275.臨時の魔導具師願い
商業ギルド長の部屋、ダリヤとヴォルフはレオーネに向かい合う形でソファーに座っていた。
レオーネは従者に封を切らせた手紙に目を通すと、ダリヤに声をかけてきた。
「ヨナス殿の依頼か――私は近しい者でも料金はきっちりとる、あと、高いぞ」
「はい、高魔力の付与であれば当然だと思います。お見積もりをお願いできればと」
氷龍のウロコを月狼の骨に付与する――
それは高い魔力を持つ者にしかできない付与だ、高くて当然だろう。
「素材すべてと、魔導回路は基本図面をそちらで準備。そこに付与のみで金貨四枚」
「わかりました。どうぞお願い致します」
「安い依頼ではないと思うが、私の『腕試し』はいらないかね?」
「必要ありません。ヨナス先生の腕輪をお作りになったと伺いましたので」
「確かにあれは私が作った。もう十年ほど前になるか……」
レオーネの眉間に深く皺が寄る。
自慢ではなく、あまり思い出したくないという感じだ。なかなか大変な制作だったらしい。
軽く頭を振って切り替えたらしい彼が、机を二度、人差し指で叩いた。
「そうだな、来年の『ロセッティ男爵』の叙爵で、女性付添人にガブリエラを指名してくれるならば、金貨一枚で受けよう」
「女性付添人、ですか?」
「ああ。叙爵のときは貴族籍の家族か親しい同性が付き添いとして広間に入ることになっている。新しいドレスを作る口実が欲しいので、年が明けたら指名してくれ」
なんだかすごい理由なのだが、自分に女性付添人はおらず、準備もしていなかった。
「お願いできるならありがたいかぎりですが……普段ご参加になる舞踏会などで、新しいドレスをお勧めにならないのですか?」
「旧知の舞踏会だと、すでに沢山ある、もったいないなどと言って、新しいドレスを仕立てさせてくれん、靴も貴金属も贈らせてくれん。ダリヤ会長の叙爵の付き添いは受けるだろうから、これを機会に一式新しい物を贈りたい」
妻に新しいドレスや靴を贈るのを拒否されるので、贈る理由付けのために値を下げる――なかなか聞かない話である。
横のヴォルフは相槌すら打てずに固まっている。
そういえば以前イヴァーノが言っていた。『愛妻家も度を過ぎると、奥様が大変です』と。
こういうことかと納得した。
「わかりました。年明けにお願いしてみます……」
「ああ、ガブリエラにはしばらく内緒にしておいてくれ。年末までに候補を吟味しておきたい」
「はい……」
「――ガブリエラに問われたら、私から内緒にしろと言われたことがあると答えて良いぞ」
「あの、そんなに顔に出ますか、私?」
レオーネが自分からそっと視線をずらしつつ言うので、思わず尋ねてしまった。
「……まあ、多少な」
「ダリヤ……人には得手不得手があるよ」
二人とも容赦なかった。
そこはちょっとだけでもオブラートに包んでほしかった。
なお、レオーネの背後、無表情で控えている従者と目があった瞬間、こちらもそっと逸らされた。
冷静な表情を作る方法を記した本はないものか、魔導具で利用できるものはないのか、本気で探してみようと思う。
「そういえば、ジルド様のところでのお披露目は二週間後だと聞いた。準備もあるだろう。終わってからの付与でかまわないか?」
レオーネが話を切り換えてくれたので、のることにした。
「はい、かまいません」
「氷龍のウロコと、月狼の骨はそろっているのか?」
「はい、氷龍のウロコが一枚と、月狼の短い骨が二本あります。ウロコの予備は必要でしょうか?」
「それなら若い時分に二桁は使った。今でも失敗はせんだろう」
さらりと答えられたが、氷龍のウロコを二桁とは、どんな付与をしたのか。
「あの、失礼ですが、何に付与をしたか伺ってもよろしいでしょうか?」
「盾と鎧と靴への防熱付与だ。火山の探索装備だな」
火山の探索装備など、ダリヤは見たことも聞いたこともない。
十四以上の高い魔力、高等学院時代は父と同じ魔導具科で、魔導具研究会にも在籍していたという。
正直、レオーネを商業ギルド長にしておくのは、魔導具師としては損失ではないか。
今、商業ギルド長として大変にご活躍なさっているのはわかるが、現役の魔導具師であったなら教えを乞いたいほどだ。
ついレオーネの顔をまじまじと見てしまう。
「私は魔導具師ではないぞ。あくまで臨時だ。高等学院時代、文官科のついでに魔導具科に入ったのも、稼ぐためだからな」
自分の考えは、やはり筒抜けになるらしい。納得したくないが。
「それでも、高魔力の魔導具が作れるのはすごいことだと思います」
ダリヤにはできぬ付与、作れぬ魔導具だ。憧れと共に、うらやましくもある。
ヴォルフが外部魔法に憧れる気持ちと同じかもしれない。
「すごいこと、か……昔、生活のために、作りたくない物を作ったことがある」
「え?」
「覚えておくといい。魔導具師が作りたくない魔導具を作るのは――地獄だぞ」
その黒い目に、昏いものが過ぎた気がした。
返事につまっていると、レオーネは再び手紙に目を落とす。
「短杖の付与ができるようになりたくはないか?」
「憧れはしますが、私では魔力が足りませんので」
「何もグイード殿の分でなくてもいいだろう。せっかくだ、魔導回路がひけたなら別素材で試しておけ。短杖回路の基本設計と、水魔馬の骨の短杖を一ダース、塔に届けさせる。短杖に刻む魔法回路はかなり細かくなるはずだ。氷の魔石を使って練習するといい。当日、付与ついでに教えよう」
「あの、よろしいのですか?」
「私は小型の魔導回路への付与が苦手でな、魔導具研究会でカルロに教わったのだ。おかげでこの程度までならひけるようになった」
自分の金の腕輪を外したレオーネが、裏側を見せてきた。
埋め込まれた宝石は五つ、魔導回路が内側にぐるりと刻まれている。規則正しい回路には、強い魔力が流れているのがわかった。
腕に戻した途端、魔力が感じられなくなるのは、隠蔽効果もあるのかもしれない。
「すごいです……」
「すばらしいです……」
ヴォルフと二人、感嘆の声しか出ない。
ダリヤの身に着けているオズヴァルドが制作した腕輪に、勝るとも劣らぬ付与だ。
「これより細かいものになるなら、こちらで助手を用意する。仕様書ができたら回してくれ」
「わかりました。あの、お忙しい中、お引き受け頂き、ありがとうございます」
年末に向けて多忙だというのに、本業ではない魔導具制作をお願いするのだ。
しかも難度の高い作業で、グイードに隠して進めなければならない。
そこに金額は抑えてもらい、自分への教えまで入るとは、申し訳ないほどだ。
「見合う対価をもらうのだ、気に負うな。ところで――別の方からも少々前に手紙を受け取っている。『丈夫で熱に強く、付与の入っていない、取り回しのいい剣』を希望された。ヴォルフレード殿、今日のご相談は同じでは?」
「はい。そちらの手紙はうちの兄からですね?」
レオーネはヴォルフを見ると、口角を吊り上げた。
「本日、砂漠の国イシュラナよりミスリルと紅金を合わせた片手剣が届いた。これに炎龍のウロコを付与するとしたら、それなりの魔力と技術が必要になる。依頼主からは『必要があれば助力を』とも書かれている」
どこぞの主従は、どこまで同じことを考えるものか。
そして、どうやらこちらも、臨時の魔導具師のお手伝いを願わねばならぬらしい。
「お見積もりを頂ければ、私がお支払いを」
そう答えたヴォルフに対し、レオーネは黒い目を細める。
「一度の話し合いで二度の見積もりはしないことにしている。代わりに、娘の嫁ぎ先で貴金属を扱っているので、そこでアクセサリーの一つもご購入願いたい」
「アクセサリーですか? ……わかりました」
ヴォルフがちょっと考え込みつつも受けた。
彼はピアスをしていない。指輪も剣の握りが変わるからと避けている。
天狼の腕輪を外すこともなさそうだ。
新しく購入するとしたら、カフスボタンか衿の飾りピンあたりだろうか――
そんなことを考えていると、黒い目がじっと自分を見つめているのに気づいた。
もしかすると、自分もそのお店で何か買うべきだろうか?
口を開きかけたとき、レオーネはヴォルフに向き直り、少しだけ身を乗り出した。
「銀よりは金が似合うと思うが、どうかね、ヴォルフレード殿?」
「あ……はい! 俺もそう思います!」
ヴォルフが納得したらしい、笑顔で大きくうなずいている。
確かに、彼ならば銀より金の方が似合うだろう。
あのきれいな黄金の目には金の方が霞みそうだけれど。
何を購入することになるかはわからないが、ヴォルフの気に入ったものが見つかればいい――ダリヤは、そうこっそり願う。
後に金の装飾品を贈られるのが己だとは、露程も思わなかった。