263.魔導義手と魔物の怨敵
ダリヤ達は広い作業室を出ると、通路先の別の部屋へと移動した。
「こちらは、ぜひ一度ダリヤ会長にご覧頂きたく――」
入った部屋は、学院の教室程度の大きさだ。
四つの作業台には義手と義足がいくつか並んでおり、奥で加工作業をしている魔導具師達がいた。
一番近いテーブルの横、体格の良い中年の騎士と緑髪の魔導具師が話している。
「だから、もう一段か二段、風魔法を強く入れてほしいのだ」
「これでもかなり強めに入っております。速さをお望みなのはわかりますが、これ以上はどうかと――」
困り顔の魔導具師が持つのは、薄い青緑色の義手だ。
向かいの騎士は右手が肘下からない。だが、がっしりした身体は、とても騎士らしかった。
「剣の加速がもっと速くなれば、魔物の首を落としやすくなるのだ。この手を囓った牛頭鬼の首を、今度こそ落とさねば!……ん?」
話していた騎士が不意に振り返り、ヴォルフに朱の目を留めた。
「ヴォルフレードではないか! またひょろひょろと背だけ伸びおってからに」
「お久しぶりです、先輩! お元気そうで何よりです」
ヴォルフがうれしげな声で返した。どうやら魔物討伐部隊の先輩らしい。
騎士は自己紹介と定型の挨拶をし、少々不思議そうに自分を見た。
この中で初対面は自分だけなのだろうと判断し、ダリヤは名乗りを返す。
「魔物討伐部隊相談役を仰せつかっております、ダリヤ・ロセッティと申します」
「ああ、あなたが、あの! ベルニージ様からよくよく伺っておりますとも!」
いきなり一歩近づかれた上、勢いよく言われた。その迫力に、思わずたじろいでしまう。
「このようにかわいらしいお嬢さんだとは驚きました。話を聞く限り、てっきり、魔導具を片手に隊員達を一喝する怖い女性かと……いや、失礼」
からからと明るく笑う男に、なんと言っていいのかわからない。
ベルニージは自分のことをいったいなんと紹介しているのか。大変不安になってきた。
「本日はダリヤ会長に魔導具制作部をご案内しておりまして。魔導義手に関して、ご説明を願ってもよろしいでしょうか?」
カルミネが助け船を出してくれた。彼はとても有能な中間管理職だと思う。
「スカルファロット武具工房の魔導義手を、こちらで私向けに少々改造してもらっているのだ。もちろん、それぞれの許可は得てある。なんとか春までには隊に復帰したいのでな」
「こちらの魔導義手に、風魔法をご希望にそって強めにお付けしました。すでに身体強化なしの素人でもレンガは砕けるほどの強化です。ただ、安全に使いこなせればの話ですが……」
光のない目になった緑髪の魔導具師に納得した。
危険性を説明しても無理に願われ、どうにもならずに付与をした後なのだろう。
それをさらに上乗せし、責任問題になったらどうするのだ。
「大丈夫だ、貴殿の責任にはさせん。使う者は怪我を含め、何かあったら自己責任と、全員書類を入れているではないか」
笑いながら言う騎士に、頭痛がしてきた。
魔導義手・魔導義足を使う他の騎士達も同じようなことをしているらしい。
そのうちにベルニージに話をするべきか、それともグラートにだろうか。
その前にヨナスに聞いてみるべきか、心配な上に悩ましい。
「復帰希望者は全員、魔物の怨敵を目指しておるからな。一匹でも多く討てるよう、この魔導義手にもっと強い風魔法を入れてもらいたいのだ。なんなら、かかる費用は自分で支払うし、必要な素材があれば持ち込むぞ」
「しかし、現時点でこれ以上はやはり危険です」
「使うのは私だ、問題ない。作ってくれさえすればよいのだ」
問題ありまくりだ。
風の魔力でスピードの増した剣は確かに威力が増すだろう。だが、危険も増す。
筋を痛めるぐらいならばまだいい。肩の脱臼、背中の筋肉断裂などもありえる。
いくらポーションがあるとはいえ、そんなことを続けていれば身体がおかしくなるだろう。
「先輩、一度こちらでお体を慣らしてから調整してはいかがです? もしものことがあっては――」
「お前も大人になったものだなぁ。前は周りが心配してばかりだったというのに」
ヴォルフも心配して慣らしを勧めているのに、まるで聞く気配がない。笑って流そうとしている。
前世、自分の希望という名目で、危険性の上がる無理難題の改悪を押しつけてきた客を思い出し、ダリヤは唇を噛む。
安全を犠牲にして、製品の性能を上げようとしないでほしい。
それは作り手の目指すところではない。
「あの! 魔導義手をお使いの際、左右のバランスが違いすぎると、右肩や背中に重い負担がかかり、後でお体を痛めることにつながるかと思います」
「……そうか、そちらも考えねばならんのか」
残念ながらも納得したらしい男に、ダリヤはほっとする。
目の前の担当魔導具師も、ようやく肩の力を抜けたようだ。
「左右のバランス……」
小さくつぶやいた騎士は顔を上げ、思いきり笑顔となった。
「動きの遅い、こののろい左手を切り落とし、両腕とも義手でそろえればよい! それならば最強ではないか!」
「何ということを言うのですか!」
ひどい思いつきを自慢する男に、思わず大きな声が出た。
自分はそんなふうにするために魔導義手を作ったわけではない。
攻撃速度が上がるとしても、健康な腕を切り落として魔導義手にするなど、本人が良くても、家族も友人も嘆くだろう。
「ご自身にとっても、ご家族にとっても、大切なお身体ではないですか! 周りを悲しませてどうするのです! 怪我した部分を魔導具で補うのと、のろい腕を取り替えるのは別のことです!」
「す、すまぬ……」
「ダリヤ、その辺りで……」
自分の腕をヴォルフがそっと引いた。
はっとして口を押さえるが、言ってしまったことは戻せない。
声を荒らげた上、大変失礼なことを言ってしまった。
今世、治癒魔法があるおかげで、怪我に対する感覚が軽い者が多い。
ひどい怪我が多いせいか、魔物討伐部隊は特に麻痺しているように感じる。
この騎士に身体を大切にと言ったところで、通じないのかもしれない。
父にも言っていて届かなかったこと――それが思い出され、ただ悔しい。
「のろい腕、か……」
低い声でくり返した彼に、ダリヤは謝罪しようと顔を向ける。
だが、先に頭を下げたのは、目の前の騎士だった。
「流石、グラート隊長が膝をついて乞い願ったという相談役。うら若きお嬢さんなどと侮った私を、どうか許して頂きたい」
「はい?」
話が見えずに答えると、騎士はこくりと一人深くうなずいた。
「お許し頂き、痛み入る。ロセッティ先生のおっしゃる通りだ。私の鍛錬不足であった。ここから左手、いいや、この身を鍛えてみせよう、この魔導義手、『風掴み』に釣り合うほどに!」
いろいろと待ってほしい、そういう意味で言ったのではない。
あと、その名前は誰が付けたのか。
「魔導義手『風掴み』……!」
慌てている自分の隣、感嘆の声が響いた。
黄金の目がきらきら輝いているのが、見なくてもわかる。
誤解を解くのを手伝ってほしかったが、あきらめるしかなさそうだ。
「ヴォルフレード、魔導義足の方は『空駆け』と名付けられているぞ」
「どちらも大変良い名だと思います!」
「だろう! 決まったときは皆で盛り上がってな! その他、各自が使っているものには、昔、惚れた女の名前を付けたり――ウォッホン」
下手な咳で止めた言葉は聞こえないふりをする。
魔導具個々の名付けは使い手の自由である。
口をはさむつもりはないので、ぜひ耳に入れないで頂きたい。
二人の会話から離れようと目をそらすと、作業机の上、大きな骨が目に入った。
「こちらは緑馬でしょうか?」
「はい。雄の前足です。ただ、最近は緑馬の骨の在庫が減り、今は魔物討伐部隊の方に墓場探しをして頂いているところです」
「墓場探し、ですか?」
「ええ、緑馬は群れで行動するのですが、決まったエリアで最期を迎える個体が一定数いるそうです。墓荒らしのような真似になってしまいますが、緑馬の骨は亡くなってからの劣化が遅いので、それを持ち帰ってくださるようお願いしています。大きく育てるには年数がかかりますし、騎馬としてもそれなりに重用されておりますので――」
騎士に眉を寄せていた魔導具師が、ここぞとばかりにくわしく説明してくれた。
生きた緑馬を獲るよりも、平和でいい方法だ。
残念ながら他の魔物でできることではないが。
劣化の早い素材が多いし、墓場など持たぬ魔物の方がほとんどだろう。
ダリヤに最も身近なスライムなどは、墓場を作りようがない。
万が一、あったとしても残っているのは――なんだか怖い考えになりそうだったので打ち切った。
隣のジルドが、その琥珀の目で緑馬の骨をじっと見つめている。
やはり、ちょっとはかわいそうだと感じているのだろう。
「魔物討伐部隊は魔物を討ち倒すどころか、墓まで暴くようになったか。まさに魔物の怨敵だな」
「ジ、ジルド様……」
その通りではあるのだが、言い方としてまずくないだろうか。
幸い小声であったこと、騎士とヴォルフも話を続けていたので、奥の魔導具師達には聞こえなかったようだ。
だが、目の前の魔導具師は不自然に視線をそらし、カルミネは咳をこらえる仕草で耐えている。
口頭で止めるわけにもいかず、ダリヤは困った目でジルドを見た。
彼はわずかに笑むこともなく、真顔で言葉を続ける。
「仕入れるよりは安上がりだ。限られた予算のため、ぜひ尽力して頂こう」
魔物にとっての怨敵は、王城の財務部長も一緒だった。