265.魔導具制作部二課
ダリヤ達はそろって魔導具制作部一課を出て、向かいの建物へ向かった。
二課は建物の造りが一課と似通っており、受付と騎士の待機所もそろっていた。
彼らは自分達を見ると即座に立ち上がり、一課よりも深い礼で挨拶をしてきた。
緊張しつつ二階に上がると、すべてのドアが引き戸で、前世の襖のようにずらりと続いていた。大きめの魔導具を出し入れするためかもしれない。
廊下を進むと、書類を抱えた魔導具師や、麻色の大きな布包みを運ぶ職人達とすれ違う。
なかなか忙しそうだ。
「今、運んで行ったのは、警備所向けの『温熱卓』ですね。下からの温風吹き上げ式で、靴を履いたまま待機できるので好評です。一部の警備所はドアがありませんから」
「ドアが?……それはかなり寒そうです」
カルミネの説明に思わず言ってしまった。
「有事にすぐに出て行くためです。ただ、休憩室で交替で暖まるとはいえ、屋外とそう変わらない寒さになります。今年は『温熱卓』に加えて『携帯温風器』も入りますから、警備担当もだいぶ暖かい冬が送れそうです」
「よかったです」
おそらく、以前の警備担当は『魔導カイロ』を使用していたのだろう。火の魔石が金属製の小さな容器に入れられたそれは、部分的には暖かい。
だが、背中全体が冷えるようなときは『携帯温風器』の方が便利だ。
警備の者が暖かく過ごせるならなによりである。
ダリヤはつい笑顔になっていた。
「『温熱座卓』の方が人気は高いのですが、あれは寝落ちしやすいので……泊まり込みに大変便利なのですが」
「魔導具制作部の皆様は、泊まり込みでお仕事をなさるのですか?」
自分の開発品を使ってもらえているのはうれしいが、王城の魔導具制作部はそれほどまでに忙しいのだろうか。だとすれば、自分を案内してもらっているこの時間が申し訳ない。
「耐久試験で時間毎に確認したいことがあるときなど、ごくたまにですね。普段使いの温熱座卓は、宿舎住まいの魔導具師がダリヤ会長の仕様書を購入し、各自自力で作っています」
流石、王城の魔導具師である。
買うより自力で作った方が早いらしい。
もしかしたら面白い機能が増えているかもしれない。ちょっとだけわくわくしていると、ウロスが渋い顔をした。
「注文したが二ヶ月待ちだと言われてな。あの魔導回路の付与はなかなか細かいな。組み間違え、床を焦がした部員がいた」
「部長、あれは回路を組み間違えたのではなく、出力の上げすぎです。仕様書を読まずにオーブン並みの回路を組んだ者が悪いのです」
どこの魔導具師も出力上げは浪漫なのだろう。
しかし、焦げたのが床で本当によかった。足だったら危険極まりない。
「オーブン座卓でこんがり……」
自分にしか聞こえぬ程度の音量でつぶやいたヴォルフに関しては、あとでゆっくりお話ししよう。
今は肩の震えを止めるのが辛い。
「しかし、温熱座卓、あれはいいな。私も屋敷に入れた。一度入ると出づらく、浴室に行けなくなるのが難点だが……」
「ですから、居心地はよくとも夕食の際はお勧めしないと言ったではないですか。寝室において、眠る前にくつろぐのが最良です」
引き戸の前で温熱座卓談義が始まってしまった。
「長い布掛け付きの温熱座卓で、そのまま眠るのが最高だと思うが」
「眠るのでしたら、ミニサイズの温熱座卓をベッドに入れるのが一番です」
ジルドとヴォルフも持論を述べ始めたが、最早好みの話である。
それにしても、魔導具制作部でもコタツの浸透率は高そうだ。
前世、魔力というものはなかったが、今世、コタツの魔力は共通らしい。
「え? ウ、ウロス部長……」
引き戸をがらりと開けた魔導具師が、目を見開いている。
何気なく開けたドアの向こう、部長に副部長に財務部長が並んでいたのだ、驚きもするだろう。
「魔物討伐部隊相談役、ロセッティ殿を見学にお連れした。各自、作業を続けてくれ」
「ダリヤ・ロセッティと申します。お仕事中に失礼致します」
大部屋に入り、ウロスに続いてなんとか挨拶をすると、中の魔導具師達が会釈してくる。
中央には、背丈の半分ほどもある水色のブレードが並んでいた。
カルミネが仕上がった一枚をひっくり返して見せてくれる。
「こちらは『大型送風機』、調理場で使うものです。壁に直接つけて、匂いと熱がこもらないように外へ出す形ですね。現在のものは音が大きいので、こちらと交換の予定です」
ブレードの裏には、吸音目的らしい魔導回路が描かれていた。
ずいぶんと大きな送風機だと思ったが、どうやら換気扇的な使い道らしい。
王城の調理場は作る量も多く、匂いと熱もかなりあるだろう。きっと必須に違いない。
「材質は金属の上に、魔物の骨を一度砕いたものを一層に、ブルースライム粉を薬液で溶いたものを二層にしております。強度と防水に優れておりますので、耐久性も大幅に上がる予定です」
ブルースライムで防水効果があれば、汚れ落ちもいいかもしれない。
これならば換気扇の掃除も楽になりそうである。
じっくり見たい思いにかられつつも、案内を受け、次の部屋へと進んだ。
「こちらは『馬用給湯器』です。ぬるめのお湯を大量に一気に使うときに使用します。式典用の馬や八本脚馬はよく洗わねばならないのですが、冬は水ですと馬も洗う方も大変ですので……」
馬用の給湯器には火と水の魔石がそれぞれ五つ入る形だ。
大きなシャワーヘッドの穴は大きめで、一気にぬるま湯が出るらしい。
馬や八本脚馬の大きさを考えると、納得の仕様だった。
厩舎には馬達に合わせた大きさの浴槽もあるのだという。きっと気持ちよく洗ってもらうことになるだろう。
「今までは、水で洗っておられたのですか?」
不思議そうに問うヴォルフに、カルミネが藍鼠の目を伏せた。
「馬洗いのお湯は今まで魔導師が準備していたのですが、別の業務と兼任のため、時間がかかることがあり……」
「隠すことでもないだろう。王城の魔導師には、馬洗いのお湯を作るのは不人気な任務なのだ」
カルミネの言葉を遮り、ウロスがはっきりと理由を告げた。
「不人気とは――任務は任務だろうに」
「王城魔導師となったならば、やはり騎士団に憧れるか、魔法研究に勤しみたいと思う者が多いのでしょう」
わからなくはない。憧れた仕事内容とかけ離れたものであれば、おそらくがっくりくる者もいるだろう。
それでもジルドが先程言った通りだ。
任務であり、誰かがやらなければいけない仕事である。
「馬や八本脚馬は、馬用給湯器の方が安心するかもしれません。親しくない者がいると緊張しやすいですし、馬丁の方も都合のよいときに洗えますから」
静かに言ったのはヴォルフだった。
「そういう考え方もあるか……」
「恥ずかしながら、あまり乗馬をたしなまぬのですが――馬や八本脚馬というのは、人によって、それほど緊張したりするものですか?」
「個々の気質がありますので一概には申し上げられませんが、八本脚馬は強い魔力を持つ人間を警戒します。慣れるまで時間がかかることも多いです。馬も乗り手が変わって気に入らないと、言うことを聞かなかったり、食事をしなくなったりすることがあります」
馬も八本脚馬も繊細な性格の持ち主が一定数いるようだ。
遠征の行き帰り、馬との時間も長いヴォルフだ。いろいろな馬と対面してきたのだろう。
「なるほど、本当に『馬が合わぬ』ということだな」
ウロスの納得に内心で同意しつつ、部屋を出た。
次に向かったのは三階である。
こちらも廊下を革箱や銀の魔封箱を持って歩く魔導具師とすれ違った。
「冬前なので、暖房関係の修理依頼が多くなっております。暖炉の点火装置や給湯器、椅子やソファーの暖房などですね。あとは年末向けの魔導ランタンの制作が始まっていますので、ご覧になりますか?」
「ぜひお願いしたいです」
魔導ランタンは祖父の開発したものである。
王城の年末向けの魔導ランタンとはどんなものだろう?
冬祭りに向けて華やかな装飾があるのか、それとも何か魔法効果があるのだろうか――期待をふくらませつつ廊下を進むと、カルミネが一室の前でノックをする。
了承が聞こえて入った部屋は、カーテンが半分だけ閉められ、薄暗かった。
テーブルの上、小型魔導ランタンがいくつも並べられている。
ランタンの外側、ぐるりと覆う水晶ガラスは丸く、四分の一ほどが青い。
その青から、水色と蒼の光がゆらゆらとこぼれ、なんとも幻想的だ。
見とれていると、左腕の手首に少しだけ熱を感じた。
自分の半歩前に出たヴォルフに、カルミネがはっとした顔をする。
「失礼しました、先に確認するべきでした。ダリヤ会長、睡眠耐性の魔導具は身に着けていらっしゃいますか?」
「はい、身に着けております」
睡眠効果を打ち消すべく、手首の腕輪は熱を帯び続けている。
ヴォルフを含め、同行の者達はすべて貴族だ。確認するまでもなかったのだろう。
「よかったです――こちらは仮眠所用の魔導ランタンである、『仮眠ランタン』です。この青い光があるうちは催眠効果があります。手動で動かすか、ある程度の時間でカバーが降り、自動で止まります」
「『仮眠ランタン』、ですか?」
睡眠用のランタンは知っているが、こちらは聞いたことのない名前である。
もしやひどい不眠症で、仮眠さえとれない者を眠らせるためのランタンだろうか。
「はい、文官の仮眠所用です。決算の際やいろいろな事後処理で疲れると寝付きが悪いそうで、年末に仮眠ランタンの需要が増えるのです。これをつけると即効で眠れますから、忙しい者には重宝されております」
「そうなのですか……」
なんともせつない魔導具だった。
そして、『文官』『決算』の単語に、ついジルドに視線をおくってしまう。
彼は琥珀の目をついとそらすと、聞いてもいないのに答えてくれた。
「……私はあまり使用しないが、入眠効果は高い。胃痛は止められんが」
間もなく年末である。
よく効く胃薬を探し、日頃お世話になっているジルドに贈るべきかもしれない――
そんなことを考えていると、ウロスが近くの魔導具師に声をかけた。
「これの素材を――月光蝶の羽根を出してくれ」
「はい、すぐにお持ちします」
大きな平たい魔封箱がテーブルに載せられ、そっと開けられる。
ガラス板の下、数枚並んでいるのは、水色から蒼までの色合いを持つ蝶の羽根。
月光蝶――前世のオーロラモルフォに近い。
羽根はダリヤの肘から指先ほどの大きさがある。これほどに大きなものを見るのは初めてだ。
月の光をまぶしたようなその輝きは、目を奪われるほどに美しい。
「月光蝶は鱗粉に強い催眠効果がある。羽根を結晶化させ、水晶ガラスに付与したのが、仮眠ランタンだ。魔力の動きに左右されやすいため、水晶ガラスへの付与にはある程度の制御が必要で――」
ウロスが急に声を止めると、傍らの魔導具師がぴくりと肩を動かした。
それを視界に入れず、魔導具制作部長は並んだランタンをくるりくるりと回して確認する。
「これとこれ……これもだめだ。抜けがある」
「規定量の付与は行われておりますし、睡眠効果に問題は――」
小声で弁解する魔導具師に、ウロスは朱色の目を細めた。
ゆらりとぬるい魔力の揺れを感じ、ダリヤはつい身構える。
「王城魔導具師は、いつから『この程度』で許されるようになった?」
低い声の問いかけに、カルミネが前へ出た。
「ウロス部長、申し訳ありません。私の教育不行き届きです。昨年から入った者達に任せ、確認を怠りました」
「そうか、新人達か。カルミネ副部長には私の仕事を多く手伝ってもらい、とても忙しくさせているからな。そこまで手が回らんのも道理だ……」
片眼鏡を指先で持ち上げ、優しく微笑む姿に、なぜか寒気を感じる。
魔導具制作部長は一台の仮眠ランタンを手に、笑みをさらに深くした。
「教育不行き届きは、この私だな。真摯に反省し、私が教育的指導を行おう」
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