250.魔物討伐部隊相談役
ダリヤはヨナスとマルチェラと共に、魔物討伐部隊棟の会議室へ移動した。
そこではすでに、魔物討伐部隊長のグラートやランドルフの他、盾の管理を担当する騎士もそろっていた。
型通りの挨拶をしてすぐ、ランドルフの大盾を確認する。
『それなりに試した』とのことで、ぶ厚い鉄板とも言える大盾には、あちこち深い傷がついていた。どんな訓練をしたのか謎である。
だが、裏面の衝撃吸収材に破損やへたりはなかった。一週間程度では衝撃吸収材そのものの劣化もないようだ。
「ランドルフ様、衝撃吸収材の厚みを追加致しますか?」
「いや、これで充分だ。ただ、この手袋をつけて持つと、咄嗟に離すときに引っかかる感じがある」
「手袋の方も以前より厚みがありますので、持ち手のゆとりを多めに取り、把手の形状変更を致しましょう。あとこちら、左下部分が曲がっているようですが?」
ダリヤにはわからぬが、ヨナスにも他の隊員達にもわかるらしい。
大盾に触れ、確かめつつうなずいている。
「ランドルフの跳ね上げが、だいぶ派手になったからな」
「左側を対象に当てて攻撃することが多いためだろう。以前よりかなり力を入れられるので、負荷が増えたのだと思う」
「全体的に歪みが出ておりますね。本体も強化致しましょう。ランドルフ様、今より少し重くなってもかまいませんか?」
「攻撃力も考えて、今の四分の一程度、増やして頂きたい。できれば下側の厚みも追加して頂きたい」
「ランドルフ、他の隊員ではその重さは取り回しが難しい。ヨナス、手間だがそこは二サイズで制作してくれ」
「わかりました。ただ、できましたらお一人ごとに大きさを変えられた方がよろしいかと――」
ランドルフや他の者から聞き取りをしながら、大盾の改良方法を検討する。
今回は、ヨナスでないと理解も対応もできない内容だ。
ダリヤには武具のことはわからないので、話を聞き、ひたすらメモを取ることとなった。
一通りの確認を終えると、ダリヤ達はグラートの執務室に招かれた。
納品関係か、契約書類への署名だろうか――そう考えていると、ヨナスと共にソファーを勧められた。
「本日、二人に渡すものがある」
グラートがそう言うと、副隊長であるグリゼルダとヴォルフが執務室に入ってきた。それぞれ、大きく平たい銀色の箱を持っている。
ローテーブルに置かれたのは、かなり大きな銀の魔封箱だった。
「こちらがロセッティ、こちらがヨナスだな。開けてみてくれ」
ヨナスが先に箱を開けたのに続き、そっと蓋を取る。
中に見えるのは艶やかな黒い布。ところどころに細く銀の線が見えた。
指を伸ばせば、見えぬ薄布を何枚も重ねたような強い魔力を感じる。
微風布よりもはるかに強い付与魔法がありそうだ。見方によっては、かなり高度な魔導具である。
横のヨナスが息を呑んだのがわかった。
驚きの中、ダリヤにはヴォルフが、ヨナスには副隊長が、それぞれ布を広げて肩にかけてくれる。
二人の身を包んだのは、黒に銀の縁取りのローブだった。
「二人ともよく似合っている。魔物討伐部隊には騎士服しかないのでな、『相談役』用に新しく誂えた。下に着るものの兼ね合いもあるので、オーバーローブとした」
「あ、ありがとうございます……」
「……ありがとうございます」
どうしても声が上ずる。
このローブは、魔物討伐部隊としての制服のようなものだろうか。
魔物討伐部隊が身に着ける騎士服は、黒に銀の縁取りがついている。
だが、この黒いローブの縁は銀、光の兼ね合いによって、それが赤く光る。銀とも銅とも違う、なんとも不思議な色合いだ。
自分が縁取りを確認していたのに気づいたらしいグリゼルダが、笑顔で教えてくれた。
「縁の部分は、銀赤です。お二人とも、よくお似合いですよ」
「銀赤とは、あの、サラマンダーがいたという銀の鉱脈のものでしょうか?」
「さすがダリヤ先生、ご存じでしたか」
ご存じも何も、稀少金属である。
サラマンダーは、トカゲに似た姿をした妖精だ。燃えさかる炎すらも平気で、火山や温泉の近くの、熱い場所を好む。
銀赤は、銀の鉱脈付近に、たまたまサラマンダーが長く棲むとできると言われている。
銀に強い火魔法が入ったものであり、耐熱・温度管理に優れた特性がある。
銀赤となる確率は低く、まだ錬金術師でさえ同じものは作れない。
高等学院の授業でそう習ったが、実物はなかなか見ない。
そして、お高い素材だ。
「宝物庫で長く眠っていたそうでな。王城の魔導師がせっかくだからと出してくれた。それにこれぐらい使わんと布が保たんそうだ」
「貴重な品を、もったいないことです……」
「何を言う? 我が隊の相談役だぞ。これぐらいしかしてやれぬのが歯がゆいほどだ」
グラートはそう言うと、箱に残っていた数枚の羊皮紙を手にした。
「魔法陣は王城の魔導具師と魔導師が最新のものを組み込んだ。魔法陣の説明が……字が小さすぎるな、各自で読んでくれ」
苦笑しつつ渡された説明書には、魔法陣の解説がびっしり、数枚にわたって書かれていた。
ローブの裏、縫われている五つの小さな魔法陣――火・土・水・風の魔法耐性上げ、そして非常時の軽い防御があるという。
つまりは五重付与――魔導具として、身震いするほどにものすごい。
「相談役のローブは、式典に出るときはできるだけ、あとはどこででも、ご希望のときにお召しになってください。王城でも便利かと思います。それを身に着けているときに言われたことは、『魔物討伐部隊へ言ったこと』と同じになります。何かあればご遠慮なくお伝えください。こちらですべて処理します」
グリゼルダの声にどこか硬質なものを感じた。
これをまとう場合は、魔物討伐部隊の相談役、そして隊の一員として、気合いを入れなければならないのだろう。
「王城内で着ていれば男爵同格の扱いだ。まあ、こちらは『つなぎ』にしかならなかったが」
つなぎとはなんだろう? 尋ねようとしたとき、グラートがにっこり笑った。
「ダリヤ・ロセッティ殿、ヨナス・グッドウィン殿、男爵の叙爵、心よりお祝い申し上げる」
「はっ?」
「はい?」
聞き間違えたか、ヨナスと声をそろえて聞き返してしまった。
「ああ、通達がまだ手元に行っていなかったか? 昨日、正式に決まった、来年の春だ」
「……身に余る栄誉、感謝申し上げます」
「か、感謝申し上げます……」
なんとかヨナスと共に言葉を返す。
「おめでとうございます、ダリヤ先生、ヨナス先生」
「おめでとうございます、ダリヤ、ヨナス先生!」
口々に祝われ、くらりとくる。
待ってほしい、心の準備が追いつかない。
選定に一年ほどかかると聞いていた。決まるにしても来年に言われることだとばかり思っていた。
内で慌てまくっていると、隣のヨナスの気配が揺れた。
「グラート様、失礼ながら――ダリヤ先生は重々わかりますが、私は相談役とは名ばかり。隊への貢献は足りておらぬかと」
「ヨナス先生、武具開発の貢献は充分に重い。疾風の魔弓も、大盾も、武具の改良も、喉から手が出るほど欲しかったものばかりだ。足りていないと思うなら、ぜひ今後の安定供給と開発の続行を頼む」
「もちろん、そちらは全力を尽くさせて頂きます。ただ――私は『魔付き』です。これを解除するつもりはございません。役を頂いては隊の皆様にご迷惑がかかるかと」
「お前は主のための魔付きだ、問題ない。それに、昔、魔付きは隊にもいた。夜目が利いて便利だと引退までそのままにしていた。大体、『魔剣』持ちの私が隊を率いているのだぞ。うちの隊員ではやたらと魔剣に憧れる者もいるぐらいだしな」
指摘されなくても自分のこととわかっているらしい。ヴォルフが明るく笑っている。
「ヨナス先生、引退騎士の皆様も大変推しておられますのでご安心ください。『スカルファロット武具工房長であるヨナス先生に爵位を』という、推薦状がございます」
「私に、推薦状ですか?」
初めて聞いたのだろう。聞き返したヨナスの声が少しばかり高い。
「爵位がないと予算会議に出られんからな。ベルニージ様が最初で十三通ほどある。大先輩方をないがしろにすると大変なことになるのでな、あきらめてくれ」
「……大変ありがたいことです。全力を尽くさせて頂きます」
ヨナスの丁寧な一礼に、ダリヤは素直に感心した。
以前、魔物討伐部隊の相談役に願われたとき、自分はだいぶ慌てたものだ。
プレゼンの後に言葉の途中で噛んだほどである。
それに比べてヨナスの落ち着いていること。
先ほどわずかに声は乱れたものの、今はもういつもの無表情である。
その冷静さが本当にうらやましい。
「内緒だが――大先輩方が戻ってきたおかげで、騎士団上層部の多くが授業参観の子供のように胃を痛めている。私も含めてな」
「それに関しては、ダリヤ先生と二人でお詫び申し上げます」
「す、すみません……」
ヨナスに感心していたら、自分にも火の粉が飛んできた。
よかったと思えることではあるのだが、先輩が職場に戻ってくるのはやはり落ち着かないものだろう。
「冗談だ。ここは笑うところだぞ」
神妙な顔をしていると、グラートにそう笑われた。
ダリヤとヨナスは微妙に乾いた笑いで応じた。
「王城では医療チームと魔導具師による義手と義足の開発も始まった。辞めていった騎士達も、戻ってくるかもしれん」
「すばらしいことです。スライムの次は、緑馬を増やさなくてはいけなくなりそうですね」
「では、次は緑馬に泣かれるわけですか」
「空蝙蝠にも泣かれそうですね」
皆、笑って話しているが、どうにも冗談に聞こえない。
いろいろと開発しておいて何だが、材料となる魔物達に少々哀れさと申し訳なさを感じる。
魔物の墓というのはないのだが、真面目にお祈りとお供えを考えるべきかもしれない――
そう思いつつ顔を上げると、グラートが赤い目を自分に向けたところだった。
「なに、魔物を泣かせてこその、『我々』、魔物討伐部隊だ」