173.二人の魔導具師
オズヴァルドの話のおかげで、気負いがとれた。
「では、一角獣と二角獣の付与に移りましょう」
作業机の上、もう一枚の魔封板を出し、一角獣の純白の角と、二角獣の漆黒の角をそろえる。
丸く加工された艶やかな角に、前世のリバーシの石をふと思い出してしまった。
二人で作業台をはさんで向かい合い、右手で魔力を出しやすい形にする。
そして、ゆっくりと魔力を付与し始めた。
二つの角に均等に魔力を注ぐ――字面ではそれだけだが、二人の魔導具師で同時にそれをやるのはかなり難しい。
魔力は各自でクセがある。
お互いに相手に合わせることを考え、探り合う状態がしばらく続く。
当然、そんな魔力は不安定で、一角獣の純白の角の方が先に固定し、遅れて二角獣の角が固定する。
しかし、どちらもまだらの白と黒となり、魔力差で真ん中からヒビが入ってしまった。
「最初は仕方がありませんね」
「はい……」
オズヴァルドとダリヤの魔力は、かなり質が異なる。
ダリヤの魔力は、以前は半透明の虹色で、細い線のような感じだ。
少なめではあったが、一定で長時間保持が可能だった。が、最近魔力が上がったことで、微妙に不安定になっている。ゆるくカールしたリボン状で、時々切れる感じだ。
対して、オズヴァルドの魔力は、銀に虹色の粉を混ぜたような色合いで、一定の間で点が打たれる感じだ。規則性もあり、魔力量も一定だが、点なので、ダリヤの線とは微妙に一致しない。
お互いにそれを確認し、二つ目に移った。
しかし、わかったからといって、すぐに合わせられるものではないらしい。
オズヴァルドが自分に合わせようと、点のような魔力の間隔をかなり狭くしてくれた。
ダリヤはそれを自分の魔力に合わせようと、少し無理をして魔力の幅を広げる。
結果、必要以上の魔力が一気に流れ、一角獣の角が粉々に砕けた。
そこから立て続けに、残り二つ失敗した。
その時点で、魔力の使いすぎと体力の消耗を防ぐため、一度休む。
夕食を勧められたが、食欲がなく、また長椅子で休ませてもらうことにした。
ヴォルフは隣のソファーにいてくれたが、失敗の残念さと疲れから、ぽつぽつとした会話になってしまった。それでも、同じ部屋に友人がいるというだけで、ダリヤには心強かった。
そこへ、イヴァーノが差し入れを持ってやってきた。
オズヴァルドの方へは蠍酒、三人の妻向けに微風布のショール、そして、シュークリームとクッキーの箱を並べる。
フィオレには微風布のショールが大変喜ばれていた。
ダリヤはなんとかシュークリームをひとつ食べ、ヴォルフに夕食をとってくるようにすすめる。彼は頑なに断っていたが、イヴァーノが交代できる間でないと食べに行くとは思えないため、無理に部屋の外へ出した。
・・・・・・・
数時間の休憩後、また作業部屋に戻った。
先ほど使い果たしてしまったので、一角獣と二角獣の新しい角を削り、また魔力を付与し始める。
だが、今度の一角獣の角にいたっては、魔力を双方が重ねた途端、真ん中からきれいにパキリと割れてしまった。
たまたまだろう、そう思いたくて、二本目に移ったが、結果は同じだった。
「……魔力が、違うんでしょうか?」
問いかけのように言ってはいるが、感覚で理解してしまった。
オズヴァルドとダリヤでは、お互いの魔力そのものが合わない。
合わせたとしても、まるで左右に分かれるがごとくにズレが出る。
オズヴァルドも気がついたのだろう。ひどく険しい表情になっていた。
「そのようですね。私とダリヤでは、魔力の質か、方向性が異なるようです。これは、なかなか難しそうですね……」
額の汗を手の甲ではらい、オズヴァルドが眉を寄せる。
時間はすでに深夜をとうにすぎている。その顔には疲労感が色濃くにじんでいた。
「すみません、ここまでして頂いているのに……」
「いえ、相性もありますから。先輩である私の方が合わせてさし上げられればいいのですが、あまり魔力を人と合わせることがなく、ここまできてしまいましたので……」
オズヴァルドは眉を寄せて思案する。
「ダリヤ、学院の同級生や仕事仲間で、あなたと魔力が近い、あるいは、魔力の流れを合わせられる魔導具師はいませんか?」
その問いかけに、父が生きていればと切実に思う。
魔力が近く、おそらくは自分に合わせてくれる余裕もあり、お願いもできた。
いいや、イルマを助けられるならと、父はきっと自分から言い出していただろう。
自分と魔力が近い魔導具師――今、生きている者の中で思い当たる者は、一人だけだ。
「……一人、心当たりがあります」
二度と連絡はすまいと思っていた。
だが、彼とならばおそらく、魔力の流れを合わせられる。
「トビアス・オルランドさんなら、魔力は合わせられるかと思います。その、ここに呼んでもいいでしょうか?」
「私はかまいませんが、あなたにとって、最も頼み事はしたくない相手ではありませんか?」
「この魔導具は、どうしても必要なんです」
イルマと子供を助けられるなら、自分のプライドなどどうでもいい。
いくらでも頭を下げて願おう。
「それに彼は、この魔導具を使う友達の、友達でもあります……」
自分との婚約破棄から関係が悪くなってしまったが、マルチェラとトビアスは二人で飲みに行ったことがあるくらいには、仲が良かった。
きっと力になってくれるはずだ、そう思いたい。
「わかりました。助力を願いに、いいえ、『借り』を返してもらうためにお呼びなさい。きっと来るはずです」
「ありがとうございます。すぐに行ってきます」
ダリヤはオズヴァルドに頭を下げ、作業部屋を出ようとした。
「ダリヤ。このままオルランドさんのところへ行く気ですか?」
「はい、できるだけ急ぎたいので……」
「おやめなさい。あなたはロセッティ商会長として、オルランド商会の魔導具師に依頼を出しに行く立場です。たとえ急いでいても、明け方に乱れた髪で、作業着を着て行くべきではありません」
ゾーラ商会長であるオズヴァルドの言葉に、はっとした。
確かに、それでは商会として失礼だし、兄弟子に妹弟子がすがりに行くような形になってしまう。
「すみません、考えが及びませんでした。塔に戻って着替え、朝になり次第行ってきます」
「そうなさい。ヴォルフレード様、どうぞダリヤ嬢のエスコートを――」
すでに立ち上がっていたヴォルフに対し、オズヴァルドは丁寧に願った。
「……わかりました」
足下のふらつく自分に、ヴォルフは当たり前のように手を差し伸べる。
その腕を借り、ダリヤは歩き出した。