254.お祝いの品決め
「これ、お昼にどうぞ」
「ありがとう、ダリヤ」
礼を言ったのはイルマだが、おかずのみっちり入ったバスケットを受け取ったのはマルチェラだ。
イルマの家の台所兼居間には、ダリヤとヴォルフ、そしてイヴァーノとルチア、メーナがそろっていた。
女性はテーブル周りの椅子に、男性は丸椅子を並べて座っている。これだけの人数がそろうと、部屋が狭く感じられた。
窓からの日差しの下、一人がけのソファーに座るイルマのお腹は、とても大きい。
今月生まれてもおかしくないのではと思える。
自分の心配をこめた視線に気づいたらしい。イルマが赤茶の目を細めて笑いかけてきた。
「最近よく、『もうすぐ?』ってご近所さんに聞かれるんだけど、まだ七ヶ月よ」
「イルマ、動くのが大変じゃない?」
「重いからちょっとね。でも、あたしも子供達もこんなに元気なのに、双子だから九ヶ月になったら神殿に移らなきゃいけなくて。その準備の方が大変かも」
「仕方ないわよ。それに神官様が近くにいる方が安心じゃない。マルチェラさんはいつから付き添うの?」
「いや、俺は仕事が……」
ルチアの質問に、マルチェラが返事を濁しかける。
すると、イヴァーノがいい笑顔で口を開いた。
「イルマさんが神殿に行く日から午後はお休み、予定日前日から生まれて二週間まではお休み、その後も三週間は午後お休み――こんなとこですかね。スカルファロット家にお話は通していますし、仕事の代理は立てますので。いいですか、会長?」
「ええ、もちろんです」
「今もとても世話になっているのに、そんなに長く休みをもらうわけには――」
「一人でも大変なのに、双子ですよ。旦那がサポートしなくてどうするんですか? 俺、娘のときは二人とも二週間ずつ休みを取りましたよ。ああ、休み中も給与は引かれませんので安心してください」
マルチェラは遠慮しているが、イルマの産後と双子の世話を考えたら、父親の協力は絶対に必要だ。
オルディネでは自宅出産が多く、次が医院、気がかりなことがあれば神殿である。
出産費用は国が全額補助するので、そこは負担が少ない。
ただ、入院施設は多くないので、産後は家族や手伝う人を呼んで、自分の家や実家、親戚の家などで過ごすことが多い。
イルマの実家もマルチェラの実家も手伝いには来てくれるだろうが、初の子育てで双子なのだ。
自分の護衛よりも、そちらを優先してもらいたい。
「ありがたいお話だけれど、ダリヤの護衛は? 別の人がするならその分の費用もあるし、友達だからっておんぶに抱っこっていうのは心苦しいわ」
「護衛は代理を立てられますよ。それにイルマさん、奥さんが心配で気もそぞろの護衛なんて役に立ちません。あと、ちゃんと休んでもらわないと、次に商会で誰かが子持ちになるときに休めないじゃないですか。双子だから長めにとってありますけど、商会員全員、無理せず休む形を作っておかないといけないので」
「一番無理しそうなのはイヴァーノです」
説明していた彼に思わず言うと、芥子色の頭をかきながら苦笑された。
「わかってます、会長。最近は残業をなるべくしないようにしてます。外注に出せるものは出してますから」
イヴァーノが連日残業をしていると知ったとき、ダリヤはすぐに止めた。
外部を利用するか、人を雇うか、業務を縮小するか――そう提案したところ、彼は外部を利用することを選んだ。
だが、イヴァーノは貴族との付き合いも少なくない。
グイードやアウグストともよくお茶を共にしていると聞く。フォルトにいたっては友人付き合いとなり、家に泊めたこともあるという。
先日、『ジルドの屋敷に食事に行く』と聞いたときには、その場で聞き返してしまった。
なお、『一緒にどうか?』という問いには全力で遠慮した。
「じゃ、ヌヴォラーリ夫妻の『お祝いの品決め』を始めましょう!」
一番若いメーナがペンを片手に、大きめの紙をテーブルに広げた。
そこには、産後に必要なもの一覧がメモされていた。
親しい者達は、そこからお祝いの品を選び、出産祝いとして贈る形である。
「ベビーベッド二つは俺の実家で準備した」
「寝具はあたしの実家でそろえたわ」
すでにあるものをチェックした後、年若い順に贈りたい物を提案していく形だ。
負担のかからぬ範囲で行うのがルールである。
「じゃあ、僕は赤ちゃん用石鹸、離乳食の食器一式で」
「メーナさん、ありがとう。メーナさんが結婚したらお祝いで返すわね」
「自由恋愛派なんで、残念ながら予定がありません。なので、イルマさんが仕事復帰したら、二、三回、割引で髪切ってもらえますかね?」
「メーナさんなら無料で切るわよ。あら、前髪がだいぶ長いわね、なんなら今から切って……」
「ダメだ、イルマ。今週からハサミは持たない約束だろ」
マルチェラが強い声で止めるのを、皆、納得した笑顔で眺めてしまう。
気がついた彼は視線を壁に向け、浅く咳をした。
そこで手を上げたのはルチアだ。露草色の目がきらきら輝いている。
「あたしはベビー服とおむつに追加で、おんぶ紐と抱っこ紐と、産後のイルマの服を!」
「ありがとう、ルチア。でも、もう充分よ。ベビー服だけで二十枚ももらってるし、おむつもあんなにたくさんもらって――」
「じゃあ、後は生まれて性別がわかったら追加するわ。今度は幼児のデザイン画も見てほしいの!」
イルマとマルチェラの子は、大変な衣装持ちになりそうだ。
ルチアに幼児服のモデルにされる可能性も日々高くなってきているが、黙っておくことにする。
「ありがとう。ああ、ルチアちゃんが結婚するときは早めに言ってくれ。お返しに積み立てが要りそうだ」
マルチェラの言葉に笑いつつ、ダリヤも贈り物を提案する。
「私は乳母車を。雨除け付きの双子用乳母車があるそうだから、それでいい?」
「ありがとう、ダリヤちゃん。助かる」
「ありがとう、ダリヤ」
先にお店でカタログを見ていてよかった。
通常の乳母車を二台とも考えたが、一人で赤ちゃん二人を移動させなければいけないことがあるかもしれない。そのための双子用乳母車である。
雨除け付きについては、イヴァーノの勧めだ。
急な雨や強い日差しを遮る他、赤ちゃんが眠ってしまったときにもいいらしい。
「この紙にはないんだけど、俺からは幼児の魔法暴発防止の魔導具。兄が『小さい頃から魔力が出ることもあるから、早めにあった方がいい』って」
「そういえば、土魔法が強いと、はいはいするあたりで砂を出すことがあるって聞いたっけ……」
ヴォルフの提案に、マルチェラが神妙な顔でうなずいている。
幼児のうちでは魔力制御は難しい。
マルチェラとイルマの子供は、すでに魔力が高めだとわかっている。そういった対策魔導具はやはり必要だろう。
「家にいくつかあるそうだから、俺から贈らせて」
「ありがたいが、それ、かなり高くないか?」
「そうでもないよ。それに使い回しが利くそうだし」
「いや、ヴォルフ、ちょっと先はまだ考えてなくて……」
「そうじゃないよ、マルチェラ。他も使えるという意味で……」
肩を近づけ、何かごにょごにょと言い合い始めた二名は放置する。
「じゃ、俺の番ですね。沐浴用の大盥と赤ちゃん入浴用品一式、保湿油を贈らせてください。うちの娘のときによかった、お勧め品があります」
「ありがとうございます、イヴァーノさん」
イルマのお礼に、イヴァーノがさらに続ける。
「あと、同じくこの紙にないんですが、ベルニージ様と奥様から、『山羊の乳のお届けサービス』一年分の目録が来てます。もちろん赤ちゃん二名分で」
「山羊の乳のお届けサービス?」
「搾ったお乳をすぐ飲める状態で、瓶に入れて一日一回、届けてくれるサービスよ。服飾ギルドでも利用してる人がいるわ。双子だもの、あれば安心よね」
ルチアが説明してくれた。
山羊の乳は店で売っているが、粉ミルクのない今世、なかなか便利なサービスだ。
さすがベルニージ、いつもながら気遣いが細やかだ――そう感心していると、マルチェラが少々青くなっていた。
「イヴァーノさん、それって届ける料金もいるし、二人分一年って、かなり高いものでは? 俺達はベルニージ様へ何をお返しすれば……」
「山羊はベルニージ様のお家の所有だそうで、今、周りに赤ちゃんも幼児もいないので余ってるそうです。それと返礼品は一切いらないそうなので、マルチェラが手紙を書いてください。相手は名書きもして頂く方です。お礼と共に色々と、とにかく長く!」
「くっ、俺、悪筆だってのに……!」
「……手伝うわ、マルチェラ」
マルチェラが悲鳴に似た声を上げ、頭を両手でかきむしっている。
イルマは笑んでフォローの言葉を述べたが、視線がかなり遠い。
しかし、大切な子供達のためである。あきらめてほしい。
「山羊のお乳を使わないときは、冷蔵庫か冷凍庫で保管しておくといいそうです。赤ん坊は飲むときと飲まないときで、結構差がありますからね」
イヴァーノの言葉に、ダリヤは塔にある冷蔵庫を思い出す。
試作に成功した一台が、ちょうど空いている。
「イルマ、試作の冷凍庫付き冷蔵庫があるから、もらってくれないかしら? 少し大きいのだけれど、山羊のお乳とか離乳食を入れておくのにいいと思うの」
「ありがとう、遠慮なく頂くわ、と言いたいところだけれど、大事に使わせてもらって、ダリヤのときにちゃんと返すわよ」
イルマに当然のように言われ、なんとも落ち着かなくなる。
「私にその予定はないわよ」
「そのときに作ればいいよ」
同時に返事をしてしまい、息を呑んだ。
思わず固まってしまったが、ヴォルフも身じろぎ一つしない。
タイミングが合いすぎたのが悪かったのか、場も止まってしまった。
誰か、早く次の話を振ってほしい。
「――会長、魔導具師ですもんね! いつでも作れるんですし、新型を開発してもいいわけですし」
対人スキルの高いメーナ、その明るい声が耳にしみる。
いっそ次の給与時には、前世でいう『ボーナス』を出したいくらいだ。
「そうですね。冷蔵庫はもうちょっと軽量化したいですし、容量も上げたいので」
「重量と容量は大きいね。遠征に冷蔵庫を持って行けたら最高なんだけど……」
ヴォルフと二人、仕事の話になりかけたとき、イルマが小さく唸り、顔をしかめた。
「イルマ、大丈夫?!」
思わず立ち上がって近づくと、彼女はゆるく首を横に振る。
「大丈夫よ、ダリヤ。うちの子がちょっと元気に遊び出しただけ」
イルマは紅茶色の髪を揺らし、ゆっくり姿勢を変える。
ゆるめの服の上からでも、お腹が動いているのがわかった。
確かにとても元気そうだ。
「マルチェラ似で、腕白な男の子ですかね」
「わからないわよ。跳ねっ返りの元気な女の子かも」
「そこは大人しくて知的な子になるという可能性は――ないな」
「自分で言ってへし折らないでくださいよ、マルチェラさん」
「メーナさん、仕方ないわよ。きっとないもの」
「ルチアさん、容赦ないですね……」
皆が笑い合って言葉を交わす中、ダリヤはイルマと目が合った。
友は自分に向かってにっこりと笑い、小さくつぶやいた。
「無事に生まれてきてくれるなら、それだけでいいわ」