らえた者は絶対に逃がさないという回答に行き着くが――
ダリヤは極寒の北国に行く予定はない。
なので、そこについては考えないことにする。
そして、グイードの文官を思わせる横顔、艶やかな銀髪、そして、ヴォルフよりは細めの手足を思い出し――こくりとうなずいた。
「似合うと思います。氷蜘蛛だと知性的な感じがしますし、氷龍ほど怖そうな感じもないですし……あ、グイード様は蜘蛛や虫が苦手などはないですか?」
「いや、平気だと思う。子供の頃、兄が苦手だったのはナメクジとカタツムリだったし」
なぜその二つを一緒にするのか、ちょっと不思議だ。
でも、あのグイードにも子供の頃があったのだと納得でき、くすりと笑ってしまった。
斜め向かいのオズヴァルドも同じらしい。笑みにゆるみかけた口元を指で隠した。
笑顔で語らうダリヤ達の向かい、レオーネが薄く息を吐く。
続いた音無き声は、誰も拾えない。
「『氷蜘蛛』、二つ名通りの短杖か……」
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