262.魔導具制作部一課
王城の魔導具制作部棟は、中央の三つの塔がある建物の反対側の敷地にあるらしい。
らしいというのは、馬車での移動であり、どう移動しているのかはっきりとわからないからだ。
王城の敷地はとにかく広い。ダリヤ一人では迷子になるかもしれない。
「左が魔導具制作部一課、右が魔導具制作部二課です」
馬車を降りた先、見上げる建物は二つとも王城の基調色である白い石造り、それぞれ四階建てだ。
冬のせいか、大きな窓はほとんど閉じている。白い磨りガラスのため、外からは中の様子が窺えなかった。
一課の入り口、扉の脇には赤い旗が、二課には青い旗が飾られている。
大きな旗の紋章は二つとも同じ――満ち欠けする八つの月を背後に、翼を広げる鳥がいる。その足元、羽根ペンらしきものが見えた。
「では、一課からご案内を――ああ、ロセッティ商会長、スカルファロット殿、よろしければ、私のことは『カルミネ』とお呼びください。魔導具制作部内では『ザナルディ』の名を持つ方が他におりますので」
「ありがとうございます、カルミネ副部長。では、私のことも『ダリヤ』とお呼びください」
「恐縮です。私も『ヴォルフ』とお呼びください」
「これは光栄です。では、皆様、参りましょう」
中に入ると、正面が受付だった。
白い大理石のカウンターの向こう、部内の者が一斉に立ち上がり、視線を下げる。
先頭がカルミネ、次にジルド、自分、そしてヴォルフである。
こうも丁寧な挨拶や対応は、財務部長で侯爵のジルドのためだろう。
緊張感漂う中、カルミネが魔物討伐部隊からの見学であると簡単に説明した。
受付の隣、騎士の複数待機する場があった。騎士関連の魔導具を作るのだ、一定数はいるのだろう。そこでも似た対応を受けた。
少々緊張しつつも、そのまま二階へと上がる。
二階に上がってすぐの部屋、二枚のドアの前にカルミネが立つ。すると、ノックもしていないうちに扉はするすると左右に開いた。
前世の自動ドア、そして緑の塔の門のような仕組みに、目が丸くなる。
「扉の前に一定の重量がかかると自動で開きます。荷物を持っているときに便利です。ダリヤ会長お一人では開かないかもしれませんが」
「いえ、きっと開きます! 大丈夫です!」
興味が顔に出すぎていたのだろう、カルミネの微妙なリップサービスに慌てて返す。
「きっと開かないよ」
ヴォルフは後ろでこそりとささやくのをやめてほしい。危うく振り返るところだった。
なお、何と言うべきかはまったくわからない。
「こちらは作業室の一つです。主に防具関連の制作を行っております。失礼ながら、見学でも作業中の者は止めないことになっておりますので、ご了承ください」
部屋に入ると、そこはかなり広いスペースをとった作業室となっていた。
王城魔導具師のローブをまとう者、白衣姿の者、騎士など、二十人近くが作業をしている。
付与の準備らしい薬液を作っている者、盾に硬質化をかける者など、様々だ。
一部の者がこちらを気にしているが、ほとんどは作業に打ち込んでおり、視線を動かすことすらなかった。
白い机の上に並ぶのは、騎士団で使用されていると思われる盾や防具。
魔物討伐部隊で使っている鈍い銀色や灰色ではなく、純白や金銀に輝くものが多い。一部、青い鎧や赤い盾もあった。
部屋の一角、きらきらを通り越し、ぎらぎらとした赤い魔力に視線が惹きつけられる。
付与を行っている赤髪の魔導具師は、ダリヤと同じぐらいの年代に見えた。
「あちらは近衛の小盾に、火魔法の耐久性上げを付与中です。近衛の小盾は硬質化の後、火・土・水・風のうち、二種か三種の魔法耐久を上げることが多くなります」
「四種の付与はなさらないのですか?」
「近衛の者はほとんど固有魔法を持っておりますので、同じ系統は付けません。治癒魔法や身体強化のみの近衛がいれば、硬質化の上、四種を付けることもあると思いますが」
硬質化と各種魔法の防御耐性――まさかの五重付与である。
できるものならばヴォルフの鎧に付けてほしい。
そして、魔物討伐部隊員の各自の魔法に合わせ、付与した鎧が欲しいところだ。
「ただ、あれは魔法耐久を一定に上げるだけです。近衛は王族の盾ですから、硬質化もあくまで後方防御向けで、攻撃を弾く分、本人に負担がかかることもあります。近接の中級魔法数回でも壊れますし。作るのに時間がかかるのですが、近衛の訓練での破損も多く、なかなかバランスの難しいものです」
残念ながら魔物討伐部隊には合わないかもしれない。長い遠征では受ける攻撃も多いだろう。
しかし、近衛がどんな訓練をしているのか、ちょっと怖い。
「この革で二層はできるはず……条件が……」
部屋を進む中、端で壁に向かってぶつぶつとつぶやきつつ、右手でメモを取り、左手で魔物の大きな革に触れている魔導具師がいた。
なんだか声をかけてはいけないことだけはわかる。
「彼は革鎧の付与を研究中です。革は金属より軽いですが、防御力に劣り、付与もしづらい面が――」
「副部長、革は金属に劣りません。いい付与方法が見つかるか、龍の皮など高品質の素材が入手できれば解決します」
聞こえていたらしい、振り返って言い切った青年に、素直に感心する。
「……申し訳ありません、お客様もご一緒とは存じ上げず」
目が合うと、彼はばつが悪そうに詫びてきた。赤茶の目がおどおどと揺れている。
おそらく『革』以外の単語は耳に入っていなかったのだろう。
「いえ、お仕事中にお邪魔しております。あの、そちらの革はワイバーンでしょうか?」
「はい、ブラックワイバーンの背、首の少し下がったところです。残念ながら少し小さい個体ですが」
革としていい部位なのだろう。確かに深い黒で、艶やかだ。
「きれいな皮ですね。とても丈夫そうです」
「はい、見た目もとても美しいですし、衝撃強度にも魔法防御にも優れています。ただ、その分、加工と魔法付与には時間が必要で――ブラックワイバーンの装備を一式作り、次にブラックワイバーンや九頭大蛇が出たときの対策としたいのですが、まだしばらくかかりそうです」
軽量で丈夫なブラックワイバーンの装備一式――魔物討伐部隊にぜひ欲しいものである。
ただし、ブラックワイバーンにも九頭大蛇にも出てきてほしくはないが。
「ワイバーンですと、手袋などもあるようですが、そちらもお作りになるのですか?」
魔導具関係で使用される手袋を思い出し、尋ねてみた。
あれはもっと薄く柔らかで、これとは質感が違う気がする。
「はい、弓騎士の手袋でワイバーンの腹部分の皮を使うことが多いです。閉じ開きがしやすいようにですね。甲の方は金属板で防御加工を行います。金属を使いたくない場合は、背側の皮でさらに補強します。ただ、個々の魔力で皮の貼り合わせやつなぎが微妙に合わないこともあるので、調整に時間がかかるのです」
「なるほど、手袋でもいろいろな加工と調整が必要なのですね……」
手袋でそれである。装備であればさらに大変だろう。
皮は部位で強度も柔らかさも違う。一匹ごとの魔力の質や強弱も影響するのかもしれない。
いっそ、同じ一匹をミニサイズにする感じで作れればいいのだが。
「簡単に、ブラックワイバーンの着ぐるみができたらよかったのですが」
「ブラックワイバーンの、着ぐるみ……?」
聞き返されて、はっとする。
前世の怪獣の着ぐるみを思い出して喋ってしまったが、今世、顔を隠す仮面と頭だけの被り物はあっても、全身の着ぐるみはない。
「ええと、大きい一匹のワイバーンをそのまま小さくしたようなと言いますか……兜はワイバーンの頭の皮で、手や足の防具は足の皮で、ワイバーン丸ごと着られたらと思ったんです。鎧はお腹側も背中の皮で作らないと弱いかもしれませんが……」
気がつけば、目の前の青年は口をぱかりと開け、目を見開いていた。
きっと、自分の訳のわからない説明にあきれはてたのだろう。なんとも申し訳ない。
「すみません、おかしなことを申し上げて――」
「副部長! ブラックワイバーン丸ごと一匹の使用許可を!」
「……在庫を確認して、必要部位の希望書を出しなさい。前回納品から時間はそう経っていません。運がよければそろうでしょう」
「はい、すぐに! お客様、ありがとうございました! 急ぎますので、失礼します!」
青年は自分に一礼し、その後にようやくジルドとヴォルフに気づいたらしく、慌てて再度一礼する。
そして、かぎりなく駆け足に近い早足で作業室を出て行った。
「大変失礼しました。彼は熱心なのですが、少々周りが見えないところがありまして……」
「防御力は高そうですが、なかなか高価な装備になりそうですね」
ヴォルフがカルミネをフォローしている。
ブラックワイバーンのお値段が気になるが、それでもぜひ欲しい装備ではある。
「ヴォルフレード殿、一つ尋ねたいのだが」
財務部長として値段のことで引っかかっているのだろう、ジルドがしぶい表情で問う。
「ワイバーンというのは上下が厳しく、会えば一度は序列闘争をすると読んだことがあるが」
「はい、その通りです。縄張り意識が大変強いので」
「では、その丸ごとブラックワイバーンの装備に、他のワイバーンは引き寄せられてこないのか?」
「えっ?」
思わずダリヤは聞き返し、カルミネは額に指を当てて考え込む。
だが、ヴォルフはわずかに逡巡した後、あっさりと答えた。
「検証が必要だと思いますが、大きさがかなり違う場合は近づいての威嚇だけです。案外、いい囮にできるかもしれません」
さらりと言われた内容がとても胸に刺さる。それは囮役の者があまりに危険ではないか。
「なるほど、威嚇で降りて来たところを屠ればいいわけか。ああ、カルミネ副部長、装備のサイズは魔物討伐部隊長に合わせてやるといい」
「え?!」
「死角の待ち伏せで、魔弓持ちの弓騎士が五、六人もいれば余裕で落とせるのではないかね? 落とし損ねて少々近づいても、グラート、いや隊長には灰手がある。飛べぬ手負いであれば焼けるだろう」
「なるほど! その形であれば囮というより罠ですね」
ジルドの提案にかなりあせったが、続く内容に安心した。
どうやら、それなりに余裕を持って仕留められる可能性が高いらしい。
「やってきたワイバーンは輪切りか、焼かれるかの二択ですか。その後の素材を考えると、魔弓で仕留めて頂きたいところです」
カルミネが藍鼠の目を輝かせて言いきった。
この男もまちがいなく、魔導具師だった。