表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
251/547

250.魔物討伐部隊相談役

 ダリヤはヨナスとマルチェラと共に、魔物討伐部隊棟の会議室へ移動した。

 そこではすでに、魔物討伐部隊長のグラートやランドルフの他、盾の管理を担当する騎士もそろっていた。


 型通りの挨拶をしてすぐ、ランドルフの大盾を確認する。

 『それなりに試した』とのことで、ぶ厚い鉄板とも言える大盾には、あちこち深い傷がついていた。どんな訓練をしたのか謎である。


 だが、裏面の衝撃吸収材に破損やへたりはなかった。一週間程度では衝撃吸収材そのものの劣化もないようだ。


「ランドルフ様、衝撃吸収材の厚みを追加致しますか?」

「いや、これで充分だ。ただ、この手袋をつけて持つと、咄嗟に離すときに引っかかる感じがある」

「手袋の方も以前より厚みがありますので、持ち手のゆとりを多めに取り、把手とっての形状変更を致しましょう。あとこちら、左下部分が曲がっているようですが?」


 ダリヤにはわからぬが、ヨナスにも他の隊員達にもわかるらしい。

 大盾に触れ、確かめつつうなずいている。


「ランドルフの跳ね上げが、だいぶ派手になったからな」

「左側を対象に当てて攻撃することが多いためだろう。以前よりかなり力を入れられるので、負荷が増えたのだと思う」


「全体的に歪みが出ておりますね。本体も強化致しましょう。ランドルフ様、今より少し重くなってもかまいませんか?」

「攻撃力も考えて、今の四分の一程度、増やして頂きたい。できれば下側の厚みも追加して頂きたい」

「ランドルフ、他の隊員ではその重さは取り回しが難しい。ヨナス、手間だがそこは二サイズで制作してくれ」

「わかりました。ただ、できましたらお一人ごとに大きさを変えられた方がよろしいかと――」


 ランドルフや他の者から聞き取りをしながら、大盾の改良方法を検討する。

 今回は、ヨナスでないと理解も対応もできない内容だ。

 ダリヤには武具のことはわからないので、話を聞き、ひたすらメモを取ることとなった。



 一通りの確認を終えると、ダリヤ達はグラートの執務室に招かれた。

 納品関係か、契約書類への署名だろうか――そう考えていると、ヨナスと共にソファーを勧められた。


「本日、二人に渡すものがある」


 グラートがそう言うと、副隊長であるグリゼルダとヴォルフが執務室に入ってきた。それぞれ、大きく平たい銀色の箱を持っている。

 ローテーブルに置かれたのは、かなり大きな銀の魔封箱だった。


「こちらがロセッティ、こちらがヨナスだな。開けてみてくれ」


 ヨナスが先に箱を開けたのに続き、そっと蓋を取る。

 中に見えるのは艶やかな黒い布。ところどころに細く銀の線が見えた。


 指を伸ばせば、見えぬ薄布を何枚も重ねたような強い魔力を感じる。

 微風布アウラテーロよりもはるかに強い付与魔法がありそうだ。見方によっては、かなり高度な魔導具である。

 横のヨナスが息を呑んだのがわかった。


 驚きの中、ダリヤにはヴォルフが、ヨナスには副隊長が、それぞれ布を広げて肩にかけてくれる。

 二人の身を包んだのは、黒に銀の縁取りのローブだった。


「二人ともよく似合っている。魔物討伐部隊うちには騎士服しかないのでな、『相談役』用に新しくあつらえた。下に着るものの兼ね合いもあるので、オーバーローブとした」

「あ、ありがとうございます……」

「……ありがとうございます」


 どうしても声が上ずる。

 このローブは、魔物討伐部隊としての制服のようなものだろうか。


 魔物討伐部隊が身に着ける騎士服は、黒に銀の縁取りがついている。

 だが、この黒いローブのふちは銀、光の兼ね合いによって、それが赤く光る。銀とも銅とも違う、なんとも不思議な色合いだ。


 自分が縁取りを確認していたのに気づいたらしいグリゼルダが、笑顔で教えてくれた。


「縁の部分は、銀赤ぎんしゃくです。お二人とも、よくお似合いですよ」

銀赤ぎんしゃくとは、あの、サラマンダーがいたという銀の鉱脈のものでしょうか?」

「さすがダリヤ先生、ご存じでしたか」


 ご存じも何も、稀少金属である。

 サラマンダーは、トカゲに似た姿をした妖精だ。燃えさかる炎すらも平気で、火山や温泉の近くの、熱い場所を好む。


 銀赤ぎんしゃくは、銀の鉱脈付近に、たまたまサラマンダーが長く棲むとできると言われている。

 銀に強い火魔法が入ったものであり、耐熱・温度管理に優れた特性がある。

 銀赤ぎんしゃくとなる確率は低く、まだ錬金術師でさえ同じものは作れない。

 高等学院の授業でそう習ったが、実物はなかなか見ない。

 そして、お高い素材だ。


「宝物庫で長く眠っていたそうでな。王城の魔導師がせっかくだからと出してくれた。それにこれぐらい使わんと布がたんそうだ」

「貴重な品を、もったいないことです……」

「何を言う? 我が隊の相談役だぞ。これぐらいしかしてやれぬのが歯がゆいほどだ」


 グラートはそう言うと、箱に残っていた数枚の羊皮紙を手にした。


「魔法陣は王城の魔導具師と魔導師が最新のものを組み込んだ。魔法陣の説明が……字が小さすぎるな、各自で読んでくれ」


 苦笑しつつ渡された説明書には、魔法陣の解説がびっしり、数枚にわたって書かれていた。

 ローブの裏、縫われている五つの小さな魔法陣――火・土・水・風の魔法耐性上げ、そして非常時の軽い防御があるという。

 つまりは五重付与――魔導具として、身震いするほどにものすごい。


「相談役のローブは、式典に出るときはできるだけ、あとはどこででも、ご希望のときにお召しになってください。王城でも便利かと思います。それを身に着けているときに言われたことは、『魔物討伐部隊へ言ったこと』と同じになります。何かあればご遠慮なくお伝えください。こちらですべて処理します」


 グリゼルダの声にどこか硬質なものを感じた。

 これをまとう場合は、魔物討伐部隊の相談役、そして隊の一員として、気合いを入れなければならないのだろう。


「王城内で着ていれば男爵同格の扱いだ。まあ、こちらは『つなぎ』にしかならなかったが」


 つなぎとはなんだろう? 尋ねようとしたとき、グラートがにっこり笑った。


「ダリヤ・ロセッティ殿、ヨナス・グッドウィン殿、男爵の叙爵、心よりお祝い申し上げる」

「はっ?」

「はい?」


 聞き間違えたか、ヨナスと声をそろえて聞き返してしまった。


「ああ、通達がまだ手元に行っていなかったか? 昨日、正式に決まった、来年の春だ」

「……身に余る栄誉、感謝申し上げます」

「か、感謝申し上げます……」


 なんとかヨナスと共に言葉を返す。


「おめでとうございます、ダリヤ先生、ヨナス先生」

「おめでとうございます、ダリヤ、ヨナス先生!」


 口々に祝われ、くらりとくる。

 待ってほしい、心の準備が追いつかない。

 選定に一年ほどかかると聞いていた。決まるにしても来年に言われることだとばかり思っていた。


 内で慌てまくっていると、隣のヨナスの気配が揺れた。


「グラート様、失礼ながら――ダリヤ先生は重々わかりますが、私は相談役とは名ばかり。隊への貢献は足りておらぬかと」

「ヨナス先生、武具開発の貢献は充分に重い。疾風の魔弓も、大盾も、武具の改良も、喉から手が出るほど欲しかったものばかりだ。足りていないと思うなら、ぜひ今後の安定供給と開発の続行を頼む」


「もちろん、そちらは全力を尽くさせて頂きます。ただ――私は『魔付き』です。これを解除するつもりはございません。役を頂いては隊の皆様にご迷惑がかかるかと」

「お前はあるじのための魔付きだ、問題ない。それに、昔、魔付きは隊にもいた。夜目が利いて便利だと引退までそのままにしていた。大体、『魔剣』持ちの私が隊を率いているのだぞ。うちの隊員ではやたらと魔剣に憧れる者もいるぐらいだしな」


 指摘されなくても自分のこととわかっているらしい。ヴォルフが明るく笑っている。


「ヨナス先生、引退騎士の皆様も大変推しておられますのでご安心ください。『スカルファロット武具工房長であるヨナス先生に爵位を』という、推薦状がございます」

「私に、推薦状ですか?」


 初めて聞いたのだろう。聞き返したヨナスの声が少しばかり高い。


「爵位がないと予算会議に出られんからな。ベルニージ様が最初で十三通ほどある。大先輩方をないがしろにすると大変なことになるのでな、あきらめてくれ」

「……大変ありがたいことです。全力を尽くさせて頂きます」


 ヨナスの丁寧な一礼に、ダリヤは素直に感心した。

 以前、魔物討伐部隊の相談役に願われたとき、自分はだいぶ慌てたものだ。

 プレゼンの後に言葉の途中で噛んだほどである。


 それに比べてヨナスの落ち着いていること。

 先ほどわずかに声は乱れたものの、今はもういつもの無表情である。

 その冷静さが本当にうらやましい。


「内緒だが――大先輩方が戻ってきたおかげで、騎士団上層部の多くが授業参観の子供のように胃を痛めている。私も含めてな」

「それに関しては、ダリヤ先生と二人でお詫び申し上げます」

「す、すみません……」


 ヨナスに感心していたら、自分にも火の粉が飛んできた。

 よかったと思えることではあるのだが、先輩が職場に戻ってくるのはやはり落ち着かないものだろう。


「冗談だ。ここは笑うところだぞ」


 神妙な顔をしていると、グラートにそう笑われた。

 ダリヤとヨナスは微妙に乾いた笑いで応じた。


「王城では医療チームと魔導具師による義手と義足の開発も始まった。辞めていった騎士達も、戻ってくるかもしれん」

「すばらしいことです。スライムの次は、緑馬グリーンホースを増やさなくてはいけなくなりそうですね」

「では、次は緑馬グリーンホースに泣かれるわけですか」

空蝙蝠スカイバットにも泣かれそうですね」


 皆、笑って話しているが、どうにも冗談に聞こえない。

 いろいろと開発しておいて何だが、材料となる魔物達に少々哀れさと申し訳なさを感じる。


 魔物の墓というのはないのだが、真面目にお祈りとお供えを考えるべきかもしれない――

 そう思いつつ顔を上げると、グラートが赤い目を自分に向けたところだった。


「なに、魔物を泣かせてこその、『我々』、魔物討伐部隊だ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
更新はX(旧Twitter)でお知らせしています。
コミックス8巻5月10日発売です。
書籍
『魔導具師ダリヤはうつむかない』1~12巻、番外編
『服飾師ルチアはあきらめない』1~3巻(書き下ろし)、MFブックス様
コミカライズ
魔導具師ダリヤ、BLADEコミックス様1~8巻
角川コミックスエース様2巻
服飾師ルチア、1~4巻王立高等学院編2巻、FWコミックスオルタ様
どうぞよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
養子先探す必要なくなったねぇ……にしても1人で13通は多すぎないかい???
[一言] ウルトラマンでおなじみ円谷プロは、今はわかりませんが、昭和の頃は毎週倒されてくれる怪獣たちに敬意と哀悼の意を込めて、年に一度供養の日が定められていたそうです。ウルトラマン本編でも「怪獣墓場」…
[一言] ○○供養…生物系の研究室だったので年一回、お坊さんを呼んで供養していました。企業の研究所だと塚があるところも。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ