199.一角獣のペンダントの依頼
「今日は個人的な魔導具をお願いしに参りました」
商業ギルド、ロセッティ商会の借りている部屋に、珍しい客が訪れていた。
冒険者ギルドの魔物養殖部長のジャンである。
ダリヤの向かいに座る彼は、淡い茶系のスーツを着ていた。ゆったりとしたデザインで、体格のいい彼によく似合っている。
前回会ったジャンは、今にも倒れるのではないかと思うほど疲労していた。
今日の血色のいい顔と艶のある栗色の髪に、ダリヤは安堵して話を始めた。
「お声をかけて頂き、ありがとうございます。どのような魔導具でしょうか?」
「一角獣のペンダントをお願いしたいのです。二人目の妻が妊娠して、つわりが重いものですから。今は一角獣の角をそのまま持っている状態ですが、今後を考えると身につけやすいものの方がいいかと思いまして……仕様については、これでお願いします」
「おめでとうございます。拝見させて頂きます」
二人目の妻とは、復縁した前妻のことだろう。たいへんおめでたいことだ。
ジャンから渡された書類には、魔導具の大まかな仕様が書かれていた。
材料は一角獣の角、ペンダントトップとして三センチほどの楕円に加工する、鎖は金など、大まかに指定されている。そして、値段の目安がしっかり提示されていた。
一番下には、流麗な文字で『オズヴァルド・ゾーラ』と署名があった。
「オズヴァルド先生のお書きになった仕様書ですが、先生へはご依頼なさらないのですか?」
「先生にダリヤさんへ頼むように勧められまして……その、女性らしいデザインでお願いできればと」
少しだけ声を落として言うジャンにうなずき、質問を続けた。
「わかりました、お引き受け致します。ジャンさん、ペンダントのデザインについてご指定はありませんか? 例えば、鎖の方に色石をつけ加えられますし、ペンダントトップの部分に簡単な模様を彫り込むことができますので」
「でしたら、鎖の方にオレンジ色の小さい石を、ペンダントトップの模様は花模様でお願いできますか?」
「わかりました。石は日長石でいいでしょうか?」
日長石は月光石と同じ種類の石である。
透明度のあるオレンジ色の石で加工しやすく、魔導具の飾りとして使うことも多い。
「はい、それでお願いします」
「花模様の方は、バラや百合、マーガレット、水仙などが多いですが、ご希望はありませんか?」
「鈴蘭でお願いします。その……プロポーズのときに渡したのが、その花だったので」
樺色の目を伏せて言うジャンが微笑ましい。素直に祝いたいと思えた。
「使えるようでしたら、こちらを材料にしてください」
ジャンの出した魔封箱には、一角獣の白い角が三本入っていた。
布に包まれることもなくごろごろと転がり、一本はヒビが入っている。
「もう数本ならおそらく家にあるかと思います。古くて使えないようなら新しく獲ってきますので」
「いえ、充分です」
ダリヤは一角獣の角のぞんざいな扱いに驚いていたのだが、品質の心配をしていると思われたらしい。
稀少素材がまったく稀少でなくなっている気がするが、元上級冒険者ならではだろう。
「ジャンさん、これは全部倒した一角獣の角でしょうか?」
「いえ、角だけ落としたものもあります。角を落とせば一角獣は逃げ帰って行きますし、新しい角が伸びるまでは悪さもしませんので」
「一角獣の角って、どれぐらいで新しいのが生えてくるんでしょうか?」
「個体差があるかもしれませんが、同じ一角獣が三週間後に角を生やして戻ってきた例がありますので、そのくらいではないかと。巣や縄張りで隠れ、魔力を込めて角を伸ばすようですよ」
「初めて知りました……」
魔物図鑑には『角を折っても死ぬことはない』としかなかった。
三週間で新しい角が生えるなら、同じ一角獣から何度も角が採れるかもしれない。
「王都ではなかなか見ませんからね。でも、王城にも一角獣がいますから、ダリヤ嬢はそのうち見ることができるかもしれませんよ」
「王城に一角獣ですか?」
それも初めて知った。王城で、一角獣を檻の中で飼育しているのだろうか。
「王城騎士団に一角獣と天馬がいます。あとは龍騎士のワイバーンですね。どれも騎乗できる騎士は限られていますが。貴族の式典に参加することも多いので、叙爵のときにご覧になれるかもしれません」
聞けば、屋外での式典のときに一角獣や天馬が空を飛んでくれたり、移動時に併走をしてくれたりすることがあるという。
式典も叙爵も胃が痛くなりそうだが、幻獣を実際に見られるかもしれないという楽しみができた。できれば近くでじっくり観察したいところだ。
それにしても、騎士が騎乗しているとは驚いた。
王城で一角獣や天馬がどのように飼われているのか、今度、ヴォルフに尋ねてみようと決めた。
「一角獣のペンダントにつきましては、急なお願いですので、ご予定に無理のないときにお願いします。できあがりましたらお知らせ頂ければと」
「ありがとうございます。仕上がり次第ご連絡致します」
魔導具に関する話を終えると、ジャンはようやく紅茶に手をつけた。
「ダリヤさん、直接のお礼が遅くなりましたが、オズヴァルド先生をご紹介頂き、本当にありがとうございました」
「いえ、おいしい蠍酒がお飲みになれたのなら、よかったです」
以前、ジャンが妻子に実家に帰られたという話を聞いたとき、ダリヤはオズヴァルドを紹介した。
同じ男性で、人生経験が豊かなオズヴァルドなら、相談相手になってくれるのではないかと思ったからだ。
ただ、相談相手とは言わず、蠍酒を一緒に飲める相手という理由をつけたが。
その後、ジャンは妻とやり直し、別れた前妻とも復縁、再婚したと聞いた。
オズヴァルドを先生と呼ぶようになったのも、当然かもしれない。
「おかげさまで、たいへんおいしい蠍酒でした。ただ、子供が生まれますし、少々酒は控えねばならないとは思っていますが」
神妙な顔で言う男に、ダリヤは思わず笑ってしまう。
日長石は、できるだけジャンの目の色に近いものを探そうと思った。